動物園。

最初こそ怪しげな発進と走行だった男だが、時間が立つにつれて動きはスムーズになっていた。

荷台の皆もそのおかげで快適に過ごす事が出来ており、羊角はカメラが揺れ難くなったのでとても満足気な顔で撮影を続けている。

複眼も落ち着いた様子で寛いでおり、単眼も少女を膝に乗せてキャッキャとじゃれついていた。


「本当に揺れなくなりましたね」

「そうだろうな。あれで旦那様はそれなりに出来るからな」


彼女が感心した様子で呟いていたら、女から予想外に素直な誉め言葉が飛んで来た。

その事に驚く彼女ではあったが、突っ込んだら面倒な予感がして黙って少女の頬を摘まむ。

少女はおかえしだーと彼女の頬を摘まみ、お互いにムニムニとじゃれあい始めた。

因みに全て単眼の膝の上であるが、単眼も一緒になって遊んでいるので問題無いだろう。


そうしてそれぞれ快適に過ごす事暫く、無事トラックは動物園へ辿り着く。

ここまで影が薄かった少年は停車した事を悟って荷台の扉を開け、飲み物を手にして運転席へ。

そこにはぐったりした様子の男が座っており、運転席の扉をあけ放ってくたばっている。


「旦那様、お疲れ様です。どうぞ」

「あー・・・ありがとうなー・・・」

「お疲れ様です。僕達だけゆっくりさせて貰ってすみません」

「ああ、良いよ良いよ。大体君は客人だろ」


虎少年も男を労う為に少年の後を付いて行っており、男は二人に軽く返して水を受け取る。

水を飲み干すとぷはーっと息を吐いて器を少年に返し、人心地ついた様だ。

そうしている間に他の使用人達もぞろぞろと車を降り、やっと着いたーなどと言い合っている。

寛いでただけなのにやっととか言うなよ、と内心少しだけ思ったが心に押し留める男。


視線の先に居る少女の目がキラキラしていて、野暮な事は止めておこうと思ったらしい。

少女の視線は動物園の入り口に向いており、耳に入る動物の声にもワクワクしている様だ。

うずうずと今にでも走り出したそうな様子に皆が笑顔で見つめていた。

いや、女だけは険しい顔だが、心は微笑んでいる様な物なので。


少女はもう抑えられなくなったのか、キャーッと運転席に向かって走り出した。

そして早く早くという様子でぴょんぴょん跳ね、男に早く行こうと促し始める。

正直少し休憩したい男だったのだが、諦めてすぐに車を降りた。


「んじゃ、いこうか」


少女が手を差し出すので男がその手を取ると、少女はニコーッと満面の笑みを返す。

そして反対の手を女に差し出し、当然女は少女の手をきゅっと握った。

両手が大好きな人で埋まった少女はこれ以上無い程ご機嫌で、キャッキャと跳ねて喜んでいる。

そのまま三人は園の受付に向かい、使用人達もクスクス笑いながら付いて行った。


入場料を払って皆で中に入ると、先ず複眼が貰ったマップを広げて確認を始める。

だがそのマップを彼女が取り上げ、にま~っとした顔でチチチと人差し指を振った。


「甘い、甘いよ助手くん。来てから場所の確認なんて甘過ぎるねぇ」

「・・・誰が助手よ。じゃあアンタはどうなのよ」

「じゃーん! 事前にネットでマップ調べて印刷してルートを調べてました! 本日のイベントもちゃんと下調べしたから任せて!」


複眼はイラっとしつつも我慢して問うと、彼女はペンで記しを付けたマップを見せつける。

そこには園を見て回るのに最適なルートが書かれており、イベント等を見て回るにも動きやすいように予定も書き込まれている。


「ふふっ、どう、この完璧な布陣」

「おお、凄い凄い」


複眼は珍しく感心した様に称賛を述べ、彼女はふふーんとそこそこ大きめの胸を張る。

だが複眼の目が捉えている複数の動きには気が付いていない彼女。

暫くパチパチと手を叩いていた複眼だが、しらっとした目を彼女に二つ向けて口を開く。


「所で皆行ったけど、良いの?」

「え、へ? あ、ちょっ、まっ、待って待って!」


テンションが上がり切っている少女はキャッキャと繋いでる手を引いて走り出し、男と女も苦笑しながらもそれに付いて行く。

そうなると単眼はニコニコしながら付いて行き、羊角は少女を撮る為に当然ついて行っている。

虎少年と少年に関しては説明するまでも無いだろう。

慌てて彼女は追いかけていくが、この時点で予定は完全に崩れ去ったのであった。


ただそこは流石彼女というべきか、順応性の高さをすぐに発揮する。

予定通りに進まないならもうそれで良いや、と。

