きちんと最後まで。
「解体を見たいの? 別にいいけど・・・」
複眼は少々困惑しながらも、気合いを入れて頼みに来た少女に応えていた。
猪の血抜きが終わり解体作業に入ると聞いて、最後まで見届けようと思ったらしい。
蛇の時も同じ様に少女は頼んでいた。なのでやろうと思えば少女も蛇を捌ける。
ただ少女の場合「生き物を仕留める」という行為が出来ないので狩りは出来ない。
畑を荒らす鳥に対しても追い払うだけで、罠に嵌めて狩ったりする気は無い様だ。
「うーん、流石にこれはちみっこが見てて楽しい物じゃないと思うけどなぁ・・・それに一人でやるから、多分2、3時間はかかるよ?」
当然の事ではあるが、解体作業なんて物は子供が見て気持ち良い物ではない。
そもそも安全の為とはいえ、少女の目の前で頭を容赦なく撃ち抜いた事もそうだろう。
複眼はあの行動自体は間違いではないと思っているが、そこに少女が見ているという事を含められていなかった事を失敗したと思っている。
せめて顔だけでも逸らさせるべきだったと、血抜き作業をしながらそう思っていた。
だがそれでも少女は力強く頷き、複眼の作業を見学するつもりの様だ。
どうやら何を言っても付いて来そうだと思い、複眼は小さく溜め息を吐く。
「ま、良いよ。でも気持ち悪くなったらすぐに止めなよ?」
複眼の言葉にコクコクと頷く少女だが、複眼は少女の頷きを信用していない。
少女は頑張ると決めると中々譲らない性格をしている。
頑張った結果迷惑をかける様な事だと諭されれば引きはするが、自分が嫌な気分になるだけであれば最後までやってしまう。
解体しながらその辺りの具合も見なければなと、作業が増えた事に少し困る複眼。
「あ、そだ」
複眼は一つ案を思いついた。
そしてすぐに少女に指示を出し、ある人物を連れて来させる事にする。
その人物とは。
「何で私呼ばれたの? 猪の解体するんだよね? 私そういうの苦手って言ったよね?」
単眼が連れて来られたのであった。
少女に呼ばれたので一応来たが、納得してきたわけではない。
なので思っている事を全て口にすると、複眼は少女に聞こえない様にこそっと答えた。
「あんたが気持ち悪いって逃げれば、流石に放置して頑張ったりはしないでしょ」
「あー・・・んー・・・んー・・・ん~~~・・・・解った。引き受ける」
単眼は大分悩みはしたが、少女の為と引き受けた。
「ただあの子が気持ち悪くなってないようだったら最後まで頑張ってよ」
「え、私が気持ち悪くなったら終わりじゃないの?」
「何言ってんの、メインはちみっこ。あんたはあの子が気持ち悪くなってそうなら助ける役」
「あうー・・・引き受けるんじゃなかったかも・・・」
単眼は早速引き受けた事を後悔し始めた。
だが複眼は話を切り上げ、猪の下へ歩を進める。
少女はふんすと気合いを入れ、単眼は泣きそうな表情でそれについて行く。
血抜きが済んだという猪の下へ行くと、猪は大きな容器の中で水につけられていた。
傍には解体用の台らしきものが用意されている。
少女が最後に見た時は吊るされていたはずなので、その光景に首を傾げた。
「この状態に出来る道具があったかどうか覚えて無かったから、とりあえず吊るして血抜きをしたんだけど、猪を丸ごと入れられる容器が有ったから水につけておいたの。なるべく冷やしておいた方が良いからね。もしこの状態に出来ないなら、吊るして中に氷を詰めておくかな」
少女の様子を見てこの状態の理由を説明しつつ、猪の前で屈む複眼。
そして一つ深呼吸をしてから気合いを入れて猪を持ち上げ、傍の台に投げる様に乗せた。
「あー、おっも。やっぱり普段やらないと鈍るなぁ・・・そんなに大きくないのに、こいつ」
「言ってくれれば持ち上げるぐらいはしたのに。私なら片手で持てるよ?」
「一人でやるつもりだったんだから、これ位一人でやるわよ」
単眼に手をひらひらさせながら応え、台の上に解体道具を広げていく複眼。
少女はその時点で既に複眼に尊敬の目を向けていた。
