何時もの屋敷。

「ただいまー」


男が屋敷に向けたその言葉に、少女は思わずつられそうな程の笑みで迎えていた。

一応他の使用人と同じ様に、お帰りなさいませ、というポーズを静かにとってはいる。

とってはいるのだが、物凄くそわそわしているのが誰の目から見ても明らかだった。


当然男も気が付いており、苦笑しながら傍に寄って優しく頭に手を置いた。

それだけで少女は溶けた様な笑顔になり、男の手にすりすりと自ら寄って行く。

久しぶりの旦那様だと、まるでお留守番をしていた犬か猫の様に。


男も素直にすり寄って来る少女を可愛がり、楽し気にわしゃわしゃと撫ではじめる。

髪の毛が少々ぼさぼさになってしまっているが、それでも少女はとても嬉しそうだ。


因みに本物の犬はというと大人しくお座りしており、わふっとひと鳴きして迎えれている。

その頭の上では猫がぶなぁ~と鳴き声を上げ、二匹とも少女より遥かに落ち着いていた。

まあ犬はともかく、猫は単に犬の鳴き声につられただけだとは思うが。


「旦那様、お土産を下さい」

「・・・有るけど、有るけどお前さぁ・・・まあ良いや、はい」

「ありがとうございます!」


そこに彼女が手を差し出してお土産を要求し、傍に置いていた紙袋を不満げに手渡す男。

彼女は少女に負けず劣らずな笑顔で受け取り、その場で確認して皆と分け合う話を始めた。


複眼は完全に呆れ顔で男の上着を受け取り、単眼は女の事を労っている。

羊角は溶けた少女を撮る事に忙しくと、相変わらず皆自由に動く住人達である。

少年は皆の自由さに苦笑いしているが、それで済む辺りもう毒されているだろう。


少女は男が彼女達と雑談を始めた所で女にチラチラと視線を向け、もう何時も通りにして良いのかなと様子を窺っていた。

女は視線に気が付いていたが、そわそわチラチラとしている姿を見つめて動かない。

その様子が可愛いので暫く眺めているつもりの様だ。


ただある程度そうして満足したのか、無表情のまま両腕をすっと開く女。

どういう意味なのかすぐに察した少女はパァッと笑顔を見せてパタパタと駆け寄り、その勢いのまま女の胸に、とはいかず腹辺りにどーんと抱き着きに行った。


ただちゃんと力加減はされているので、女は少女を優しく迎え入れている。

ただすりすりと自分に顔を擦り付ける少女が可愛くて、ドンドン険しい顔になっているが。


「ちゃんと留守番は出来ていたか?」


その気分のまま優しく問うが、それまでの嬉しそうな様子から少し挙動不審になる少女。

勿論仕事はきっちりしていたし、手を抜くような事はしていない。

ただ寂しくて呆けていた覚えがあるせいで、素直に頷く事が出来ない様だ。


「角っ子ちゃん、先輩が居なくて寂しくて寂しくてよく呆けていたからねぇ」


頷かない少女の様子を見た彼女はニマっと笑いながら女に伝え、少女は恥ずかしくなって女に抱きつく力が強くなる。

顔を見られない様に俯き気味に抱き着く少女だったが、ふと優しく頭を撫でられている事に気が付いた。


恐る恐る顔を上げると、その視線の先の出来事に少女は思わず言葉を失ってしまう。

女はとても珍しく、優し気な笑みで少女を見つめていたから、余りにも優し気で目を奪われてしまったから。

ただ女自身は全く気が付いておらず、只々愛おしそうに少女を抱き締めながら撫でていた。


少女は最初こそ呆けていたものの、復帰すると嬉しくてたまらなくなり、きゃーといつも以上に元気よく女に抱きつく。

そして二人は会えなかった時間を埋めるかの様に、玄関先から動かずに抱き合うのであった。







「なーにが、ちゃんと留守番出来ていたか、だよ。お前こそ寂しくなかったかって聞かれる側だろうが」


暫くは二人の事を優しく見ていた男だが、まるで自分は問題なかったという様子の女に少し苛っとしたらしい。

少女が居ない事で男に色々と当たっていた事が、今頃不満として出て来た様だ。

なので外出中の事を言ってしまおうと、少女に向けて告げ口をする男。

ただ女も寂しかったという事実は、単に少女を喜ばせるだけの様であるが。


とはいえ女としては普段少女には格好つけているので、男の発言は余計な物だ。

当然女の目は何時も通り鋭くなり、男と女の視線が絡み合う。


「何を訳の分からない事を。私の仕事の不備は無かったはずですが?」

「仕事にはなかったけど、仕事外で有り過ぎただろうが」

「貴方こそ、仕事で私に何度フォローされたんでしょうね。屋敷の主人は荷が重いのでは?」

「「・・・あ゛?」」


そして玄関先で轟く打撃音に、何時もの屋敷が戻って来たとニコニコしている少女であった。

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