技術。

「うっそ・・・まじで。あたし出来ないのに・・・」

「わー、おチビちゃん凄いねぇ。早いねぇ」

「ほんと、天使ちゃんてば学習能力が高いわぁ」

「いや、これは、真面目に凄いね」


 使用人達は少女の手元を見て、驚いた様子を見せている。

 とはいえ単純に驚いているのは彼女だけで、他の使用人達はにこやかに褒めているが。

 褒められた少女はそんなに凄い事だと思っておらず、照れたような笑いを見せている。


「え、だって、角っ子ちゃん、去年まで触った事もないよね?」


 戸惑いながら問う彼女の言葉に、少し不安になりながらコクリと頷く少女。

 何故そんなに驚かれるのかが不思議らしい。

 頷く少女の手元には、一台のノートパソコン。

 モニターにはタイピングゲームが映っており、そこには最高得点が表示されていた。


 何故ゲームなどやっているかというと、偶々彼女が遊んでいる所に通りかかったからだ。

 そもそもその前にこの端末は複眼の持ち物であり、最初は複眼が触っていた。

 ただそこに彼女が少し触らして欲しいと言ってキーを打ち出し、その打ち方がキーを凝視しながらの打ち方だった事で、邪魔された複眼は棘のあるトーンで彼女に声をかける。


「ブラインドタッチも出来ないのか、あんた」

「は、早かったら別に良いじゃん!」

「じゃあ私より早いんだな。タイプミスするなよ」

「上等、これでもミスは滅多にしないもんねーだ!」


 と、何故かタイピングゲームで勝負をし始めたのだ。

 傍から見ればただの仲の良い友達だが、本人達は割とガチである。

 いや、そこでゲームを起動させる辺り、やはり仲の良い友達かもしれない。


 そうして二人が勝負をしている所に単眼と羊角もやって来て、最後の少女も通りかかった。

 因みに勝負は複眼の勝ちであり、悔しくて羊角にやらせたら羊角にも負けてしまった。

 最後に楽しそうに見つめている少女に複眼が声をかけ、結果は誰よりも正確で早かったのだ。


「高速ブラインドタッチとか、ちみっこ、いつの間にこんな事出来る様になったの?」

「しかもノーミスだし、本当に凄いねぇおチビちゃん」


 複眼が関心した様に褒めてくれる上に、単眼の大きな手で撫でられた事で笑顔に戻る少女。

 ほっとした様子の少女に安心しつつも、ムムムと唸り出す彼女。結構悔しい様だ。


「むむ・・・ブラインドタッチが出来ないのあたしだけじゃん・・・」

「え、私も出来ないよ? さっき見たでしょ?」


 悔しそうに唸る彼女に、単眼が声をかける。

 単眼も一応やろうとしたのだが、指が大きくてキーが上手く打てなかったのだ。

 どうしても2、3個同時に打ってしまい、ゲームにならなかった。


「あんたは指がでかくてそれ以前の問題。キーを一つだけ押すって事が出来ないでしょ」

「う、た、タッチパネル式なら小さくてもいけるもん・・・いけるもん・・・」


 フォローしたつもりの単眼だったが、複眼から口撃を受けてしまう。

 悲しそうに胸元で指をいじいじしながら言い訳をするが、その声は段々小さくなっていた。

 だがへこむ単眼にオロオロしながら膝を撫でる少女のおかげですぐに回復した様だ。

 二人でへにゃっと笑顔を向け合い、手を取り合っている。


「でも凄いねぇー、いつの間にブラインドタッチなんか出来る様になったの?」


 単眼は少女を抱え、膝の上に乗せて訊ねる。

 頭を撫でながらなので、少女は気持ち良さそうに目を細めていた。


「私が教えたからだ。といっても、見本を見せて基本を教えただけだがな」


 そこに女が通りかかり、少女の代わりに答えた。

 女の言う通り、端末操作の基本は女に教えて貰っての事だ。

 ただし教えて貰った事は基礎も基礎だけであり、それ以降は少女の自己学習なので、少女自身の努力の賜物だろう。


「・・・普段から端末を使ってお仕事をしている先輩が、あたしより遅いって事は無いですよね?」

「何だ、私に勝負を挑むつもりか。良いぞ、乗ってやろう。貴様に負けるはずがない」

「あら、負けたらどうします?」

「貴様が以前気に入ったと言っていた服を買ってやろう」


 彼女がニヤッと笑いながら挑発すると、フンッと鼻を鳴らして端末の前に座る女。

 この時彼女は勝利を確信していた。何故なら女のタイピング速度は知っているからだ。

 事務仕事での女の速度は確かに遅くは無いが、そこまで早くもない。

 そういった計算の下の挑発であった。だが――――。


「なっ」


 女の手は、彼女が見た事が無い速度で動いている。

 先程の少女の比ではない、お題を見てからの反応も早過ぎる。

 そこで彼女は少女が先程不思議そうな顔をした事を思い出した。


「あ、しまっ、そういう事か」


 少女は女のこの速度を知っていた。だから様子が少し変だったのだ。

 自分よりもっと早い人がいるのに、なぜ驚かれているのだろうかと。

 そして結果は少女の記録を塗り替え最高得点をたたき出した。


「こんな物だ。満足したか? どうせ普段の速度を想定して挑んだんだろう。普段はミスをしない様に抑えているからな。仕事でなければこの程度の速度は出せる」

「その通りです。完敗です」


 冷たい目を向ける女に素直に頭を下げる彼女。

 そして少女が「やっぱり凄いなぁ」という目で見ている事に満足したのか、少女の頭をひと撫でして去って行った。


「そうだ、私が勝ったんだ。貴様の来月の給料は半分にしておくからな」

「そんな!? ちょっと待って先輩! 今のは流石に冗談ですよね!!」


 女の冗談か本気か解らない言葉に、慌てて女を追いかけて問い詰める彼女。

 だが女は一切答えず、彼女は半泣きになりながら項垂れた。

 そんな彼女の肩にそっと優しく手をのせる複眼。


「大丈夫。トイチで貸してあげるから」

「お前らなんて嫌いだあああああ!」


 複眼の止めに泣きながら去っていく彼女と、笑いながらそれを見送る複眼と羊角。

 単眼は「あーあー」という顔で少女を下ろし、追いかけたそうにしている少女に慰めを任せた。

 少女は素直に走り出し、廊下の隅で壁に向かって膝を抱えている彼女を発見。

 何とか普段の彼女に戻る様に慰めてあげるのだった。





 なお、給料に関しては冗談だった模様。

 ただし冗談だと解るのは、給料明細を渡された日であった。

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