誤解の解消2

「なるほど……そんな感じなんですね」


聞いた話によれば、鬼塚は聖先輩と同じクラスで、

暴力的なのもあって周りに怖れられているらしい。


先輩が委員長として面倒は看ているものの、

手を焼いているとのこと。


そして、悪い繋がりがあると噂されているものの、

普段は一匹狼だ――と。


『少なくとも人前では一匹狼』という話を聞く限り、

他のABYSSと接触してないんだろうか。


横の連携が薄いのであれば、

僕の正体がまだ共有されていない可能性もある。


というか、

そうであってくれるとありがたい。


「ああそれと、学園に不審者が出入りしている件で、

今日から生徒会で見回りをするみたいですよ」


「後でメールが行くと思いますけど、四時半集合なので、

晶くんも忘れずに来てくださいねー」


「はい、分かりました」


……そろそろ時間か。


あんまり先輩を引き止めるのも悪いし、

とりあえずはこれでお終いにしよう。


「すいません先輩、

お時間取らせてしまって」


「いえいえ、気にしないで下さい。

それより、おトイレのほうは大丈夫ですか?」


「あ、そういえば忘れてました」


「でも、これだけ時間が経ってたら、

二年のほうのトイレも空いてそうですね……」


「ふふ、お漏らししないように、

急いでトイレに行って下さいね」



それじゃあ放課後に――と、

笑顔の先輩に見送られながら三階を後にする。


「……あれって、

前の副会長さんだよね?」


「だね。爽は会ったことなかったっけ?

生徒会の予算会議とかで」


「あー、サボってたから分かんない。

でも、名前と顔くらいは知ってるよ。綺麗な人だし」


知るに至るルートを聞くと、

さすが爽と言わざるを得ない。


でも、その爽のおかげで、

鬼塚があの夜のABYSSだってことが分かった。


とりあえず一人目。


黒塚さんが候補から外れたから、

残るは四人か――





「……ん?」


四時限目の授業中――


今後の対応について色々と頭を悩ませていたら、

視界の端で何かが動いた。


目で追うと、そこには、

うちのクラスの前を悠々と歩いて行く黒塚さんの姿。


……いや、今って授業中なんだけれど、

そんな堂々と歩いていていいのか?


というか、わざわざ授業をサボってまで、

一体どこに行くつもりなんだろう?





図書室に入るなり、

黒塚さんの驚いた顔が出迎えてきた。


「こんにちは、黒塚さん」


けれど、それも一瞬だけ。


黒塚さんはすぐにいつもの澄まし顔に戻ると、

手に持っていた本をぱたりと閉じて、咳払いをした。


「まだ、授業中なんだけど?」


「いや、黒塚さんだってそうでしょ?

何かあるのかなと思って出て来たんだ」


授業をサボるのは、

これで昨日に引き続き二回目。


まあ、一度やってしまったら、

何度やっても同じだと割り切ってしまうしかない。


「授業をサボってまでここに来たっていうことは、

何か理由があるんだよね?」


「べ、別にないわよ……」


視線を逸らし目を伏せる黒塚さん。


その仕草で、

隠し事をしているのは一発で分かった。


となると、

やっぱりABYSSのことか?


黒塚さんがいつも図書室にいるのは、

ここを拠点に何かしてるからか?


「……黒塚さん、隠さずに教えて欲しいんだ。

黒塚さんがここで何をしようとしていたか」


「何って……

別に、あなたに関係ないでしょう?」


「いや、そこを何とか。

どうしても知りたいんだ」


「何でそんなに必死なのよっ?」


「僕のためでもあるし、

黒塚さんのためにもなると思うからだよ」


「あなたと、私のため……?」


困惑の色の見える黒塚さんに、

もちろん、と頷きを返す。


「黒塚さんが、僕の知らないことを

一杯知ってるっていうことは分かるよ」


「でも、僕だって、

黒塚さんの知らないことを一杯知ってるんだ」


「二人で教え合えば、

きっと難しい問題でも解決できると思う」


「あなたが……教えてくれるの? 私に?」


「うん。だから、黒塚さんも教えて欲しい。

どうして授業をサボってここに来たのかを」


ここで、ABYSSに対して

何をしようと思っていたのかを。


「……笑わないでよ?」


「いやいや、黒塚さんも真剣なんでしょ?

どこにも笑う要素なんてないから」


「絶対よ! 絶対だからね!」


深呼吸をする黒塚さん。


口にするだけで気合いが必要だなんて、

一体どんな重要な事柄なんだろうか――


「実は、この学園の授業なんだけど……」


「この学園の授業がどうかしたの?」


「何を言ってるのか、

全然分からないの……!」


……んん?