諦めたとも言えるが、楽しんだ者が勝ちなのだ。


テンションのままに動く少女の望むがまま、ツアー状態で動く集団。

定番の動物も居れば、見た事が無い様な珍しい動物、珍獣とも言える様な不思議な動物まで揃っている園に、少女は大変満足な様だ。


虎を見つけた少女はテンションが上がりまくり、虎少年の袖を引っ張りながら興奮していた。

少女的には何だか身近な生き物な様な、だけど虎少年とは違うからと、なんだか良く解らないけど不思議な気分で楽しいらしい。

虎少年本人は「見慣れた顔だなぁ」などと思っていたが、少女が楽しい様なので頷いていた。


草食動物の餌やりコーナーなども在り、少女はもさっと抱えた草を持って突撃もしていた。

途中帽子を食われてあうあうと焦っていたが、何とか死守しきった様だ。

その後も何度か帽子を食われる事態が有り、美味しそうにみえるのかな? と首を傾げていた。


小動物触れ合いコーナーもあったが、動物達が女から逃げてゆくという事態に。

なので他の客の邪魔にならない様に端っこに向かう女だったが、私は逃げないよと言う様に腰にギューッと抱きつく少女。そのおかげで機嫌は良い。

何時も通り顔は険しかったので、周囲の客には不機嫌な様にしか見えなかっただろうが。


動物ショーなども何とか時間に間に合い、少女がショーをフンフンと鼻息荒く見つめる。

一つ一つの芸の成功失敗に一喜一憂し、完全にリアクションの良いお客さんになっている少女。

周囲の子供達も同じ様にキャーキャーと楽しんでいるので同じ様な物だろう。


ただ少女の横で彼女が同じレベルで楽しんでいるのは、誰も突っ込む気は無い様だ。

初手で失敗した事で色々諦め、知能レベルを完全に下げてしまったらしい。

ショーが終わるとまた園廻りを再開し、少年がゴリラにフンを投げつけられるなどのアクシデントもありつつ、概ね皆が楽しんで日が暮れてゆく。


日がもう沈みかける頃にお土産屋さんに行き、老爺へのお土産を買う住人達。

少女もムムムとお土産の類を見つめながら、自分のお財布を握り締めている。

土産も男が出すと言ったのだが、今日の少女は今迄のお給金で買うつもりらしい。


ここで使わねばいつ使うのだ、という表情で誰も声をかけられないでいる。

とはいえただ邪魔をせず見守ろうという優しい気持ちからの事ではあるが。


そうなると当然大人達も男にたかる訳にもいかず、それぞれ自分の財布からお金を出した。

とはいえ土産以外は全部男持ちなので、そう考えると安い物なのだが。

因みに女だけは頑なに男に出させたが、それはそれなのだろう。


少女は選んだお土産の清算を済ませるとニコニコと紙袋を受け取り、大事に抱えてトテトテと園の外に出てゆく。

日が暮れてから見る動物園の門は、何だか少しだけ寂しげに見えた。

だけどそれはその光景が寂しげなのではなく、楽しかった時間が過ぎ去った自分が寂しいのだ。

それを何となくだけど理解しつつ、楽しかった時間をありがとうとペコリと頭を下げる少女。


顔を上げるとパタパタと荷台に向かい、単眼にまた乗せて貰う。

車が発進するとここが面白かった、こういうのも居た、凄かった、とはしゃいでいた。

だが暫くすると疲れが出て来たのかウトウトと舟をこぎ出す少女。

そしてついにコテンとソファに横になり、複眼が静かに毛布を掛ける。


幸せそうな寝顔でむにむにと寝言を言いながら、車は屋敷へ帰るのであった。

寝顔もばっちり倒れる前から撮影済みで、羊角にはとても満足で幸せな一日の様だ。

動物は余り撮っていない。画面中央は全部少女である。








所で帰りの運転は予定通り女だったのだが、助手席には男が座っていた。


「何ですか、別に寛いでいて良いですよ」

「長時間これの運転とか暇だろ。居眠りしねーように隣に話相手いた方が気楽だろう」


男の返しに特に文句を言う事も無く、すました様子でエンジンをかける女。

出発の時と違ってスムーズな発進をさせ、会話も無く長時間の走行を始める。

ただし口元が少し優しく緩んでいる事に男が気が付かないまま。


「・・・すー・・・・すー」

「この愚弟、着いたら殴り起こす」


だが帰り道の半ばを過ぎた頃に男が寝た事で、せっかく稼いだ好感度はゼロになった模様。

むしろマイナスにいっている気配が有るので、屋敷に着くと確実に殴り飛ばされるだろう。

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