バランス感覚。
少女は先日の事で自覚した事が有った。
自分が何故よくこけたりするのか。それはバランス感覚が無いからだと。
その証拠に片足立ちすら短時間しか出来ないのだ。
これではいけないと思った少女はバランス感覚を鍛えようと決める。
どうすれば良いのだろうかと調べると、出来なかった片足上げがその訓練方法に入っていた。
その時点で少女は少し不安になっていたのだが、調べて行くうちに自分でも出来そうな物を見つける。
というわけでお昼過ぎに今日も身軽な格好で不思議な動きをする少女が出来ていた。
ただの体操を不思議な踊りに変換できる少女は、ある意味天才かもしれない。
「・・・なあ、あの子今日は何の踊りしてんの?」
「バランス感覚を鍛える体操、らしいですよ」
「腕バタバタ動かすのもその体操なのか?」
「あれは単にバランスが取れてないだけですね」
その光景を眺めていた男の疑問は尤もであった。
少女は今腰回しという比較的簡単で楽な運動をやっている。
やっているはずなのだが、一定角度に達するとワタワタと手を動かしてバランスを取っており、陸上で溺れているかのような動きをしている。
前に倒してワタワタ、後ろに倒してワタワタと、見ただけでは何をやっているのかさっぱり解らない。
「力は有るから、筋力が足りない訳じゃ無いんだよな、あれ」
「純粋にバランス感覚が無いんでしょうね」
少女は身体能力が無くてバランスが取れない訳では無い。
もしそうであれば、屋敷の裏が広大な畑にはなっていないだろう。
だが少女はその腕力を持て余していたので、それが原因でバランスが取れない部分も大きい。
加減がきく様になっていたとはいえ、小さな少女には不要な筋力なのだから。
「単純な運動経験不足、ってとこか」
「そうでしょうね。自意識をしっかりと持ってからの運動は、この屋敷に来てからでしょうし」
少女のバランス感覚や加減の出来なさの一番の原因はそこである。
圧倒的に、動いた経験、が足りな過ぎるのだ。
結果として身体能力が高いにも関わらず、その能力を扱いきれていない。
競争の時に止まれずにこけて転がったのもそれが原因だ。
子供の頃から、それこそよちよち歩きの頃から無意識に鍛える物。
普段の生活の中で自然と覚えるはずの動き。そうういったものが本来は存在する。
だが少女は運動などで無駄なエネルギーを使える環境に無かった。
殆どの時間を座るか転がるかしていた少女には、今の様な運動などしてこなかったのだ。
「でも何か楽しそうだな」
「事実楽しいのでしょう。今日も運動する格好をしたいと言って来た時、とても良い笑顔でしたから」
そして勿論今日も女は少女と戯れて満足である。
日焼け止めを塗っている時など、少女からすり寄って来るので女はとてもつやつやしていた。
顏周りに塗っている時は特に可愛らしい反応で、もっと触って欲しいという様子を見せる。
それが堪らなく可愛くて、眉間に皺が定着しそうな女であった。
「成程。悩んでいるというよりも、前向きに改善しようとしてる訳だ」
「真っ直ぐな子ですから。出来ない事に悩み過ぎるより頑張ってみようと思う子ですよ」
少女は男の言う通り、出来ないながらも楽しげな様子であった。
ただし、今少女がやっている運動は前方に体を倒しつつ腕を伸ばす運動をしているのだが、それすらもワタワタとした様子で出来ていない。
一応高齢者用の簡易運動のはずなのだが、少女のバランス感覚は中々に絶望的な様だ。
ただ少女は気が付いていない事が一つある。
今までバランス感覚が必要な動作も、何とかこなしてきた覚えがある事に。
完全に無意識で気が付いていないのだろうが、その時の少女は凄まじい力で体を支えていた。
つまりは筋力で無理矢理体勢を固定していたのだ。
その結果色々壊して来た所も有るので、この訓練はやっておいた方が本人の為にもなるだろう。
「旦那様も一緒にやっておいたらどうです。貴方も出来ないんじゃないですか?」
「俺は流石にあれぐらいは出来るぞ」
「あらあら申し訳ありません、最近足腰が弱っている様に見えたので気を遣ったのですが。仕事以外では引き籠って本を読むか、ゲームをしているところしか見ていませんので」
「それなりに運動はしてるっつの。どこかの天然ゴリラ女みたいに筋肉の塊みたいな体はしてませんけどねぇ」
「あらあら、その腹で運動をしているなど、どの口が言うのでしょうね?」
一瞬の静寂。
「「・・・ああ?」」
そして睨み合いと共に放たれる拳。
屋敷に響く打撃音で少女は二人を見つけ、今日も仲が良いなぁと和やかに眺めるのだった。
ついでに今日も男の敗北であった。
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