一人立ち。
最近寒さも段々と厳しくなり、そろそろチラチラと雪も降りそうな時期になっている。
そんなある日、普段からモコモコな格好をさせられている少女は、今日は殊更モコモコな状態になっていた。
帽子と耳当てとマフラーもつけており、可愛らしい手先の丸い手袋もつけている。
明らかに外出用の装備。だが今日はその傍に立つ女は外出の格好をしていない。
二人は玄関に立っており、少女は玄関の扉を背に出る準備を済ませた状態で、女はそんな少女を見送る様な立ち位置だ。
「これが許可証だ。これだけは絶対に無くすなよ」
女にカードのような物を渡され、真剣な様子でコクコクと頷く少女。
そしてそのカードを上着の内ポケットに入れて、ポンポンと叩いてちゃんと持ちましたと女に意思表示をした。
「いいか、もう一度言うぞ。絶対にそれは無くすなよ。金やクレジットカードは無くしても構わんが、それだけは絶対に無くすな。解ったな?」
膝を突いて両手を少女の肩に乗せ、威圧感すら覚える真剣さで少女に言い含める女。
だが少女は両手をぎゅっと握り、任せてと言わんばかりの表情でこくりと頷いて返す。
女は張り切る少女を見て眉を寄せ、珍しく表情に出して心配そうな顔で抱きしめた。
「・・・本当は、一緒に付いて行ってやりたいが、これもお前の為なんだ」
女は悲痛とも言える様子で少女に語り、そしてゆっくりと離れる。
少女もそんな女につられたのか寂しげな表情を見せ、離れた女に抱きついた。
そして暫く、二人は離れずに時間が過ぎる。
「ちょっと電車乗って近くの町に行くだけだろうが。仰々しい」
二人の様子を見ていた男は呆れた様に、溜め息交じりに女に向かって言い放つ。
そう、何も少女は今生の別れでどこかに行くわけではない。
ただ電車で少しだけ遠目の町に出て、お使いをして来るだけ。
それも目的の場所は駅のすぐ近くだ。
「煩いですね、貴方が一人で行っても何の心配も有りませんが、この子が一人で行くのは心配に決まっているでしょう」
「いや俺も心配じゃない訳じゃないが、そんな小芝居する程じゃねえよ・・・」
「こんな可愛い子なんですよ。攫われる可能性だってあるでしょうが」
「じゃあ付いて行けば良いだろうが・・・」
女の言動に呆れた様に返す男であったが、それも当然で今回の事は女から言い出した事だ。
少女はそろそろ一人で行動する能力を身につける必要が有ると。
その為に事前に役所に届けを出し、許可証を発行して少女一人で公的機関を使える様に手続きを済ませている。
先程少女に渡した許可証はその為の物。本来少女一人では電車を乗る事も叶わないのだ。
「いいか、美味しい物をくれるからと言わても付いて行くんじゃないぞ」
お菓子を前にすると思考が飛ぶ少女には妥当な心配と言えるが、流石の少女もそこまで無警戒で付いてはいかない。
少女は屋敷の中が安全だと理解しており、住人の事が大好きで気を許しているだけ。
流石に外に出て迄そんな緩い行動をとる程、もう無知な少女ではない。
だがそれでも女の心配は消えず、他にも色々と注意事項を口にしていく。
少女が真剣に聞くせいで尚の事女の口は止まらない。
「良いから、ほら、もう行きなさい。出発するって玄関に立ってからもう30分経ってるっつの」
男は女をべりっと引きはがし、少女に出発するように促す。
少女は一瞬戸惑ったが、ペコリと二人に頭を下げて出発した。
ぽてぽてと駅に向かう少女を眺めながら、同じ様に少女を眺める女に向けて男は口を開いた。
「で、何で一人で行かせたんだ。そろそろ理由を教えてくれても良いんじゃねえか?」
男は少女を一人で行かせたい事と、その理由は一人でも行動出来る様にする為だと聞いている。
その言葉自体は嘘では無いのだろう。
だがそれでも、なぜ今のタイミングでやらせたのかが疑問だった。
「先日の事が有るからな。私が正気なうちに自立させたいと思ったんだ。そうそう正気を失う気は無いが、先の事など解らん。そして今回は何とかなったが、次回も何とかなるとは限らん」
「・・・何でそれを言わなかったんだよ」
「言ったら今みたいな辛そうな顔をするだろう、お前は。眉間に皺が寄っているぞ」
「そりゃお気遣いどーも」
女が少女の成長を促したい一番の理由は、自分がこの先何時まで少女を見ていられるかが解らないと思ったからだ。
出来るなら何時までも見ていてやりたい。だが先日の様な事がまたいつ起こるか解らない。
そうそう起こす気は無いし、これからは前以上に気を張って抑える気はある。
とはいえ先の出来事がどう転がるかなんて解らないし、保証なんてどこにもない。
そしてそれを口にすれば男が嫌な顔をするのが解っていた。
だから本当の理由の部分は濁していたのだが、それでも問い詰めてきたので素直に答えたのだ。
男は気に食わない想いは有りつつも何も言えずに踵を返す。
「んじゃ俺は自室に居るから」
「おや、旦那様は見ないのですか?」
「・・・何を?」
「あの子の道中を。ドローンを飛ばしていますので、モニターで確認出来ますよ」
当たり前の様に言う女に男は呆れた視線を返してしまう。
一人でやれる様にとは何だったのか。
因みにドローンを飛ばしているのは羊角であり、今もモニタリングして少女を追いかけている。
これの飛行許可も取っているので、後でお役所に怒られる心配もない。
電車に乗った先の駅でも散々飛行練習をさせられた彼女が構えており、布陣は完璧である。
問題は電車内と建物内に入った時だが、それはそれで既に店員に根回しを済ませていた。
そもそも最近は少女も買い物に付いて行く事が増えていたので、店員も少女の事は覚えている。
なので彼女が私服でにこやかにお願いをしに行くと、皆が笑顔で快諾をしてくれた。
男共の鼻が少し伸びてたか否かは別の話なので措いておこう。
それらを真顔で説明する女に、男は片手で頭を抱えて天井を仰いでいる。
「今日は働く気が有りませんので、悪しからず。しても良いですが気が散ってミスをします。絶対にします。おそらく書類等は破り捨ててしまうかもしれません」
「・・・うん、なんか、もう突っ込むのも面倒くせえわ。つーか、それでアイツ朝からいなかったのかよ、可哀そうに」
女はスタスタとその場から去っていき、男も溜め息を吐きながら女の後を追う。
そして彼女に謝罪の意味も籠めて、後で何かしら礼をしなければと男は思っていた
因みに彼女はこの寒空の中素足で外に出ており、割と真剣に泣きそうになっている。
せめて白タイツ穿いて来るんだったと大後悔しながら少女を待っているのだった
尚少女は初めて一人でのお出かけに、心配半分ワクワク半分と言った様子だ。
自分を上空から監視しているドローンの存在など気が付かず、ぽてぽてと駅に向かっている。
白い息を吐きながらメモを確認し、気合いを入れながら進む少女であった。
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