調理に関しての知識の豊富さと、その能力の高さに。
とはいえ猪の解体作業を調理と言って良いのかどうか悩む所ではあるが。
「先ずは毛の汚れを軽く落とす。洗車用のブラシとかで良いからね。あ、そうだ。内臓の大半はもう先に抜いちゃってるから」
二人に見せる様に位置取りし、説明をしながら作業を始める複眼。
少女はフンフンとしっかり聞いているが、単眼は既に目が死に始めている。
「私は毛皮をナイフで剥ぐけど、毛の処理の仕方も複数ある。髭剃りみたいに毛を剃る処理の仕方と、バーナーとかで焼いちゃうのと、熱湯をかけて毟るのもあるね」
複眼は大きな刃物を手に持ち、イノシシの頭部に当てる。
単眼はその様子を目を細めて薄目で見ている。ちゃんと見たくないらしい。
「それと今回は先に頭を落とすから。頭にはこうやってぐるっと刃を入れると良いよ。鉈で落とすのもあり。大きい場合はのこぎりが良いかな」
複眼は語りながら猪の頭を切り落とし、皮を剥ぐ作業に入る。
その手際はとても鮮やかで、綺麗に皮を剥いでいく。
少女はその鮮やかさに感心の目を向けているが、単眼は気持ち悪さにぐっと耐えている様だ。
「私は内臓を先に抜いてるけど、毛を別のやり方で処理する場合、内臓は後回しになる事もあるかな。毛の処理が終わったら足と頭を落として、それから腹を割く。皮下脂肪ををちゃんと残さないといけないから、このやり方よりそっちの方がその点はだけは楽かもね」
作業量が多く、早く次の作業に移る等という事が出来ないので、他のやり方を説明しながら作業を続ける複眼。
少女はその説明に真剣に耳を傾けているが、単眼は最早視線が何処を向いているのか解らず、話が耳に入っているのかも若干怪しい。
「頭を先に落として、後から内臓を取り出して、熱湯で洗い流してから足を切り落とすって感じの作業工程も有る。どれが正解っていうのは無いから、自分が出来る物で良いと思う」
その後もこの調子で複眼は説明を続け、かなりの時間をかけて皮を剥ぎ終える。
そこで一旦道具から手を放して背伸びをし、肩を回して軽く息を吐いた。
「くあー、つっかれたー。まだ残ってるー。一人でやるとか言い出すもんじゃないね、これは」
首をゴキゴキ鳴らしながら、複眼は解体作業を再開する。
少女はどうやらこの時点でも気持ち悪そうな様子は無く、何処までも真剣な表情だ。
むしろ単眼が虫の息だ。顔色が完全に死んでいる。
「次は部位で切り分けていくんだけど、先ずは足を落として・・・あ、そうだ、言い忘れてた。内臓を抜く作業自体は後でも先でも余り変わらないからね」
皮剥ぎの最中に内蔵の取り方も既に少女に伝えている。
その補足を口にしながら先ずは足を外していき、その間も複眼の説明は続く。
「吊るしての解体の場合、背骨からのこぎりで真っ二つ、っていうやり方も有るよ。大きい猪の場合になるけどね。小さいとそれは大掛かりすぎる。これはそこそこの大きさだから、そのやり方でも良いかもね」
前足、後ろ足を落とし終えると、今度は胴体の肉を切り分け始める複眼。
この辺りの作業が好きなのか、生き生きした様子で切り分けていた。
逆に単眼は瀕死である。
そうして更に使いやすい大きさに切り分けられた肉を、用意しておいた袋に詰めていく。
最後には綺麗に肉を削ぎ落された骨だけが残っており、少女は芸術品でも見るような眼でその骨を見ている。
「うん、久々にしてはまあまあ、かな」
複眼は出来を満足そうに確認し、骨も用意しておいた入れ物に入れる。
「骨もスープに使えるから捨てたら駄目だよ。肉は冷凍庫に入れるとして・・・ああ、近所にある程度配るか。銃声で驚かせたはずだし」
複眼はてきぱきと片づけを始めたので、少女もその手伝いを始める。
少女が全く平気な様子なのを確認した単眼は、静かに一人吐き気を堪えるのだった。
「・・・私、居た意味、無かった・・・気持ち、悪い・・・辛い・・・」
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