夢幻機人

有坂有花子

第1話

 十年前、一度王都は消滅しているのだ。


医師センセイ(人名)はおかしい』



 鈍い鉄の輝き。汗が滝のように流れ出す暑さの中。地上に垂直に降りそそぐ太陽の光には容赦がない。乾いた土からもどことなく蒸気が上がってきて、蒸されているような気分になる。

「暑い」

 精神も体もぐったりしてしまう。いるだけで体力を奪われていくような暑さだ。

 華奢な体に合わず、少女はこれでもかと言うほどの重装備。顔に滲み出した汗をたびたび拭う。

 隣にいた青年は不思議そうに少女の動作を眺めていた。青年も少女と同じ、重装備。ただしこちらは体格相応の重装備といったところだ。

「あいかわらずだね。俺は暑くも何ともないけど」

 青年の体、顔からは汗の玉ひとつ見られない。

シャクがおかしいだけだ」

 ほこりっぽい茶色の地面に草木は生えていない。まれにみる長い日照り続きで枯れてしまって、くずれて土煙と化した。

 二人の目の前には、巨大な分厚い鉄でできた壁。見る限り左右にずっと続いている。身長の五倍ほどもあるそれの上には、武装した男兵士達がまばらに見える。

 王都の砦だった。都を囲んで円は続く。切れ目はない。出入りするには正面入り口の兵士に断りをとる。

 青年、シャクは目を凝らして砦を観察していた。

「いけそう?」

「うん。まあ、いつ行っても同じだけど」

 少女は今一度、砦を見据えた。

「行くか」


 気だるい暑さの中、正直をいうと、兵士達はうだっていた。しかし、ぼうっと歪む地面を見ていて、人影を二つ発見した時には、すぐさま何か叫びはじめていた。

「うるさいな」

 少女はうっとうしそうに目を細めながら、そのまま砦へ向かって前進していく。

「街に入れるなーッ」

 下に聞こえるほどの声で、砦の上野兵士達は騒ぎながら爆弾やら銃やらを持ち出してきた。

戦闘ゲームの始まりだ」

 杓は楽しそうに言いながら少女を追い越して砦へ走っていった。

「あっ先に行くな! ずるい!」

 少女も杓を追いかけ、走り出す。土煙が軽く舞い上がる。

 すでに砦の上は厳重警戒態勢だ。正面入り口の方にも数十名の兵士が集まり始める。これからまだ増えるのだろう。

「撃て――!!」

 誰かの叫び声と共にけたたましいほどの銃声が飛び交った。銃弾は一斉に杓に向かう。杓は素早く左肩から手にかけての防具を突き出すと、そのまま走った。金属音がたびたび響いて、はじかれた弾が転がる。二つ三つはじいた弾をそのまま受け取って、実に楽しそうに叫んだ。

