雪景色。

「うっそぉ。積もってやがる」


 男は朝起きてすぐに窓から外を見て、心底嫌そうに呟く。

 窓の外から見える景色は一面白で埋め尽くされていた。

 どうやら寝ている間に雪が積もったらしい。


「勘弁してくれ・・・雪道の運転って怖いのに」


 男は出かける予定が有るので、今日はこの雪の中を車で行かねばならない。

 勿論念の為既にスタッドレスタイヤに付け替えてはいるのだが、それでも怖い物は怖い。

 男は雪道で滑った事が何度かあるらしく、その恐怖が頭にこびりついている様だ。


「二輪で・・・いや、二輪の方があぶねーか」


 今更な話ではあるが、実は屋敷には二輪駆動車もあったりする。

 大型で維持費が車並みにかかる二輪だ。ただしこれは男の持ち物ではなく女の持ち物である。

 それに雪道を二輪で走る危険を考え、すぐに止めておいた。


「バイクが良いなら、お送りいたしましょうか?」

「うわっ、いつから居たんだよ!」

「私が貴方を起こしに来たのですから、貴方が窓の外を眺めて驚く前から居ましたよ。立ちながら寝ぼけるのはいい加減に止めて頂けませんか」


 朝の弱い男には普段通りの事なのだが、男は朝起きてすぐの記憶がいつも曖昧だ。

 今回も起きているのか寝ているのかふらふらしながら起き上がり、窓の外を見た衝撃で目がちゃんと覚めたらしい。

 なので女が起こしに来た事も、傍に居る事も頭に入っていなかった。


「いや、いい。寒しい」

「中年のビール腹の脂肪という防寒具が有るくせに、何を軟弱な事を言っているのですか」

「お前こそ出るべきところはさほど出てないのに、付かなくて良いとこに脂肪付いて寒さが解り辛くなってんじゃねえの?」

「「・・・あ?」」


 今日も今日とて屋敷に打撃音が響く。いつも通りの屋敷の朝である。

 二人がそんな事をしている最中、少女は既に起きて窓の外を眺めていた。

 前回見た時はちょっと降っているだけだった雪が、今度は地面いっぱいに広がっている。

 その真っ白な様子にワクワクが抑えられず、意味もなくぴょんぴょんと飛び跳ねていた。


 女が少女を起こしに来た時は、当然テンションの上がり切った少女の満面の笑みが待っている。

 嬉しそうにパタパタと傍まで来て、窓の外を指さしながら袖を引く少女の様に、女の眼光は人を射殺せそうになるのであった。


 とりあえず朝食を済ませ、いつも通り女が男を殴り、雪で出るのを渋る男を出す為にこれ見よがしに雪かきして道を作る。

 と言っても雪かきが必要な程積もってないのだが、それでも男の尻を叩くには丁度良かった。

 男は溜息を吐きつつ車を発進させ、使用人達は珍しく全員で手を振って見送った。

 少女のテンションがいつもより高い事に苦笑しながら男は仕事に向かう。


「さて、じゃあ雪像でも作るかぁ!」


 男の車が見えなくなったところで、彼女が拳を振り上げながらそんな事を言い出した。

 少女はそれが何なのか解らなかったが、オーッと手を掲げる彼女と同じ様にポーズをとる。

 つられてポーズをとった少年は、二人以外が手を上げていないのに気が付いて少し恥ずかしそうに手を下げた。

 羊角は撮影モードに入っており、複眼は完全に無視して既に屋敷の方に足を向けている。


「その前に畑の様子を見なくて大丈夫なのか。雪に強いのを植えているらしいが、ビニールハウスの状態も見ておかなければならんだろう。潰れてないと良いが」


 その様子に鋭い眼光を向けながら女は注意を口にする。畑の事を忘れていないかと。

 女の言葉に少女は飛び上がる様に驚き、ワタワタと慌てながら畑の方に走って行った。

 真っ白に染まった世界にテンションが上がり過ぎて、畑の事を完全に忘れていた様だ。


「あ、じゃあ私なら雪を落とすのも簡単だし、おチビちゃんに付いて行きますね」


 走り去っていく少女の後を追いかける単眼。

