認知確認。

「では、今から家族会議をします!」


屋敷の住人が珍しく全員食堂に集まり、そこに彼女の宣言が響く。

手を挙げての宣言に、少女がはーいと勢い良く真似をして応えていた。

ただしニコッと笑い合う二人とは対照的に、他の面子は殆ど苦笑いだ。

男に限っては呆れて半眼で見つめている。女だけは真顔だが。


「なあ、一つ突っ込んで良いか?」

「はい、お父さんどうぞ!」


手を上げて質問をする男の顔は完全に呆れ顔だったが、彼女のテンションが落ちる様子はない。

むしろ更にテンション上げて許可を出し、男は溜め息を吐いてから口を開く。


「誰がお父さんだ、後―――」

「突っ込みは一つと言ったのでそれ以上は受け付けません! 旦那様はこの館の主人なのでお父さんです! そして先輩はお母さいだだだだだ!! 待って、待って先輩、頭が割れる!」


傍に居た女に手のひらを向け、お母さんと言おうとしたら頭を掴まれる彼女。

ぎしぎしと嫌な音が聞こえ、かなりの力が込められているのが解る。

ただ少女があわわと両手を向けて慌てている事に気が付き、腕の力を緩める女


そして女が手を離すと、彼女はそのまま力無く床に崩れ落ちた。

あわあわしながら少女が近寄り抱き起こしに行くと、彼女は力の無い瞳を少女に向ける。


「さ、最後は、角っ子ちゃんの、胸の、中・・・で・・・」


腕をプルプルと震わせながら少女に手を伸ばし、だが途中でその手が落ちる。

それと同時にガクンと頭も落ちて、彼女の体から力が抜けて行く。

少女は一瞬何が起きたのか解らずに呆然とし、そしてふえええと泣きながら彼女を抱き締めた。


「あ、ご、ごめん、そこまで泣くとは思わなかった。大丈夫、大丈夫だから。意識は有るから」


胸から聞こえた声にふえっ?と間の抜けた声を漏らし、胸の中の彼女を見る少女。

すると申し訳なさそうに笑っている彼女が居て、少女は少しの間フリーズした。

そして揶揄われたのだと気が付いた瞬間、ぷくーっと頬を膨らませて彼女をポイッと投げ、ごすっと後頭部と床が当たる音が響く。


「あだぁ! ちょっ、まっ、先輩のより痛い・・・うおお・・・!」


後頭部を抑えてのたうち回る彼女に、プイッと顔を背ける少女。

今回は許さないもんね! という意思表示らしい。

だがチラッと悶えている彼女を見て、少し申し訳ない気分になってい来る少女。

今回は何も悪い事なんて無いのだけど、そう思ってしまうのが少女である。


でもやっぱり少し不満なので、むーっと唇を尖らせながら彼女を抱き起こす少女。

そして優しく後頭部を撫でると、彼女はすんすんと泣きながら少女に抱きつく。

当然嘘泣きなのだが、少女はまたちょっと申し訳ない気分で彼女を優しく抱きしめた。


「・・・そろそろ本題に入っても、良いよな」


そんな本題から外れた出来事は放置する事にし、残りの人間に訊ねる男。

誰も異論は無い様で、男に視線を向けて聞く体勢に入っている。

少女も彼女の頭を撫でながら、それでも話だけは聞く体勢を取りはじめた。

因みに彼女はもう泣くのも止め、ただ少女のお腹に顔をスリスリしている。


「つっても別に全員集まる必要は無かったんだが・・・」

「そうですね、何故かそこに倒れている者が全員で聞いた方が良いと提案したんですが、本人に聞く気が無いので真意は測りかねます」

「・・・あ、そう」


男はもう何だかどうでも良いやという気分になりつつ、話を本筋に戻す為に複眼に目を向ける。

今回の話は先日訪ねて来た男性の事を聞こうと、その為に複眼だけを呼んだのだ。

だがそこに偶々彼女が居た事で、気が付くと全員集合していた。


複眼父関連の話という事が理由であろうが、ならばふざけるのは抑えられなかったのか。

本人的には悔いは無い様なのだが、複眼的には殴り飛ばしたい気分だ。

複眼は大きな溜め息を吐いてから男に視線を向ける。


「で、何か気になる事でも有ったんでしょうか」

「この間親父さんが来た時に、一緒に来ていた男が居ただろ。あいつの事を教えて欲しい」

「はぁ・・・そう言われても、私は父が連れて来た男、としか。まあ、あの父が連れて来た男なので、それなりに経済的には頼りになる人なのだろうな、という事ぐらいでしょうか」

「そんだけ?」

「え、ええ、それだけです」


複眼は戸惑う様に答え、その内容に嘘の様子は見られない。

てっきり知り合いだと思っていた男ではあったが、大した答えは返って来ない様だ。


「なら良いや。ごめん、用件はそれだけだったんだよ。こいつが騒いで集めた所悪いけど」

「そうですか。では業務に戻りますね」


複眼は男の言葉を聞いて素直に席を立ち、少女の胸の中の彼女の頭を掴む。

そしてそのまま頭を掴んで引きずって去って行き、皆もぞろぞろと食堂から出て行く。


「いだだだだっ! ちょ、かみ、ぬけ、痛いって!」

「煩い、アンタは真面目な話の時ぐらい、ふざけるのを我慢出来ないの?」

「あー、怒るのは解るけど、その辺で許してあげよう。ふざけたのは悪いけど、きっと心配だったんだと思うんだ。でないと全員集めようとしないと思うし」

「天使ちゃんに胸の中で抱き締められていたのが羨ましいから私は助けない」


騒ぐ彼女と怒る複眼、そしてそれをなだめる単眼だが、羊角の視線は厳しい。

どうやらさっき少女のお腹にずっと顔をスリスリしていたのが気に食わないらしい。

少年と虎少年は口を出しにくい空気なので少し離れた位置で黙って見つめている。


最終的に自分もお話ちゃんと参加してなくてごめんなさい、という少女の視線に複眼は折れた。

別に少女が悪い訳じゃなくて彼女のせいなのだが、それでもウルウルと瞳を潤ませる少女に折れる以外どうしろと言うのか。

そんな様子を少し離れた所で微笑みながら眺め、楽し気にその場を去る老爺であった。








「あれ、マジで知らない顔だったよな」

「ですね。面識は有るけど覚えていないんでしょうね、相手の言葉から察するに」


男は少女から聞いた内容により、男性は望んで婚約者となりに来たと判断している。

だが先程の様子から、複眼はむしろ面識が無いというぐらいの様子だった。

つまり複眼男性にはそれなりの想いが有るが、複眼はその存在自体認識していないのだ。


「キッツいなー。ちょっと同情する」

「おや、旦那様は彼に肩入れするので?」

「そういう意味じゃねえよ。単純な共感だ。もしお前があの子に忘れらたらどう思う。気に入ってる人間に忘れられるってのは結構きついぞ」


この後に何かしらの嫌味が返って来ると思っていた男だが、珍しく会話が止まってしまった。

おかしいなと思いながら女に視線を向けると、女の顔が完全に死んでいる事に気が付く。

もし少女に忘れられたら。その事を軽くではなく、真剣に想像してしまったせいで。


「・・・嫌な事を想像させますね。それぐらい言われなくても解ります」

「いや、本気で想像して本気でへこむなよ。俺が悪かったから」

「・・・してない。勘違いするな」

「完全に素に戻ってんじゃねえか・・・」


何時もの殴り合いの調子の軽口だったのだが、女が本気で落ち込んだ為に慌てる男であった。

因みに後で少女にギュッと抱き付かれてすぐに機嫌は戻った。

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