「受け取れよ!!」

 風を切る鋭い音と共に、銃弾は砦の上へ向けてとんだ。

「上は構うな! やるんだったら下をやれ」

 少女は防具でかばいつつ、杓に追いついて命令した。

 砦の上の兵士数名は血染めになって倒れた。だがそんなところで攻撃が止むわけでもなく、銃弾がまるで豪雨のように注いでくる。

 少女は腰に巻かれたベルトから細長い筒状のなにかをはずして投げる。前方で小規模な爆発が起こり、爆音、熱風が舞い上がる。

「わかってる。見せしめだよ見せしめ」

 焦げた嫌なにおいが鼻をつく。あお向けになった体や、ばらばらになった兵士の身体の一部を飛び越えて、杓は右腕の防具についている筒型のものをとった。

 正面入り口には街に侵入させまいと、すでに兵士達が待機している。その数三十ほど。まばらに前方からも銃弾が飛んでくる。

 杓は横目で少女を見、筒型のものを兵士達が待機する正面入り口に向かって投げた。

 視覚より速く、耳の裂けるような爆音がとどろき、真っ赤になり、風圧で前へ進めなくなる。

ユズ!」

 杓は少女の手を引いた。少女も決して離すまいと、強く手をつかむ。手をひかれて、前方から襲う風圧をくぐりぬけていった。

 二人は走っていた。やや煙の立ち込める中、確認できる限りでは兵士は一人もいなくなっていた。正面入り口の鉄の扉は溶かされたように切り口がぐにゃぐにゃになっていた。

 大通りを真っすぐ走る。街の一般人は砦のなれの果てを見て叫んだり、逃げまどったりしていた。耳を通る悲鳴がたびたび聞こえる。

「ほんっとうるさいな」

 一般人には目もくれず、向かってくる兵士を端から殺す。

 目指す先はもう決まっている。向こうにそびえたつ巨大な鉄壁に守られた城。

 王室。


 すべては復讐。

 人型機械。少女と杓は人間に造られた。製作者の意志により。


―王都を消滅させよ―



医師センセイユズはおかしい」

 真っ白だが所々黄色い壁染みが目立つ部屋。ぎっしりつまった本棚の隣にある、木製の古い机の上には何十冊もの本が積み上げられている。それらは開きかけのものであったり、何枚もしおりがはさんであったりした。