 巨体に見合わぬ軽やかな走りで、少女に負けず劣らずな速度で追いかけて行く。

 歩幅の大きさも相まってかなりの早さだ。

 少女も単眼もすぐに畑に辿り着き、作物が殆ど雪に埋もれている事を視認する。


「あぁ、お嬢ちゃん、おはよう。畑なら大丈夫そうだよぉ」


 そしてそこでは庭師の老爺が畑の様子を見ていた。

 本を片手に雪に埋もれている作物を確認し、無事かどうかを確認している様だ。

 女は老爺が来ている事を知っていたが、知っていてあえて少女に注意を促したのだった。


 少女は老爺の下に駆け寄りぺこりと頭を下げる。

 そんな少女の頭に優しく手を置いて、楽しそうに老爺は口を開いた。


「良いんだよ。私も新しい事を勉強出来て楽しいからねぇ」


 これも今更な話だが、老爺は庭師であって農家ではない。

 少女には家庭菜園程度の事を教えたつもりだったので、老爺も詳しい知識は無いのだ。

 肉体労働では付いて行けない分、こうやって勉強しながら少女に教えている。

 老爺としては本当に孫と一緒に遊んでいるつもりで楽しいそうだ。


「雪に埋もれている分は大丈夫そうだけど、あれは落としておいた方が良いねぇ」


 老爺の示す先にはビニールハウスの上は雪が少し積もっており、潰れる程ではないがそのままにはしない方が良いだろう。

 早速雪を落とし始めようと思う少女だが、手が届かないので道具が要る。

 パタパタと脚立と柔らかいスコップを取りに行き、戻って来る頃には半分ぐらい終わっていた。

 単眼の大きさならスコップも脚立も要らず、手で叩き落とせるのだ。


「あ、おチビちゃんはあっちからお願いねー。私はこっちからやってるから」


 そう言って来た単眼の様子を、ぽかんと口を空けながら見つめる少女。

 どうかしたのかと単眼が首を傾げると、少女は自分の体を確認し出す。

 そうしてもう一度単眼の顏を呆然とした顔をで眺め始めた。


「ど、どうかした?」

「はっはっは。おそらく大きくて羨ましいんじゃないかな?」


 単眼の問いに老爺が答えると、勢い良くコクコクと頷く少女。

 普段から単眼が大きいからこそ出来る行動をいくつも見ていたが、自分がやらなければいけない事を手伝って貰った事で、尚の事羨ましく思った様だ。

 自分もこれぐらい大きくなりたいなぁ、と思っている少女ではあるが、単眼の体格は種族的な物なので難しいであろう。

 むしろ単眼は種族の中では大きくない方だったりする。大きいけど小さいのだ。


「私はおチビちゃんみたいに小さくて可愛い方が羨ましいけどなぁ・・・あ、そうだ。こうしたらどうかな」


 単眼は少し複雑そうな様子で少女に応えていたが、ふと何か思いついた様子を見せた。

 そして大きな手で少女を脇から抱え、ビニールハウスの上まで少女を持ち上げた。


「ほら、これで上まで届くよー」


 笑顔でそう言った単眼の言葉に嬉しそうに頷く少女。そして張り切って雪を下に落として行く。

 作業効率で考えれば明らかに無駄なのだが、そんな事は今の二人にはどうでも良い事だ。

 単眼は少女が楽しく作業が出来ていればそれで良いし、少女はいつもと違う視界での作業がとても楽しいのだから。


「あはは、仲が良いねぇ」


 老爺はよっこらせと最近畑に設置した椅子に腰を下ろし、その様子を楽し気に眺めている。

 当然そんな楽し気な様子を、羊角が撮っていないはずが無い。


「天使ちゃんってば、殊更小ささが映えて可愛いぃ。対比ってホントに魅力を引き立たせる要素よね。ああ、ずっとあのままでいて欲しい。あんな風に大きくなって欲しくないなぁ」


 何気に単眼に酷い事を言っているが、単眼には聞こえていないので助かった羊角であった。


「後でチクってやろ」


 彼女に聞こえていたのでやはり助からないのであった。

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