練習。
「・・・え?」
二階の窓から庭に何となく目を落とした彼女は、その光景に疑問の声を上げた。
少しすると首を傾げて動かなくなり、小さく呻き声も上げている。
視線はずっと庭に向いているので原因は間違いなくそこに在るのだろう。
「どうしたの、何か有ったの?」
彼女が動かないので単眼も気になり、傍に寄って視線を庭に落とす。
そこには何の変哲もない庭と、庭で体を動かす少女の姿が在った。
今日の服装は動きやすさ重視なのか、何時か着ていた様な競技用に近い服を着ている。
「おチビちゃんがどうかしたの?」
「えっと・・・説明するより見た方が早いから、もうちょっと見てて」
「うん? ん、解った」
彼女の返事に首をこてんと傾げるも、その言葉に従って暫く庭を眺める単眼。
ただ暫く見ていても少女は軽く走ったり、ちょっと高めに飛び跳ねたりする姿が続くだけ。
確かに少女の体格を考えれば物凄い運動能力で動いているのだが、それは以前からの事なので単眼は余計に首を傾げていた。
「あ、今から多分やるよ」
「へ?」
段々ぽやっとしながら「今日もおチビちゃんは可愛いなぁ」と考えていた単眼だったが、彼女に声をかけられて当初の目的を思い出す。
単眼がしっかりと意識を向けると、玄関傍でぴょんぴょんと軽く飛び上がり始める少女。
そして次の瞬間、土埃が上がると共にその場から少女の姿が消えた。
「え!? え、な、何今の、おチビちゃんどこに!?」
「あっちあっち」
いきなり消えた少女に驚く単眼が視線を彷徨わせていると、彼女が指を差して視線誘導をする。
その先には少女がポテポテとのんびりした様子で走る姿が在り、玄関に戻っている様だった。
その様子自体は特におかしな事ではない。その場所が屋敷の門の傍で無ければ。
「あそこ、土が抉れてるから、多分あそこでブレーキかけてるんでしょうね」
「え、と、つまり、今のって単純な脚力で消えた、って事?」
彼女の指差しに従い単眼が視線を動かすと、確かに門の傍の土が抉れている。
更に同じ所を何度も踏みしめているのか、結構深めの穴が出来上がっていた。
つまりそれは少女の意思で調整し、何度も同じ所に移動しているという事でも有る。
ただ現実として普通ありえない事なので、二人は気が付いていない事が有る。
少女は人の目で捉えられない速度で移動した。それも二階から見下ろす形の二人にだ。
つまりその速度は最低でも音速を越えており、周囲に被害が齎されるはず。
だというのに少女の体に怪我は無く、服も破れる事なく綺麗なままだ。
スタートとブレーキで踏みしめている筈の地面も速度の割には抉れ方が緩い。
単純な脚力による移動、という事は決してありえないだろう。
これは以前単眼が見せられた、女が角を出して移動した時と同じ物。
角の力による物理干渉を捻じ曲げた超常能力を何度も繰り返し使っているのだ。
当然少女自身に角の力を使っているという意識は無い。
ただ自分の中に自分の意識する以上の力が有る、という事は既に認識していた。
「今のは初めて見たから驚いたって訳。いやー、目で追えないのは驚くわ」
驚いたと語る彼女の言葉に少々眉を寄せる単眼。
何故なら単眼には左程驚いている様には見えないからだ。
自分は少女が消えた事に驚きの声を上げ、びっくりしながら探したのだから。
「あんまり驚いている様に見えないけどなぁ」
「んー、消えた瞬間多少予想が付いていたからねぇ。何となくそうなんじゃないかって」
「そうなの?」
「角っ子ちゃんがああいう動き易い格好してる時って、大体何かしようとしてる時が多いから。マットでも敷いてたらまた違う事してるだろうけど、今日は何も用意してないし」
「成程・・・」
成程等と言っているが、若干納得しきれていない単眼である。
だってそれじゃ自分が頭が回らず驚いたみたいでちょっと恥ずかしいので。
「まあ流石にあれで門にぶち当たったとか、止まれずに転んで行ったとか、怪我しそうな事になってたら驚くけどね。現状は大丈夫そうだから観察してたって訳」
「んー、確かに大丈夫そう、かな」
こうして話している間にも少女はまた同じ様に移動を繰り返していた。
ただ表情は真剣そのもので、何時もの様な楽しんでいる雰囲気は無い。
ただひたすらに同じ事を同じ力で何度も何度も繰り返している。
その姿はまるで「そう出来ないといけない」と語るかの様な雰囲気を持っていた。
「本当に、優しい子だね、おチビちゃんは」
「角っ子ちゃんだからねー」
少女が何故そんな事を繰り返すのか。そんな問いは二人には必要無かった。
見ていれば解る。今までの事を考えれば解る。つい最近起きた事を考えれば解らない訳が無い。
少女は戦っているのだ。自分の力と。制御しきれない不思議な力と。
今までの様な無意識には頼らず、意識して同じ事が出来る様に何度も繰り返している少女。
その姿はとても真剣で、そしてその意味はとても優しい。
人を傷つけたくない少女の優しさ故の努力に、二人は優しい笑みを向けている。
「後で褒めてあーっげよっと。さって仕事仕事ー」
「なんて褒めるの?」
もう観察と説明は終わったと仕事に戻る彼女に、単眼が笑顔で問いかける。
彼女は足を止めると振り返らず背を逸らして単眼に顔を向け、ニッと笑った。
「あれなら陸上世界一になれるね! とか?」
「あははっ、そうだね、あれに勝てる人は居なさそう」
地道な努力をしていた事を褒める気は無い。そこを褒めったって意味は無い。
屋敷の住人は少女の努力には「気が付かない」のだから。
声をかけるなら普段通り、少女の出来た事実に食いつくだけの事。
少女が何の為にあんな事をしていたのか、なんて問いかける気はさらさら無いのだ。
「じゃあ私は気を付ける様にちょっとだけ注意かな?」
「えー、それあたしも巻き添えで叱られるかもしれないやつじゃん」
「叱られない様にすれば良いだけじゃない?」
「それはあたしの主義的に無理かな!」
「あはは、主義ならしょうがない。叱られるしかないねぇー」
二人は楽し気に仕事に戻り、この後の事を笑顔で相談していた。
今の屋敷ではそれぞれがそれぞれ、少女ですら嘘を吐いている。
だけどそれは自分の為だけではなく、人の為を想っての嘘でも在るのだろう。
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腕をピコピコさせる少女。
https://twitter.com/kskq89466/status/1104769946683228160
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