初体験のゲーム。
少女は目の前に広がる光景に気圧され、口を開けて呆けていた。
無理も無いだろう。少女にとっては初めて来る空間なのだから。
だだっ広い空間でありながら天井もとても高く、目の前は何かの機械がキラキラしていた。
店内で鳴る音もかなり大きく、何やらジャラジャラと硬貨が鳴る音も聞こえてくる。
少女はポカンと口を開けたまま、その光景を見て固まっているのだ。
「俺、ここ嫌って言ったんだけど」
「煩いですね、ここなら降りてから裏手に行けばビデオゲームコーナーがありますよ」
「古いシューティングとか置いてるかなぁ・・・」
「そこまでは面倒見切れません」
本日来た所は女の要望通り、なるべく清潔目の親子連れでも問題無い様なゲームセンターだ。
少なくとも酒を飲み、タバコを吸いながらゲームをしている様な人間は居ない。
純粋に家族連れで楽しむ様な大型遊戯場だ。
そしてこの遊戯場は地下に作られている形であり、少女は階段上から全体を眺めている。
おそらく放置していればそれだけで暫く楽しんでいる事だろう。
だが女が少女の手をとった事でハッと正気に戻り、その手を握り返す少女。
その様子を見てとりあえずは歩き出した二人の後ろを付いて行く男であった。
なお、本日は場所が場所なので女も私服である。
前回は外を歩く予定であったのと、あくまで当日は少女の御付という立場を明確にしていた。
だが今回は場所が遊戯場という閉じられた空間という事もあり、悪目立ちしない様にしている。
ただ少女は今回も帽子を被っている。
理由は角が目立つからなのだが、少女にとってはそんな事はどうでも良かった。
少女にとってこの帽子は「女が偶に被せてくれる特別な物」という認識である。
故に出発の時点からご機嫌で、車の中では座席に足をパフパフさせながらはしゃいでいた。
「こういうのはどうだ。今日は全部旦那様持ちだから何千万でも使って良いぞ」
「おい待てこら、クレーンでどうやって使うんだよ。カジノじゃねーんだよここは」
「最近はどっちもある場所も良くあるみたいですよ」
「・・・え、ちょ、ここ違うよな?」
女の言葉に不安になる男であったが、周囲に居る者達は基本的にラフな格好が多い。
例え賭け事があるとしても、一瞬で数千万が溶ける賭け事が出来る様な場ではない。
勿論ここが荒れている街であるならば別だが、小奇麗な店構えをしておきながら、入る客を見定めるルールが無いというのは考え難いだろう。
とはいえ少女にはそんな事は関係なく、言われるがままクレーンをやってみる事にした様だ。
店に入ってすぐに両替した金を女が入れると、静かだった機械からBGMが流れ始める。
それが中々に大音量だったため、少女は一瞬びくっとしてしまった。
これは大丈夫なのかと女と機械をきょろきょろと見比べ始めた少女に苦笑しつつ、女は良いから遊ぶ様にと促す。
とりあえず少女は隣に書いてある説明をフンフンと頷きながら読んで、いざ実行に移す。
だがガラス越しなせいか、それとも初めてなせいか、少女の動かしたアームはあらぬ所を掴んだ
そうして何も掴んでいないアームが戻って来て、景品口の上で大きく開いてまた閉じる。
少女はその様子を首を傾げながら見つめていた。
「やはり出来ないか。初めてだし仕方ないだろう」
「つーか、初めてで普通のクレーンって何気に難易度高いと思うぞ。ああいうスコップタイプの菓子を拾うゲームからやらせてやれよ」
「・・・一理ありますね。腹が立つので殴って良いですか」
「ふざけんな。理不尽すぎんだろ」
女は文句を言いながらも少女を簡単なゲームの方に連れて行く。
そちらは他の子供も遊んでいたので、少女もどうすれば良いのかすぐに解った様だ。
今度こそと気合を入れてお菓子を掬い、そこそこに掬ったお菓子が景品口手前に落とされる。
そうして最後にゆっくりと押し出され、いくつかの菓子が景品棚に落ちた。
だが少女はそこからどうしたら良いのか解らず再度周囲を見る。
