続・abyss調査1








「……お兄ちゃん、もしかして体調悪い?」


「えっ?」


「だって、いつもより顔色悪いし、

ちょっとだるそうだし……」


「あー……まあ、ちょっとね」


実のところ、昨日一昨日と動いていたぶんの疲労が、

今朝になって一気に来ていた。


でも、上手く隠せていたつもりだったのに、

まさか琴子に気付かれるとは。


「風邪? 大丈夫?」


「まあ、大丈夫だよ。

ちょっとだるいだけだし」


「でも、ちゃんとお薬飲んでおいたほうがいいよ?

酷くなってからだと大変だし」


「最近お兄ちゃん、

無理してるみたいだから」


「……いや、そんなことないよ。

いつもより気持ち忙しいくらいかな」


「でも、気付かないだけで疲れてるかもしれないし、

忙しいのは分かるけど休んだほうがいいんじゃない?」


「いや……大丈夫。

ごめんね、変に心配させちゃって」


「あ、別に責めてるわけじゃないよ!

琴子、全然怒ってないもん」


「聖先輩も、お兄ちゃんが次のエースって言ってたし、

生徒会のお仕事が忙しいんだと思うし」


「でも……琴子はやっぱり、

あんまり無理しないで欲しいなって」


「お兄ちゃんは、

みんなのお兄ちゃんかもしれないけど……」


「琴子にとっては、みんなのじゃなくて、

琴子のお兄ちゃんだから」


琴子……。


「生徒会のお仕事だったら、琴子も手伝うよ。

だから、お兄ちゃんも無理しないで。ね?」


……僕が思ってるよりもずっと、

琴子は僕を見てるんだな。


それと、気付かないうちに成長してる。


甘えてくるばっかりだと思ってたのに、

今はちゃんと支えようとしてくれて……。


ABYSSの件で頼ることはできないけれど、

その気持ちは凄くありがたい。


「……分かった。無理しないように気を付けるよ。

ありがとうね、琴子」


頭を下げてお礼を言うと、

琴子は花が咲くような顔を見せてくれた。


……この笑顔を、

萎ませないようにしないとな。





「あー、やっと来やがったコンチクショー!」


学園に着くと、

爽が校門の前で大きく手を振っていた。


「……何で爽が僕を待ってるの?

何か約束とかしてたっけ?」


しかも温子さんまで……

一体どうしたんだ?


「実はあたしたち、

琴子ちゃんを見に来たんだよねー」


「琴子を見に来たって、何で?」


「可愛いから」


うん、聞いた僕がばかだった。


爽ってそういう――



……ああ。これは、あれか。

また見られてるのか。


「ん? どしたの晶?」


「ああ、いや……」


……みんないるし、

このまま気付かないふりをしていたほうがいいな。


「随分、暇なんだなぁと思っただけ。

しかも温子さんまでいるなんて」


「いやー、ハハハ。……ねぇ?」


いや、僕に謎の同意を求められても。


「というわけで、

ガッツリ拝ませてもらいまっせ琴子ちゃん!」


「わわわっ……」


「あーんもう、かわいいー!

そうやってすぐ隠れちゃうところとかマジやばい!」


「ねぇ琴子ちゃん、おじさんとにゃんにゃんしない?

何でも買ってあげるよ?」


「どこのエロ親父だお前は」



「いったーい!」


「!?」


「――あ、驚かせてすまないね、琴子ちゃん」


「怪しく見えるかもしれないが、

実はそんなに怪しくないから安心してくれ」


「は、はい……」


「私は晶くんのクラスメイトの朝霧温子だよ。

こっちのこれが……うん、まあ、爽だ」


爽は凄い紹介だな……。


「私は吹奏楽部の部長だから、

予算委員会で会った時はよろしくね」


「あと、あの生徒会長の下で大変だと思うけれど、

困ったことがあったら何でも相談してくれていいから」


「あー、なに温ちゃん点数稼ぎしてんのさー!

さては温ちゃんも琴子ちゃんを狙って……!?」



「いったーい!」


「これの言うことは、

理解できることだけ聞いてればいいからね」


「あと、こういう風に邪魔してくる人間がいたら、

遠慮なく私に言ってくれ」


「≪自主規制≫とか≪自主規制≫とかして、

在学中は二度と関われないようにしてあげるから」


にんまり笑顔を浮かべる温子さん。


それに、琴子は引きつった顔でこくこくと頷き、

僕の背中のほうへと身を隠した。


「おや、人見知りさんなのかな?

可愛らしい妹さんだね晶くん。ははは」


「ははは……」


人見知りしてるっていうよりは、

温子さんに怯えてるんだと思います……。


「あーもー、温ちゃんばっかり喋って

ずーるーいー!」


「まともなことを喋るようになってから言え」


「じゃあ琴子ちゃん、

あたしと保健体育の勉強でも……」



「いったーい!」


「はぁ……同じ妹なのに、

爽と琴子ちゃんでここまで違うのか……」


「……あれ? お二人とも、

お兄ちゃんのクラスメイトじゃないんですか?」


「そうだよ。双子だからね」


「えぇー!?」


「ああ……そういう反応になるよね」


僕も爽に聞くまでは、

双子だなんて全然思わなかったし。


「……昔は結構似ていたんだけれどね」


「ま、お互い好き勝手にやってたら、

こんなになっちゃったって感じだよね」


前にも聞いたことはあるけれど……

温子さんと爽が似てた、か。


爽が温子さんみたいに真面目な感じだったのか、

それとも逆に温子さんがはっちゃけてたのか。


……どっちもあんまり想像がつかないなぁ。


「ま、あたしたちなんかどーでもいいの!

