私生活。

「そういえば、虎ちゃんって国元ではどんな生活してるの?」


仕事休憩のお茶の時間に、彼女がそんな問いを虎少年に投げかけた。

それには特に深い意味は無く、単なる興味でしかない。

ただその興味を抱くな、と言う事の方が難しい事柄だろう。


何せ虎少年は長期間の国外旅行を短期間に二度もしている。それも単独での旅行だ。

勿論虎少年はもう少しすれば、青年と言って良い年頃ではある。

だとしても単独で旅行に出るには、まだまだ保護者が許さない可能性の有る歳だ。

学校は行っているのか、旅行の資金はどうしたのかと、気になる所は多い。


因みに少女はその隣でカリカリとハムスターの様にクッキーを食べている。


「そうですね・・・健康の為の運動はしてますけど、あんまり外に出ない生活ですね」

「ありゃ、そうなんだ。そんなに良い体してるのに」

「あはは、この体は種族的な物ですから。どちらかと言えばインドア派なんですよ。あ、でも今言った通り運動はしてるので、体力にはそこそこ自信は有りますよ」

「角っ子ちゃんにもそこそこ付き合えるもんねぇ」


カリカリと無心でクッキーと食べていた少女だったが、彼女の声に呼んだ?と顔を上げる。

明らかに聞いてなかった様子を見て彼女はウリウリと頬をつつき、アウアウとのけぞる少女。

暫くすると頬を掴んでムニニムしだし、少女もめいっぱい手を伸ばして彼女の頬をにむーと摘まんで遊びだした。


質問しておきながら既に興味無さげな彼女を見て、虎少年は特に咎める様子は無い。

むしろ二人のじゃれあいを微笑ましく見つめており、そして心なしほっとした様子が見えた。


何故なら虎少年は、彼女の言いたい事を察していながらあえて話を逸らしたからだ。

彼女が問いかけた内容は『普段の生活』であり、運動しているかどうかではない。

勿論問いかけからの答えとしては大きくずれていない物ではあったが、明らかに返答としては視点をずらしている。


「あ、ちみっこが居た。今良い? ちょっと力を貸して欲しいんだけど。言葉のままの意味で」

「角っ子ちゃんは私と休憩中なんですぅー」


そこに複眼がやって来て、少女を目にすると「良い所に」といった様子で声をかけた。

どうやら力仕事を頼みたくて単眼を探していたらしいが、この際少女にと判断したらしい。

ただ首を傾げつつも話しを聞く体勢の少女を、彼女がギューッと抱き締めてしまった。

アワアワしながら二人の顔を見比べ、どうしようと少し困った顔を見せる少女。


「はいはい、休憩時間後で延ばして良いから」

「だってさー、角っ子ちゃん、どうする?」


少女は少々悩む様子を見せたが、複眼の袖をちょこんと握った。

複眼の用事に応えるつもりの様なので、彼女は残念そうに手を放す。


「いってらっしゃーい。ぶーぶー」

「はいはい、ごめんなさいね」


ぶーぶー言いながら手を振る彼女に気のない謝罪をしつつ複眼は少女の手を握る。

少女はニコッと笑って手を振ると、歩幅を複眼に合わせる様にぽってぽってと歩を進めた。

複眼的には焦る必要は無いのだけど、少々可愛かった様でそのまま黙って去って行く。

その後ろ姿も可愛くて、虎少年は見えなくなるまでじーっと見送っていた。


「で、角っ子ちゃん居なくなったけど、それでも話したくない感じ?」

「――――っ」


さっきまでのおふざけが嘘の様な静かな問いに、虎少年は驚いた眼を彼女に向ける。

彼女の先程までの行動は、虎少年に煙に巻かれた訳ではない。

話したくないのだと解ってわざとそれに乗ったのだ。


ただその理由が少女かと思い、居なくなった今もう一度訊ねたらしい。

そして虎少年は思わず言葉に詰まり、少し困った表情を見せている。


「ああいや、言いたくないなら良いんだけどね。話せない理由が角っ子ちゃんなのかなーと思っただけだし。私だって内緒にしている事の一つや二つは有るしねぇ」

「彼女に言いたくない、という訳では無いんですが・・・その」

「だから良いよ。言いたくないなら無理に言わなくて。ただ角っ子ちゃんを泣かせたり、不安にさせる様な事はしないでね、ってだけだから。あたしが言いたいのはそんだけ」


別に虎少年の生活に興味が有る訳じゃない。あくまでその興味は少女の為。

危ない事はしていないか。捕まる様な事はしていないか。

虎少年の生活を知って、少女が悲しむ様な事は無いか。

彼女が気になっているのはただその一点だ。


「それは無いです。彼女を悲しませる事は決して。僕の英雄に顔向けできない事は、絶対に」

「・・・そっか、なら良いや」


彼女は珍しく真剣な目で虎少年を見つめ、虎少年もまっすぐにその視線を返す。

ただ彼女は唐突にふっと笑うと、虎少年の頭をくしゃくしゃっと撫でまわし始めた。


「可愛いねぇ、君も。まあ頑張れ虎ちゃん。あたしはどっちも応援してるからさ」

「あ、えっと・・・はい、頑張ります」


彼女の言う「どっちも」とは、当然虎少年と少年の二人の事だ。

虎少年は一瞬悩んだものの素直に頷いて応え、彼女は満足気に笑ってその場を去って行った。

心の中では「虎ちゃん一歩リード、ってとこかにゃー」なんて思いながら。


「別に、この屋敷の人達なら、言っても大丈夫だったな・・・ちょっと何時も通りに返事をし過ぎた。次から、気を付けよう。彼女の好きな人達なんだから・・・」


ただ虎少年は先程の会話を反省している様だ。ちゃんと隠さず話せばよかったと。

とはいえ虎少年にも少々事情が有ったので、一概に悪いという訳では無い。


虎少年は私生活を詳しく説明すると、相手の反応が変わる経験を何度もしていた。

それ故に自然と話を逸らす方向に、半ば無意識に会話を持って行ってしまう癖が付いている。

ただ今回の事では一つへまをしたと感じており、次は無い様にと強く決めた様だ。






因みに当然だが、少女は何も気にしていないし気が付いていない。

複眼に頼まれた力仕事にフンスと気合を入れ、元気よく頑張っている。

少年達の想いや皆の心配をよそに、ぴっこぴっこと何時も通りの少女であった。

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