「それで、授業がつまらないから、

抜け出したんだけど……」


「……はい?」


意味が分からなくて聞き返すと、

黒塚さんは真っ赤な顔でぷるぷると震え出した。


「『はい?』って何よ、『はい?』って!

あなたが言えって言ったんでしょう!?」


「え? あ、はい!

ごめんなさい!」


「何で謝るの!?」


「いやだって、

黒塚さんが涙目になってるから……」


「な、泣いてないわよ!」


目元を慌ててごしごしと擦る黒塚さん。


その姿が凄く必死で、

何だかとっても申し訳ない気持ちになってきた。


「いや、ホントごめん。

てっきりABYSSのことだと思って……」


「だから謝らないでって言ってるでしょ!?

私がバカみたいじゃない!」


「あ、うん。ごめ――」


んなさいと言いかけたところで、

黒塚さんに思い切り睨まれて、どうにか踏み止まった。


っていうか黒塚さん、

勉強が苦手だったんだな……。


いつもクールな感じだから、

頭も凄く良さそうに見えてたのに。


「あー……もし必要なら、

僕が勉強教えようか?」


「いいわよ、別に今さらっ。

私は別に勉強なんて必要ないんだし」


「例えテストがあっても、

プレイヤーは自動的に赤点回避してもらえるし!」


「っていうか勉強って、

社会に出てから何の役にも立たないしっ!」


「う、うん……そうかもね」


ぶちぶちと何かを呟きながら、

黒塚さんがあからさまに眉間に皺を作る。


やばい、これ明らかに地雷だ。

これ以上は触れないようにしておこう……。


「……だいたい、どうして笹山くんが

私を追ってくるわけ?」


「いやまあ、ABYSSに関係あると

思ったからだけれど……」


「手出しはしないでって言ったはずよね?」


「それは言われたけれど、

僕は黒塚さんに協力したいんだ」


直球でこちらの要望をぶつけると、

黒塚さんは目を丸くした。


ただ、意外と可愛い

その表情を見られたのは一瞬だけ。


授業終了のチャイムと共に、彼女の顔は、

すぐに呆れたものに変じてしまった。


そして、チャイムが鳴り終わるのを待ってから、

ゆっくりと深い溜め息をついた。


「冗談なら他の人に言ってくれない?」


「いや、冗談じゃなくて本気だよ」


「昨日も言った通り、

僕はABYSSに襲われて、顔を見られてるんだ」


「黒塚さんに協力してもらえないと苦しい状況なのに、

冗談なんか言うわけないでしょ?」


「……それは分かった。

でもダメよ」


「どうして? 黒塚さんだって、

人手が多いほうが絶対に有利なはずでしょ?」


「言ったでしょ。

ダメだからダメなの」


ぐっ……

ダメだからダメ、ときたか。


……そういえば、昨日の夜も、

誰とも手を組む気がないって言ってたな。


論理で通せないとなると、

正直、打つ手がない。


「……一応聞くけれど、僕をまだABYSSだと

思ってたりするわけじゃないんだよね?」


「それはないわ。ただ、敢えて言うなら、

私はあなたの力を信用していないの」


「こっちとしては、

目の前で死なれてもいい迷惑だからってところね」


「いや、それは……」


昨日見せたのが本当の力じゃない――


そう言いたかったけれど、幾ら口で言ったところで、

黒塚さんには響かないだろう。


「……多少は黒塚さんとも

渡り合えたと思ってるんだけれど」


せめてもの抵抗で、

昨日の実績をアピールしてみる。


「は?」


一文字で一蹴された。ひどい。


「何よ、正当な評価でしょ?」


「確かにあなたの身体能力は、

普通の人よりずっと高いわ。それは認めてあげる」


「でも、その程度じゃまるで力不足なの。

ABYSSとやりあうには全然足りないわ」


……確かに、昨夜程度の力じゃ、

そう判断されても仕方ないか。


「それにね、前に一度、

一般人に協力してもらったことがあるのよ」


「……その時、何かあったの?」


「ABYSSがちょっと脅したら、

あっさり裏切ってくれたわ」


だから変な信用はしないの――と、

黒塚さんは付け足した。


……なるほど。


幾ら利を説いても納得してくれないのは、

それなりの経験があったからか。


けれど、黒塚さんにどんな事情があったところで、

僕としては何としてでも協力を取り付けたい。


ABYSSの情報を得る一番の近道は、

黒塚さんなんだから。


ただ、どうすれば

黒塚さんに納得してもらえるのか――


そう思っていたところで、

ぱたんという軽い音に、思考を現実に引き戻された。


見れば、黒塚さんが

広げていた本を閉じたところだった。


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