 床にも本が散乱しているが、いくつもの本棚で壁が埋め尽くされている以外、なにもない質素な部屋だった。

「当たり前だ。ここまで壊れて痛くないほうがおかしい」

 白衣を着たあきらかに医師と思われる男は机と同じく木製の古い椅子に座っていた。白い大きめの箱からなにか液体を取り出して、右腿の傷口に塗る。

 少女、柚は顔をしかめる。

「違う。でもせっかく、街に入れたのに。悔しい……」

 予想以上に弾を多く受けた柚は動けなくなってしまい、王室に向かう前にいったん王都から退いてきてしまった。

 王都から離れた山あいにある質素な家で医師と柚とシャクは暮らしていた。

「柚、痛い?」

「痛い」

 杓は不思議そうな顔をする。柚は半ば睨むように医師の目を見た。

「なんで杓は弾が通っても赤いものがでないんだ?」

 血のにじんだ傷口を医師はガーゼで覆う。

「杓と柚は型が違う。柚は体液の三分の一がなくなると完全に壊れるんだ」

「そんなのおかしい。杓は暑さも痛さも感じない」

「それも型が違うんだから当たり前だ。感情はお前達どちらにもあるが、杓に感覚はない」

「柚も杓と同じに改造してくれ!」

 医師は傷口を手のひらで叩いた。小さな悲鳴のような声がもれて、すぐに柚は顔をしかめる。

「無理。型が違うものを同じにできるか」

医師センセイは天才だろ? いつも言ってるじゃないか。しかもなんで自分で造ったものを改造できないんだ」

 やや間があって、医師は実に都合の悪そうな顔で杓に視線を移した。

「そうだよ医師センセイ。俺は柚がケガするの嫌だ。それに柚を丈夫にすれば手当てもしなくてすむ。全部プラスじゃないか」

 追い討ちをかけられて、医師は言葉に詰まった。二人の視線が強力に刺さる。

「とにかく、無理。お前達が言ってるのは、草を水に変えろって言ってるのと同じことだ」

 柚は恨めしそうに医師をじっと見ていたが、頭を垂れた。杓は厳しい表情で睨んでいる。

「じゃあ、柚は欠陥品だ……この前だってそうだ。ケガして、直るのに時間がかかって、結局破壊した砦は元通りになってた。杓の足手まといだ」

 口調はだんだんゆっくりとはっきりしていった。

医師センセイ!」

 杓は医師に詰め寄った。医師はため息をつき木の椅子から立ち上がりぎわ、柚の頭を小突いた。

 小突かれて、柚は顔を上げた。

「バカ。だいたい欠陥品なんて言葉どこで覚えてきたんだ? お前は俺の造った大切なものだ。欠陥品なんて言うんじゃない」

医師センセイ

 柚の表情がまた厳しくなった。

「じゃあ改造してくれ」

「だから。無理」

 負傷した左腕を叩かれて、柚はまた顔をしかめた。

「強くなりたきゃ自分でなんとかしろ」

 相変わらず杓は医師を睨んでいた。

 厳しい表情のまま、柚は抑えた声で発した。

「わかった」

 両手はひざの上で強く握りしめられていた。手は震えていた。



 王都が消えたのは十年前だった。王族はおろか、一般人、建物まで、すべて一夜にして消えさってしまったのだ。

 原因ははっきりしている。いかなる物質も原子単位まで分解してしまうウイルスがばら撒かれた。

 生き残りは語る。つまり、それはウイルスの製作者。


『私恨だ。――理由? だから私恨だって言ってるだろ。王族が憎くてたまらなかった。王都が消滅してほしかった。だから、消滅させたんだ。栄華を極めたものにはいつか滅びが訪れる。たとえそれが自然的であっても、人為的であっても、だ』



 山の夜はひときわ闇が深い。

 森の木々が浮かび上がって、景色が一段と黒くなるのだ。

 家から離れた裸の地面に柚は座っていた。登ると、ちょうど切り立ったような崖があるのだった。そこからは下の世界、王都が一望できた。

 黒い黒い鉄に囲まれた王都の灯かりは、暗い中にまぶしく映えた。柚はそれを瞬きもしないで見つめて、顔を伏せる。そして幾分もしないうちにゆっくり顔を上げ、またじっと光を眺めて、伏せる。その繰り返しだった。

