注意力散漫。
最近の少女は男の飼い犬の散歩も日課になっている。
とは言っても犬は相変わらず利口で、リードを握る少女をいつも気遣う様に歩いていた。
犬が付き合ってあげているのかどちらなのかという様相は変わっていない。
ただ今日は様子が違って犬が少しはしゃいでおり、少女もつられて楽しそうに駆け回っている。
普段より少し遠出をした事でどうやらテンションが上がってしまったらしく、そのテンションに少女も付いて行けてしまうが故だろう。
大型犬の速度に付いて行ける少女の脚力のせいで、犬も余計に楽しくなっているのだ。
「角っ子ちゃん、あんまり走り回ったらこけるよー」
当然だが保護者も付いて来ている。
彼女は楽しそうに犬の横を走る少女を微笑ましく思いながらも、こけない様に声をかけておく。
少女は彼女の言葉に手をブンブンと振って応えるが、その直後に盛大にこけてしまった。
「ああ、言わんこっちゃない。あの子何処かおっちょこちょいなんだよなぁ」
少女は基本的には真面目で勤勉であり、素直な良い子なのでやるべき事はきちんとやれる。
だが気合いが入り過ぎる余り周囲が見えずにポカをやらかす事が多々あった。
少女の面倒をよく見ている彼女はそれが解っているが故に声をかけたのだが、逆に意識を取られて転んでしまった様だ。
少女はこける際、犬が巻き添えを食わない様にリードから手を放していた。
その手を地面に付きはしたのだが、勢いが強過ぎた為に止まれずゴロゴロと転がっていく。
暫く転がりつつもなんとか止まる事が出来たのだが、目が回って立ち上がれずにいた。
犬は焦った様子で少女を追いかけ、目を回した様子の少女を心配する様に舐める。
だが少女は笑顔で犬の頭を撫で、大丈夫だという意思表示を見せた。
実際少女に大きな怪我は無く、目が回っただけで問題は無い様に見える。
彼女も少女の頑丈さを理解しているので余り焦っていなかったのだ。
「角っ子ちゃん、どこか痛いところとかない?」
犬に少し遅れて少女の下へ来た彼女も念の為に問うが、おそらく大丈夫だろうと思っている。
以前テーブルに突っ込んで粉砕した時ですら、少女はまったくの無傷だった。
それを考えれば少しこけた程度で大怪我をするとは思えない。
ただ擦り傷などは有るかもしれないので、念の為少女に訊ねた様だ。
少女は彼女の言葉に反応すると目を回しながらも起き上がり、体の状態を確かめる。
すると掌を少し擦りむいていたようで、それを彼女に見せた。
速度が速度だったせいか、手を付いた時の衝撃は流石の少女にも厳しかったようだ。
そしてそこでやっと痛みを認識し始めたらしく、少女はちょっとだけ涙目になっている。
「あーあ、痛そう。とりあえずワンコ用のお水で悪いけど洗い流そうか」
彼女は手慣れた様子で応急処置をして、放置されていた犬のリードを手に持つ。
その間もずっと犬は少女の横で心配そうにしていた。本当に利口な犬である。
少女はリードに手を伸ばそうとしたが、擦り傷だらけの手では痛いだけなので持たせなかった。
そのせいで眉を八の字にしながら、トボトボと彼女の後ろを付いて行く少女。
ジンジンと痛む掌が自分の失敗を叱っている様に感じ、尚の事へこんでいる様だ。
彼女はそんな少女の様子に苦笑し、頭を撫でて口を開く。
「人間誰でも失敗はあるよ。あたしだってまだまだヘマだらけだもん。だからさ、失敗したら次はしない様に気を付ければ良いんだって。角っ子ちゃんはまだまだ子供なんだしね」
優しく諭すように語る彼女の言葉に、少し考える様子を見せてからコクコクと頷く少女。
そして気合いを入れる様にぐっと両手を握り、痛かったのか手を開いて悲しそうな顔になった。
擦り傷の存在をもう忘れていた様だ。
彼女にはそんな少女の様子がとても可愛くて、思わず笑い声をあげてしまう。
「あははっ、ほんっと角っ子ちゃんは可愛いねぇ」
彼女は楽しそうに少女の頭をぐりぐりと撫でる。
少女は何故そんなに楽しそうなのかと首を傾げたが、彼女が楽しそうなら良いかと笑顔で返す。
その素直な愛らしさが好まれる理由ではあるが、屋敷の住人達が優しいが故に少女も優しく育っているのだろう。
「そいじゃま、今日はもう帰ろうね」
彼女の言葉に少女はコクコクと頷き、素直に彼女の横を歩く。
ぴょこぴょこと横を付いて来る少女を見る彼女は「いつまでもこのまま可愛らしく有って欲しいな」などと考えていた。
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