すると子供達が下の開く空間に手を入れている事に気が付いて、少女も真似をして手を入れた。
そこには先程落ちて来た菓子があり、少女はその菓子をとても嬉しそうに女に掲げて見せる。
「解った解った。嬉しいのは解ったから」
ピョコピョコ飛び上がりながらお菓子を掲げる少女を、いつもの顔で見つめながら応える女。
当然本人はご機嫌この上ないのだが、周囲からすればはしゃぐ子供に苛つく保護者であろう。
勿論少女は女が怒っていない事など解っているので楽しげな様子は変わらない。
「つーか、この子は体動かすの好きなんだし、あっち系の方が楽しいんじゃないか?」
二人に声をかけながら男が指さした先には、体感型のゲームが複数置いてあるコーナーだった。
音ゲーやレースゲーム、ガンシューティング等の体を動かす物だ。
それを見た少女は、何だかよく解らないけど大きな機械がある事にテンションが上がっている。
「音ゲーが無難、か?」
「・・・こんな頭のこんがらがるゲームのどこが無難なんですか」
「いや、高難易度じゃなかったら楽しいだろ」
「それならガンシューティングの方が得意です」
「それはお前だろ。ほら嬢ちゃん、一回やってみるか?」
男に訊ねられ、少女は元気よくコクコクと頷く。
だが今回は根拠の無い自信による頷きではない。少女には確かな自信があるのだ。
何故なら家にあるゲーム機の中には、音ゲーのコントローラーがあるのだから。
そうして自信満々に曲を選ぶ少女だが、そこで少し首を傾げた。
曲が大半解らない。何だか自分が聞いた事が無い曲ばかり入っている。
良く見るとボタンが多い。おかしい、家にあった物はこんなに多くなかったはずだ。
そう少女が焦りを感じ始めていると、曲を選ぶ時間は無慈悲にもゼロになってしまう。
そうして始まるゲームに少女は精一杯頑張った。最後まで諦めなかった。
たが悲しいかな全く体が付いて行けていなかった。
それも当然、男が持っている物は古い筐体を模した物な上に小さいコントローラーなのだ。
更にゲームオーバーの文字を二度見た事で、少女は少し目が死んでいる。
二回目は難易度を下げて知っている曲を見つけたのだが、やはり世代が違う事でどうしようもなかった様だ。
そもそも少女は音ゲーが物凄く上手いという訳でもないので、致し方ないと言えば致し方ない。
「ど、どんまい」
「・・・どうしてくれるんですかこの空気」
「えー、これ俺のせい?」
「どう考えても貴方のせいでしょう」
少女はもう終わったゲームボタンを指でポチポチ押して沈んでいる。
珍しく本当に自信満々に臨んだのでショックから中々回復しない様だ。
「あ、あれやろう、あれ。あれなら何となくで出来るから」
「そうですね、あれなら出来るでしょう」
二人がそう言って少女を促した先には、レースゲームの巨大筐体が置いてある。
四台並んでいる筐体で、同時プレイもネット対戦も可能なタイプだ。
少女は首を傾げながら傍の説明書きを読み、同時プレイが出来る事が解ると女と男の袖を引く。
キラキラした瞳から伝えられる意思は、口にせずとも二人に伝わった様だ。
「俺この手のでかい筐体って、ほぼやった事無いから自信ないんだがな」
「私は偶に。後輩達と街に出た時にやりますね」
「あっ、ずりぃ!」
「訳の解らない言いがかりをつけないで下さい」
男と女は少女を挟むように座り、少女もワクワクしながら真ん中に座る。
ゲームを開始してレース前の設定をし、少女が解ってなさそうな所は女が横から手を出した。
男もよく解らずに訊ねたのだが「知りませんよ。良い大人なんですから自分でやって下さい」と言われ、いまいち解らないままに設定を終わらせる。
「ふむ、家の体感ゲーよりは少し操作感が難しいぐらいか?」
「じゃまです」
「あー! おまっ、いまっ、ぶつける必要無かっただろう!」
「邪魔でしたので」
レースが始まるといつも通りのプレイを始める二人。
だが始める前の言葉通り女はそこそこやっている様で、男は中々追い抜く事が出来ない様だ。
