写真撮影。

「キャー、可愛いー!」


 室内にとある人物の声が響く。

 頭に羊のような角を持つ使用人の、誰が聞いても興奮していると解る声が。

 羊角の視線の先には少女がいる。いつもの様なふんわりした服でも、使用人服でもない。

 いわゆるアニメのコスプレの様な服を着させられていた。


 少女はそもそも良く解らないままに着せられているので、只々首を傾げるだけであった。

 事の次第は単純明快で、羊角が少女に着て欲しい衣服が有ると伝え、少女が特に何も聞かずに頷いた。

 只それだけである。


「ね、ねえ、写真撮っていい?」


 興奮している羊角の言葉にコクコクと頷く少女。ただ単に勢いに負けて頷いているだけである。

 若干引き気味の少女の事など一切気にせず、高そうなカメラで様々な角度の写真を撮り始める羊角。

 普段と違うその様に、少女は困惑の色を隠せない。


 羊角は普段は穏やかで優しい女性であった。

 物静かで、ニコニコしながら少女のフォローをするような人間であった。

 故に少女も、彼女の静かな優しさに何度も助けられている。

 だからこそお願いをされた時、何も考えず頷いてしまったのだが。


「いいわ!いいわ!可愛いわぁ!やっぱりとっても似合ってる!」


 興奮しながら少女を褒め、何度もシャッターを切るその姿に、少女はもはや考えるのを放棄した。

 とりあえず良く解らないこの状況が終わるまで大人しくしていようと。


 そして暫く少女を撮り終わると、羊角はさらなる衣装を取り出す。

 少女は言われるがままに羊角の出す衣服に袖を通し、時々指示されるままにポーズをとる。

 時々微妙にきわどいポーズ等もあったのだが、少女は全く気がつかない。

 言われるがままに、羊角の望む格好でカメラに向かう。


「はぁ~・・・ずっと前からやって欲しかったのよね・・・鼻血がでそうだわぁ」


 羊角は恍惚な表情でそう言いながら、シャッターを更に切っていく。

 流石の少女もその様子には困惑を隠せない。

 でも普段良くしてくれてる人が楽しそうだと思うと、別に良いのかなという結論に至った。

 相変わらずの素直な少女である。


「じゃ、じゃあ、次は、これ良いかな?」


 羊角は興奮そのままに、次の衣服を手に取った。

 だがしかし、その手にある物は衣服と呼べる物では無い。

 いや、ある意味では衣服なのだろうが、それは一般には水着と呼ばれるものだ。

 それもビキニの水着を差し出してきた。


 もしここに男か女が居れば羊角の気持ち悪さに嫌悪の顔をして、一発殴って止めるだろう。

 だがしかし、今ここにこの暴挙を止める者は誰も居ない。

 何より少女は脱ぐ事に特に恥じらいを持っていない。ビキニ程度何という事もない。


 少女自身もそれの存在は知っている。

 そして水の中を泳ぐ為の物だと知っているが、何故こんなものを付けるのか疑問に思っている。

 別に服を脱げばいいだけじゃないのかと少女が思っているのは、まだ少女が幼いが故だろう。

 いや、少女の無知故というのが正しいかもしれない。


 なので少女は気にせず服を脱ぎ、下着に手をかけようとする。

 下着越しに着る物では無いと、少女も知識では知っている。

 そしてその下着がとられる様を、羊角はカメラを構えてスタンバイしていた。

 完全に犯罪である。


「ねー、この間の本なんだけど、あんたに貸しっぱな――――」


 そしてそこに、ノック無しで入ってくる乱入者はその光景を見て言葉に詰まった。

 使用人の彼女が珍しく真顔で固まっている。

 そして真顔のまま、カメラを抱えた体勢で脂汗を流している羊角に近づく。


「・・・何してんの、あんた」


 彼女の言葉は、絶対零度と言っていい冷たさを放っていた。

 以前彼女も少々行き過ぎたいたずらはしたものの、少女自身に危害を加えるつもりは無かった。

 そもそも主人の人間性を知っているので、滅多な事にならないだろうと解ってのいたずらでもあった。

 故に彼女はこの状況に怒りを覚えている。何も知らない可愛い子に一体何をしているのかと。


「さ、撮影会?」


 そして羊角も、けして悪い人間では無い。元々は常識的な人間であり、優しい人間だ。

 ただあまりにも少女が素直に言う事を聞いてくれるので、調子に乗ってしまった。

 それが解っているからこそ、脂汗をだらだらと流しながら答えている。


「なんで角っこちゃん、脱いでんの」

「い、今から着替えをね?」

「下着まで脱ぐ必要が有んの? それもその最中にカメラ構えてる必要が」

「あ、いや、その」


 怒りを隠さない彼女と、それにびくびくしながら答える羊角。

 そんな二人を見て、少女はオロオロと狼狽える。

 二人は普段仲良く仕事をしているのを知っているだけに、余計にパニックになっている。


 だが少女は喧嘩の理由は自分の行動の結果なのだと判断し、怯えながらも彼女の手を引いた。

 羊角の頼みを素直に聞いたのは自分だと。だから別に彼女だけが悪いのでは無いのだと。

 彼女の手を握りながら、涙目の上目遣いでそう訴えた。


「・・・はぁ~~」


 そんな少女を見て、彼女は深くため息を吐いた。

 そして先程までの無表情と怒りの気配を消し、羊角に向き直る。


「あんたさぁ、こんな子にあんな事やって、罪悪感湧かないの?」

「今、ものすごく、湧きました」

「ったく、今回の事は黙っててあげるから、ちゃんと謝ってフォローしときなよ」

「うん、ごめん」


 二人の会話に、少女はほっと安堵の息を吐く。

 実際の所、彼女は羊角への怒りを完全におさめたわけではないが、少女の為にも止めておいた。

 ここで羊角に怒るの事は、少女が可哀そうだと判断した結果だ。


「あたしにじゃないでしょ」


 だが彼女は羊角の謝罪に、また少しだけ怒りを見せた。

 謝る相手が違うと。

 羊角もその意味をすぐに理解し、少女に向き直る。


「ご、ごめんね、調子に乗って」


 羊角は膝をつき、少女の手を握って謝る。

 だが実は、少女は謝られる理由がまだよく解っていない。

 なので特に思う事もなく、笑顔でコクリと頷いた。


「天使・・・! 天使よこの子!」

「うるさい」


 笑顔で応えた少女に、感極まった様な恍惚な表情で彼女に言う羊角だったが、それは彼女の手刀で黙らされた。

 だが結局、後日この事は女の知る事となった。

 理由は単純、羊角が「天使・・・」と言いながら写真を見ている所を女に見つかったからだ。

 羊角がその日どうなったかは、本人と女のみが知る事である。

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