未だ暫く。

複眼父の来訪から数日、複眼はすぐに戻って来ると予想して男に伝えたが、予想外にも一切の連絡も突撃も無く過ぎていた。

ただいつ来るかは解らない以上、複眼は変わらず気を張る日々が続いている。

とはいえ元々は屋敷に暫く滞在していた可能性が有るので、直接顔を合わせなくて良い日々には大分気が楽な様だ。


そんなこんなで普段通りの日々が過ぎ、複眼以外は割と皆が気の抜いた日々を送っている。

少なくとも単眼は休憩時に虎少年を膝に乗せ、更にその膝に少女を乗せて、にっこにこするぐらいには何時も通りである。

最早虎少年を誘う事に躊躇が無い。


「おチビちゃん、あーん」


単眼がフォークに刺した果物を少女の口へ持って行き、あーんと素直に口を開けもっしゃもっしゃとご機嫌に咀嚼する少女。

虎少年の肉球をプニプニしながら足をパタパタさせ、んーっと口に広がる果汁の甘さににっこにこしている。


猫がテーブルの上でぶなぁと不満そうに鳴いているが、果物を小さく切った欠片を虎少年に渡されたので、仕方ないから許してやろうという様子でもしゃもしゃ食べ始めた。

完全に下の者からの献上品を貰った態度である。


「はい、虎ちゃんも、あーん」

「あ、あーん」


少女と同じ様に虎少年にも果物を食べさせ、単眼はとても上機嫌に二人の頭を撫でる。

虎少年は相変わらず少々困り気味だが、にへへーと笑う少女に仕方ないなと肩を落としていた。

その様子を正面で見ている複眼は、何だかなぁという表情だ。


「浮かない顔してるね。そんなに気を張っても仕方ないと思うよ?」

「どうかしら。もしかしたら誰かしらが遠くから見てる可能性も無い訳じゃないと思うけど」

「え、そこまでするの、お父さん」

「するかもしれないし、しないかもしれない。正直なところ、あんなにあっさり引くと思ってなかったから、予測が出来ないって感じかしら」


単眼は困惑していたが、複眼としてはそれぐらいはしてもおかしくないと思っていた。

虎少年と自分が恋人と言ったとしても、自分が父を毛嫌いしている事を知っているのだから。

一次的に誤魔化す為の嘘と、そう証明する為の証拠を探していてもおかしくはない。


「だから申し訳ないけど、恋人のふりは父が家に帰るまでは続行になるわね」

「まあ、また来るって言ってたし、そうなるよね」

「勿論その時はちゃんと協力しますよ。やると決めた以上は、最後までしっかりと」


そんな会話を聞き、もっきゅもっきゅと咀嚼しながら少し首を傾げる少女。

ごくんと咀嚼物を飲み込んだところで、ピーンと何かを思いついた様子を見せた。

少女は虎少年の手を離して単眼の手もゆっくりと退け、ぴょんと膝から降りる。


「ん、どうしたの、降りたら良いの?」


降りたら虎少年の袖をくいっと引き、虎少年にも単眼の膝から降りてと意思表示を見せた。

虎少年は当然要求に応えて素直に降り、単眼は少々名残惜しそうに見送っている。

そしてそのまま袖を引いてとてとてと複眼の傍に寄り、複眼の膝をてしてしと叩いた。


「えっと、その、そっちに座れ、って事かな」


虎少年がそう問いかけると、少女はぺかーっと笑顔を見せて頷いた。

複眼にどうしようかと視線を向ける虎少年だったが、複眼は優しい笑みで膝をトントンと叩く。

座って良いよ、という事らしい。

なので素直に、だけど少し照れながらその膝に座る虎少年。


「重くないですか?」

「ちょっと重いかも。でも大丈夫。うん、膝に乗せるのも中々良いわね」

「そう、ですか」


複眼は膝の上の重さにむず痒い物を感じながら、自然と虎少年を抱き締めていた。

虎少年が複眼に後ろから抱きしめられる事は初めてではない。

だけど単眼の膝の上とはまた違う不安定な細い足。

その感触に少々顔を赤くしながら、だけど大人しく複眼に抱き締められていた。


二人の様子に満足そうに頷き、フンスとやり切った感を出しながら単眼の膝に戻る少女。

うんしょと単眼の膝に登る少女に単眼が手を貸し、しっかりと真ん中に座らせる。

そうしてニコーッと笑顔で笑いあってから、正面に座る複眼と虎少年にも笑顔を向けた。


「ふふ、じゃあちみっこの好意に応えて、恋人らしくいこうかしら。はい、あーん」

「あ、あーん」


少し照れている様子の虎少年を可愛いと感じながら、あーんと果物を差し出す複眼。

その声がとても甘い、何とも甘い空気を持っていて、虎少年は少し照れながら応えている。

そんな二人を眺めてむふふーと満足げな顔をしながら、もっきゅもっきゅと自分も単眼に食べさせて貰う少女。


猫は少女の膝に抱えられ、ぶふんと鼻を鳴らして何故か虎少年に向けて勝ち誇っている。

どういう方程式が猫の中で出来たのかは解らないが、少なくとも猫の勝利らしい。


実は犬も最初から足元に居るのだが、きっと最後に残った果物を貰えるだろうと大人しく丸まっているのであった。

ただし尻尾は「まだかな、まだかな、もう貰えるかな」という感じに動いてはいたが。

追記すると、ちゃんと貰えたのでわーいと放り投げてから食べていた。







そんな様子を少し離れた位置からじーっと見る人物が一人。

別に不審者ではなく、女がちょっと羨ましそうに見ているだけではあるが。

どうやら自分も少女と虎少年を構いたいらしいが、あそこに突っ込んで行けば確実に空気を壊すと思っているらしい。


少女だけならば問題は無いのだが、虎少年の邪魔をする訳にはいかない。

そう思い諦めて踵を返そうとした所に男が通りがかり、女に怪訝な顔を向けながら口を開く。


「何ぼーっとしてんだ。とうとうボケたか」

「普段からボケている貴方には言われたくないですね」

「素でボケをかます事の有るお前に言われたくもねーな」

「そうですか、旦那様の行動はわざとだと。成程成程、では普段の間抜けっぷりはやらなくても宜しいんですよ?」

「「・・・あ゛?」」


一瞬の静寂後にお互い睨みあい、唸る様な言葉と共にくり出される二つの拳。

そして盛大な打撃音の後に男はどしゃっと崩れ落ち、フンと鼻を鳴らして去って行く女。

今日も今日とて女は余裕の勝利である。

何故これでも男は止めようと思わないのか、それは男にしか解らない。


ただ今日は男を殴っても心は晴れず、そのままフリーである少年を代わりに構いに向かった。

少女を構いたい勢いのままだったので、その眼光に思わずビビる少年であったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る