それより琴子ちゃん! 琴子ちゃん!」



「あー……また今度にしない?

校門前で長話するのって抵抗あるんだけれど」


「ダメ。せっかくの機会だし、

笹山家の謎を根掘り葉掘り聞いてくんだから」


「……妹さんがあんなこと言ってますよ。

何か言ってやって下さいよ温子さん」


「いやー、ハハハ」


いや、ハハハって。


「で、琴子ちゃん。晶って普段どんな感じ?

休みの日とかは何やってんの?」


「え? えっと、休みは……

ゲームとかお買い物とかだよね?」


「そうだね。家事全般と……

後は見たい映画とかがあれば出かける感じ」


「うわー、何それ?

ウチはそういうの全然したことないんだけど?」


「兄弟なんだし、すればいいんじゃないの?

それぞれ好きなことに付き合ってもらう感じで」


「爽の好きなこと……?」


「温ちゃんの好きなこと……?」


それぞれ眉間に深い皺を刻みながら、

お互いの顔を見やる朝霧シスターズ。


二人の間に、

深い渓谷が見えるのは気のせいだろうか……。


「ま……まあ、アレだね!

兄妹で同じことを楽しめるのはいいことだ!」


「異性の兄妹なのがいいのかもね」


あー、それはあるかもしれない。


もし、琴子が弟だったりしたら、

今ほど懐いてくれなかったと思うし。


「……でも、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなかったら、

こんなに楽しくなかったと思うよ?」


「お兄ちゃんが琴子にいつも良くしてくれるから、

琴子は何にも気にしなくていいんだし」


「へー、晶っていいお兄ちゃんしてるんだ」


「うーん……どうなんだろう?

自分では頑張ってるつもりだけれど」


「お兄ちゃんはいいお兄ちゃんだよ。

私、普段からありがとうって思ってるもん」


「そ、そう?

ならいいんだけれど」


身内に面と向かって褒められるのって、

結構恥ずかしいな……。


「ふーん……琴子ちゃんは、

本当にお兄さんのことが好きなんだね」


「……!」


「えっ」


「こ、琴子ちゃん……?」


真っ赤な顔のまま俯く琴子。


いや、俯くっていうかこれ、

爽の質問に頷いたのか?


だとしても、

何でそんな真っ赤な顔して……。


いたっ!」


とか思ってたら、

いきなり後頭部を引っぱたかれた。


「何すんのさ爽!?」


「いや、何となく殴っておきたくなって」


「何となくって……」


妹さんがこんなこと言ってますよ温子さん?


「ダメだぞ~爽。何となくじゃ」


「殴る理由がダメなの!?」


行為自体じゃなくて?

叱るところ違うでしょそれ!


そんな文句を言おうにも、

二人の興味はもう既に琴子のほうへと移っていたり。


「はぁ……」


溜め息と共に右手で顔を覆う。


今日は大人しくしてようとか思っていた矢先に、

朝から何か疲労イベントが勃発した気分。


体調が微妙に悪化したような気がするのは、

気のせいじゃないのかもしれない。


でも――


「……みんな元気だなぁ」


まあ、悪い気分じゃなかった。


質問のたびにくるくると顔色を変える琴子。


琴子の周りを賑やかしながら忙しなく動き回る爽。


その外から、

突っ込みと聞き役をバランスよくこなす温子さん。


琴子とは初めて絡むはずなのに、

何だかこう、かちりとはまっている感覚がある。


きっと、さっき僕が混じっていた時も、

こんな感じだったんだろう。


これを守りたいなぁと、改めて思う。


いつまでも、この時間が続けばいいのに――と。



ただ、一つだけ。


屋上からずっと向けられていた、

誰かさんの射抜くような視線を除いてだけれど。





「お。来た来た」


一時限目の休み時間――


遅刻して教室に入ってきた龍一を、

手を上げて呼び寄せた。


「お、何や?

俺を待っとってくれたんか?」


「うん。ちょっと龍一にお願いしたいことがあって。

鬼塚先輩のクラスが何組か教えてくれない?」


「鬼塚ぁ? んなもん聞いてどーすんねん?

カチコミする言うなら、教えられへんぞ」


「しないしない。生徒会でその人の話が出てさ、

実際に確認しておきたいと思っただけだよ」


「そんなん、別に確認せんでもえーやん。

身長タッパあるヤツに気を付けるだけやし」


「僕だけならそれでいいんだけれど、

妹もこの学園にいるんだよね」


「ああ……そういえば、

爽がそんなこと言うとったな……」


「やっぱり、妹に何かあったら怖いからさ。

事前に情報収集できたらいいなって」


「外見の特徴だけ押さえてれば、

妹にも注意を共有できるんだけれど……」


「んー、妹か……」


「どうにかならない?」


「……遠くから見るだけやぞ?」


「それはもちろん。

僕だってトラブルは勘弁だしね」


「よっしゃ。

そんなら、次の休み時間に行こか」


「え、龍一も来てくれるの?」


「ま、晶一人で行かして、

ボッコボコになって帰ってこられても困るしな」


鬼塚を探すことも覚悟していただけに、

龍一の同行は凄くありがたい。


これなら、

鬼塚の顔は簡単に確認できそうだな。

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