虎少年の努力。

ある日の昼下がり、虎少年は庭で一人型の流しをしていた。

先日女に教えてもらった武術の型を。

ただその動きはどう見ても習いたてには見えず、既にどこか熟練した雰囲気が垣間見えている。


「・・・いい動きだね」

「え、あ、どうも。ありがとうございます」


通りかかった複眼が本気で感心した様子で告げ、虎少年は礼を返す。

ただそこには単純に評価された事の返答以上の物は無い様に見えた。

つまり虎少年にとっては、ここまでできる事は特に不思議でもなんでもないという風に。


「・・・虎ちゃん、何かやってるでしょ」

「あ、やっぱり判ります?」

「そりゃ、いくらなんでも素人にしては覚えるのが早すぎるし」

「あはは、その、恥ずかしい話なんですけど・・・あの子にあこがれて、少しだけ武術の類は手を出してるんです。使い所なんて無いんですけど」


虎少年は少し恥ずかしそうに、自分が素人ではない事を告げる。

それは何時か見たあの背中に、少しでも追いつきたいと思っての行為。

当然今の分別がついている虎少年なら、少女のあの姿は人知を超えた何かだと理解している。

だけど幼き虎少年は、自分を救ってくれたあの背中に少しでも追いつきたかったのだ。


「どれだけ努力しても、あの子には届かないと解ってるんです。あの時と同じ様な事になれば、僕はきっとまた守られてしまう。解ってはいるんです」


普通の対人相手、チンピラの対応程度なら虎少年も何とかなるだろう。

だがあの時と同じ、相手が殺人になれていて、銃器を持っていたら。

きっと虎少年は自分の命を守るために蹲ってるのが精一杯だ。


そんな事は本人も良く解っている。

解っていてもまだどこかであきらめられないでいるのだ。

僕のヒーローに、少しでも、ほんの少しでも手を伸ばせればと。


「・・・頑張ったんだね」

「間違った頑張りです。気がつくのが遅れました。あの子を守る為に必要な力はこんな物じゃない。こんな物、何の役にもたたない」


優しく褒める複眼に、虎少年は首を横に振る。

その表情は自分自身を馬鹿にし、後悔の念に囚われている。

もう少し、もう少し早く、自分に必要な物に気がつければと。


「そして解っていても、今でもやっぱりあの背中を追いかけてしまう大馬鹿者です。こんな事したって、何の意味も無いのに」


虎少年は俯きながら、自分の愚かさを語る。

複眼はそれに何を思ったのか、虎少年の頭に手を伸ばして胸に引き寄せた。


「ふえっ!? な、何を!?」

「・・・そんな事無いよ。虎ちゃん」


複眼は俯く虎少年の頭をしっかりと胸の中で抱きしめる。

虎少年は流石に慌てて顔を離そうとしたが、複眼はがっちりホールドしていて外す事が出来ない。

流石に真正面から抱きしめられては、あっという間に赤くなる虎少年。

とはいえやはり毛皮なので、慌てている事以外は良く解らないのだが。


「虎ちゃん。これは人生の先輩からの言葉。虎ちゃんの努力はちゃんと実を結んでる。君がその心に至るに為に、それは必要な事だったんだよ」


ぽんぽんと優しく背中を叩きながら、複眼は優しい声音で語る。

普段のクールな様子ではなく、優しいお姉さんというのが似合う様子で。

その暖かさに、気がつくと虎少年は体の力が抜けていた。

むしろ少し胸に顔をうずめ、ほんの少し震えているように見える。


「・・・甘やかしますね」

「ふふ、あんまり頑張ってる良い子だから、多少はね」

「・・・やっぱり、優しいお姉さんですよね、貴女は」

「どうかな。同僚の事は良く蹴ってるけど」


虎少年の声は涙声で、だけどそれに何かを言う様な事はしない。

複眼は虎少年が落ち着くまで、優しく背中を撫で続けていた。









「ねえ、ねえ、やっぱりあれ良い雰囲気じゃない!?」

「んー・・・んーーー? 難しい所だなぁ」


ちなみにその光景は単眼と彼女がしっかり見ており、後で色々と訊ねられる事になる複眼であった。

因みにしつこ過ぎた彼女はまたすねを蹴られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る