「柚」

 たいして驚きはしなかった。聞き慣れた声が柚の背後から静かに呼びかけた。

「杓」

 ちらと振り返って確認すると、柚は視線を眼下の王都の風景に戻した。

 杓は数歩、歩いて止まった。

「気になるの?」

 柚の隣に座って、視線の先を追う。

「医師との話、気にしてるの?」

 淡い灯かりの中に所々きらびやかな光が混ざっている。

「違う。悔しいだけだ」

「王を殺せなかったのが?」

 視線は王都から離さなかった。杓が横から見たその瞳は、強い意志を秘めていて、苦しげだった。

「柚は弱い。杓みたいに強くない。強くなりたい、でもわからないから、柚は強くなれない。だから悔しいんだ……」

 杓は柚の背中を抱いた。

「柚が好きだよ」

 柚は不思議そうな顔をして、杓を振り返った。

「“好き”……?」

 杓は軽く微笑んだ。

「“好き”って何?」

「一緒にいると楽しかったり、安心したりするんだよ。いつも一緒にいたいのが俺の“好き”かな」

「じゃあ柚も杓が好きだよ。いっぱい好きだ」

「ほんと? 嬉しいな。だから、柚は弱くても、強くても、俺は好きだよ」

「柚が弱くてもいいのか?」

「いいよ。医師も“栄華を極めたものにはいつか滅びが訪れる”って言ってた。だからそんなに焦らなくても王都は自然になくなるよ」

「ほんとに?」

「ほんとだよ」

 柚は一心に杓の瞳をのぞきこんだ。ふと、笑った。

「ありがとう、杓」

「どういたしまして」

 栄華を極めたものにはいつか滅びが訪れる。たとえそれが自然的であっても、人為的であっても。



 いつものように柚は朝を迎えた。昨日の銃創がひどく体を痛ませる。立つことはできるが走るのは無理そうだ。

 傷に響かぬようそっと歩き、自分の部屋をでて、医師の部屋に向かった。

 ドアを軽く叩いて、柚はノブに手をかけた。

「医師」

 独特のきしむ音に、あいかわらず本の散乱した白い部屋で、医師は何か書き物をしていた。

「なんだ」

 振り向かず答えた。

「痛い」

「昨日の傷か」

 初めて振り返って、柚を自分の向かいに座らせた。

 右腿の白い包帯は赤く染まっていた。医師は包帯を取って、傷口を見た。

「直るのにしばらくかかるかもしれないな」

「じゃあまた柚より砦の方が先に直るのか?」

「そういうことになるな」

 瓶やらがたくさん入った四角いケースをひっかきまわす。

「それじゃこの前と一緒だ。壊した意味がない……」

 見つけた液体の薬を傷口にガーゼで塗りつける。

「強くなりたいのか」

「なりたい」

 医師は新しい包帯を取り出して、きつめに腿に巻きつけた。そして何も答えなかった。

 ふいにドアがきしむ音がした。

「柚!」

 杓だということは二人ともわかっていた。柚の方に歩いてきて、杓は驚いた声を上げた。

「どうしたの? 痛いの?」

 手当てされている様を見て、杓は柚の隣にしゃがみこんだ。

「うん」

 痛々しそうに包帯を巻かれた脚を見て、杓は言った。

「ほんとに柚を改造できないの?」

「昨日も言っただろ。無理だ」

 医師は即答した。

「柚がかわいそうだ。俺は痛くないのに一人だけ苦しんでる」

「杓は柚が好きなのか」

「好きだよ」

 医師は二人を交互に見、ため息をついた。

「十年前。王都は一度消滅した」

 ゆっくりと唇をかたどりながら、医師は話した。

「すべての物質を原子単位まで分解するウイルスで、王都は一瞬にして消えた」

 杓は不思議そうな顔をした。

「何が言いたいんだ?」

「柚と杓は違う。杓は俺に造られた、それは知ってるな?」

「知ってる」

「柚は俺が造ったんじゃない」

 耳鳴りがした静けさ。

 だが、声に続いてすぐに耳を裂くような爆音が聞こえた。三人とも反射的に体を硬くする。

 とどろきの余韻がおさまって不気味に静まり返ると、杓は外へ飛び出した。柚も立ち上がって歩いて杓を追った。


 朝日で生暖かい空気の中、数十メートルしたの山道に雲のような煙が立ち昇っていた。

 追いついた柚は煙の臭いに顔をしかめた。杓は拳を握りしめて、煙の昇る方を凝視していた。柚も煙の中にぼんやりとあるものを見て目を見開いた。

「兵士……」

 一人や二人ではない。かなり大量の影が煙に浮かび上がっていた。

 すぐに杓は家の中へ駆け戻っていった。柚はただ佇んでいた。


「医師! 兵士が……王都の兵士が来てる!」

 医師はあまり顔色を変えなかった。まるで予想していたように。

「まいったな」

 医師はあくまでも落ち着いていた。そして机の上から白い封筒と、黒いケースを取ると、杓と共に外に出た。

