止まらないもの。

「では、行くぞ」


女の言葉にコクコクと頷き、キラキラした瞳を向ける少女。

虎少年が庭で少女と体操をしていたある日、女が型を教え直しにやって来た。

とは言ってもそこまでしっかりしたものではなく、こうだぞと見せてやるだけだが。


女の動きを見て一生懸命真似している少女だが、やはり何かが違う物にしかならないでいる。

それでも終わると女が頭を撫でるので、少女はニコーッと笑って相変わらず変な踊りのままだ。

元々が健康目的の体操なので、それぐらいの緩さで良いのだろう。多分。

少女はピッコピッコと女の周りを動き回って楽し気で、女も何時も通りの睨み顔を向けている。


因みに虎少年は「屋敷内でも、使用人服以外も着るんだ」と、別の事に気を取られていた。

今日は虎少年が居るからか、女はしっかりとパンツスタイルなので。

他の使用人達の私服は見ていたが、女の私服を屋敷内で見るのは初めてだったのだ。


とはいえちゃんと女の動きを見ていて、少女の珍妙な体操の意味を理解した虎少年。

そして少し思い出す様な素振りの後、先程の女の動きを頭に浮かべながら体を動かし始める。


「・・・ふむ」


女はその動きに感心した様子で小さく呟いていた。

虎少年は一度見ただけにしては良い動きで、少し悩む様子を見せながらも通し切った。

少女は凄い凄いと飛び跳ね、パチパチ手を叩いている。

なぜ人の動きが綺麗かどうかは解るのに、自分の動きが珍妙な事は解らないのだろう。


「上手いな。初めてやったとは思えない」

「そうですか? ありがとうございます」


女の言葉に素直に喜び、ニコッと笑う虎少年。

その姿が可愛いと、女は思わず虎少年の頭に手を伸ばして撫で始める。

ただし眼光が何時も通りだったのでビクッとしていた虎少年だったが、視線に反して優しい手に力を抜いた。


ただ身を任せていると女の顔がどんどん怖くなって行くので、少し怖くて視線を逸らす虎少年。

女は女でやっと虎少年のふかふかの毛皮を撫でられたので、かなり満足気な様だ。

思った以上に触り心地が良いので少し驚いており、余計に眉間の皺は深くなっている。

だが暫くして普段の真顔に戻ると、すっと手を離した。


「・・・すまない、君の年頃の子にするべきじゃなかったな。子供扱いは嫌だろう」

「あ、いえ、気にしないで下さい。ここに来てからは良くある事ですし。それに、実際まだまだ子供の自覚は有りますから。僕は大人です、なんて言葉はもっと子供な証拠ですしね」

「そう言ってくれるとありがたい」


虎少年の言葉は子供らしくない返しだが、それでもその言葉に嘘はない。

嘘が無いからこそ大人びており、等身大の自分を見つめられる客観的思考を持つ人間。

女はそんな虎少年に本気で感心を向けており、弟と比べて心の中で溜め息を吐いていた。


何でうちの弟はこうなれないんだろうかと。

とはいえ身内だからの評価の低さも入っているので、一概に男が悪い訳では無いのだが。

もし本当に男が使えない人間なら、今頃この屋敷は成立していないので。


「ひゃ!?」

「ん?」


虎少年が急に驚いた様子を見せたので女は首を傾げるも、すぐに理由は目に入って来た。

女と話し込んでいる虎少年の尻尾を少女がにぎにぎしていたのだ。

目の前でぷらんぷらんと動く尻尾を、えいっと捕まえてしまった少女。

理由は特にない。あえてあげるなら、二人で話し初めて少し退屈だったという程度。


ただ先端ならばそこまでの反応を見せなかったのだが、今日は付け根に近い所を握っていた。

どうやら付け根は神経が多い様で、少々敏感らしい。

虎少年は背筋を逸らした状態で固まっていて、両手が胸元でわなわな動いている。


少女は少女で虎少年の驚きに逆に驚いており、握ったままフリーズしていた。

何せ尻尾を握るのは別に初めてじゃなかったので、ここまで驚かれると思ってなかったのだ。

一緒に座っている時に先端をにぎにぎしている事も有り、嫌そうな様子も見た事が無かったので。


「こら、困っているだろう、手を放してやれ」


女の注意にハッとした顔を見せ、慌てて手を離す少女。

そして虎少年の正面にワタワタと回り込んでから、ペコペコと頭を下げる。

若干泣きそうな雰囲気だったが、謝る少女の頭に虎少年の手が優しく置かれた。


「大丈夫、ちょっと驚いただけだから」


笑顔で頭を撫でてくれる虎少年にほっと息を吐き、ごめんねとギューッと抱きつく少女。

虎少年はそれを受け入れ、優しく頭と背中を撫でる。

女は二人を見て、種族は違えども本当に兄妹の様だと感じていた。


「・・・やはり、少し、寂しいな」


気が付くとドンドン少女は変わって行っている。

確かに相変わらず子供らしく可愛いが、それはあくまでそれだけの話だ。

何も知らず、ただ自分に懐いていた頃とは、もうまるで違う少女。

その事を再認識した小さな呟きは、誰にも聞かれずに消えて行った。









因みにその光景を彼女が見ており、にやりと笑っていた。


「成程、根本が弱点なのか。これは――――」

「止めなさいよ」

「駄目だよ」

「――――へーい・・・」


少しいたずらをしようと思った呟きだったが、複眼と単眼に釘を刺されたので最後まで語られる事は無かった。

とはいえ彼女なので本当に諦めたのかはとても怪しいが。

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