そして肝心の少女だが、結構後方を必死に走っている。
だが今回は元々初めてやるゲームに大型筐体、そして大型の画面ととても楽しんでいる様だ。
上手く真っ直ぐ走れず、カーブで外壁にタイヤを削り、偶にスピンをしていても楽しんでいる。
「くっそ、勝てねぇ!」
「ははは、ここまでおいでー」
「うっわムカつく、なんだその喋り方! あー、抜けねー!」
ギャーギャーと喚きながらレースをする三人組は、傍から見ればきっと仲の良い親子三人組に見える事だろう。
だが当人達はそんな事知った事ではない。最後まで真剣にレースをやっているのだ。
特に少女に関しては何処までも真剣である。
「っし!」
「あー、くそ、最後まで抜けなかった!」
明らかにヒートアップした女は勝利のガッツポーズをみせ、男は悔し気に膝を叩く。
少女は最下位では無いものの、かなり後方で終了した様だ。
それでもどうやら楽しかった様で、ニコニコしながら二人の様子を見ている。
「あー、うん、楽しかったな」
「少々熱くなってしまったな。下りれるか?」
男は少し照れ臭くなりながら筐体から降りて、女は自分が降りてから少女を降ろした。
そうして次は何をするのかと、ワクワクした様子で少女は男と女の袖を握ってる。
男は「これはもう今日は遊べないな」と諦め、一日少女に付き合う事に決めた。
「あー、じゃあ次は、あのセンサー付きのガンシューティングでもやるか」
「任せなさい」
「・・・何でお前の方がやる気満々なんだよ」
「さあ行きますよ・・・!」
「・・・いや、だからさぁ」
女は我先にと筐体に向かい、男は少女と手を繋いで後からゆっくりと向かう。
男は二丁あるうちの片方を少女に渡し、女はガチャガチャと調子を確かめている。
少女も受け取った銃をカチカチと確かめて、画面の方に銃口を向ける。
「これは避ければ当たらないタイプだ。お前なら躱せる」
女は筐体に二人分の金を入れてゲームを開始する。そこからは圧巻の一言であった。
女は一撃必殺で全てを打ち抜き、少女は外すものの一撃も当たらずに進んでいく。
どれだけの敵が来ようがどれだけの銃弾が降ってこようが、体感ゲームで表現される範囲であればこの二人には止まっている様なものであった。
音ゲーでも出来そうなものだが、それとこれとは別なのである。
実際少女の動きは速いのだが、美麗な動きとは言い難いワタワタした動きだ。
だがそれでも順調に進んでいき、ワンコインクリアをしてしまうのだった。
「温い。躱せる仕様だとここまで簡単とは」
「お前らの動きが良すぎるんだよ・・・」
女が若干消化不良だという様子を見せているが、少女は汗だくでやり切った感いっぱいの様だ。
ちょっと休憩にした方が良いと判断し、休憩所に移動する事にした。
少女は手渡されたお茶を飲んで息を吐き、ゆっくりとクールダウンを始める。
男と女は少女から目を離さない様に両側に立っており、その姿はどう見ても親子であった。
そして楽しい時間も終わり、帰りの時が来る。
「ぐっすり寝てんな」
「楽しかったのでしょう」
「コインタワー崩した時のはしゃぎようがまたなぁ」
「その後の大量のコインをどうすれば良いのかと困った顔も可愛かったですね」
少女はその後も大いに遊んだ。男と女に連れられて片っ端から遊び倒した。
結果、今は後部座席でぐっすりと寝ている。どうやら体力の限り遊んでしまった様だ。
女は少女の体が痛くないように、自身も後ろに座ってクッションを支えている。
こんな事も有ろうかとクッションとブランケットを持って来ていた女であった。
「旦那様も大分はしゃいでましたけどね」
「今日のお前には言われたくねーわ」
二人は軽口を叩き合いながらも、何とも言えない楽しさがあった事を認め合う。
その理由となった少女は、満足げに寝息を立てるのであった。
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