『我々はお前達全員を殺しにきた!! おとなしく降伏しろ!! そうすれば命だけは助けてやってもいいぞ!!』

 数十メートル下の司令官らしき人物が叫んでいた。柚は硬直したように、それを見つめていた。

「柚、逃げるぞ」

 柚を引っ張ると、はっとして医師を見た。

「医師……」

「お前にこれを渡しておく。万が一のとき使え」

 小走りになりながら医師は早口に言い、黒いケースを柚に渡した。

「これは?」

「ウイルスだよ。中の瓶にさっき話したウイルスが入ってる。割らないように気をつけろ」

『行け!!』

 司令官の合図で大量の兵士達は一斉に三人を追い始めた。

「杓にはこれをやる」

 白い封筒だった。

「中身は?」

「見てのお楽しみだ。走るぞ!」

 杓は柚を抱き上げた。

「杓!」

「柚はケガしてるから」

 医師は振り返った。九十、百はいるだろう兵士が一斉に追いかけてくる。全員銃、手榴弾を装備している。

「杓、先に行け」

 医師は走る速度を下げた。

「柚と一緒に山を降りるんだぞ」

 杓は悟って、医師を見据えた。

「わかった。医師も必ず来て」

 言うと、杓は全速力で走り出した。

「杓……」

 柚の声は震えていた。

「柚、心配しないで」


 医師は次々と追ってくる兵士の前に立ち止まった。

 すると兵士達はおびえたように泊まり、銃を構えなおした。

「誰が狙いなんだ?」

「どけっ」

「ウイルスの話くらい聞いたことがあるだろ。お前たちも砂になりたいのか」

「やられる前にやれば終わりだ!!」

 銃声が響いた。反射的によけたが、銃弾は医師の腕をかすめていた。

「っ……」

 できた一瞬の隙を見逃すわけもない。一人が撃つと一斉に銃は放たれた。医師は、胸ポケットから小瓶を出して、投げた。

「タダじゃ死んでやんねぇよ。バーカ」

 小瓶は煙の中、地面に砕け散った。そこからあたりは真っ白になり、もやに包まれたようになった。

 とけていく。兵士の形は砂のように次々と崩れ去っていった。周りの木々も崩れ落ち、地面も風化する。風に流され、巨大な穴が開く。

 目の前を流れる砂の筋。ただ一人、真っ赤に染まった砂を見ていた。赤い赤いもやの中に召されていた。


「杓……医師は……」

 柚は震えていた。

「心配しないで。逃げるから。必ず」

 銃声は遠くで響き続けていた。山道を下ってしばらく歩けば、王都の隣の街に着く。

「杓は……杓は壊れちゃう……柚がいたら逃げられないよ」

「逃げるから。医師も後から来るよ。安心して」

『いたぞ――!!』

 叫び声がする。杓は山道を一気に下っていった。

 兵士達の投げる手榴弾が坂を転がって爆発を起こす。風圧で飛ばされぬよう、杓は一気に駆け下りていく。

 鋭い音が、柚の耳に響いた。

「杓ッ!!」

 杓の腕を銃弾がかすめた。柚は一瞬落ちそうになったが、杓は柚をかかえたまま脚の装備の爆薬を撮り、後方に力いっぱい投げた。

 耳に残って響く爆音と赤い煙。木がとかされて山肌がむきだしになる。黒焦げた死体を飛び越えて、兵士はまだ半分ほど残っている。

 道は平地に変わる。木々も少なくなってきている。森の出口付近だ。だんだん杓の走る速度が落ちてきているのはわかっていた。

「杓! 柚も走る!! 走るから!」

 柚はまるで泣き叫ぶような声だった。無差別に銃が乱射される。杓の体を砕いていく。破壊していく。

 ふと、なにか大きな鉄の塊が見えた。

「杓! 降ろして!! 壊れちゃうよ、杓! 杓!!」

 必死に叫ぶ柚に向けて。苦しそうな表情をかき消して、顔に満面の笑顔をたたえた。

 それが、ひどく遅い動作に柚は思えた。

「ありがとう、柚」

 ひときわ大きい銃口から真っ赤な炎が迫ってきて、火薬弾は杓の体を貫通した。

 半身に穴があいて、杓は地面に崩れ落ちた。柚は地面に倒れこんだ。

 柚は隙もなく起き上がった。

 貫通した体は真っ赤に光って、内部のコードが火花を散らしていた。杓は目を閉じていた。

 安らかな寝顔のようだった。

『あと一人だ!! 殺せ!!』

 醜い叫び声は耳に入らなかった。静寂に包まれているような気がした。柚は静かに、杓の手を取った。

 それはあいかわらず冷たい、確かな杓の手だった。

「ありがとう、杓」

 今まで知らなかった、満面の笑みを返した。泣いていたかどうかはわからない、けれど。

 柚はためらうことなく、黒いケースの中身、大きめの薬瓶を力の限り投げつけた。



 俺は王に家族を殺された。それから素性を偽って城内に入り込み、ウイルスを撒いた。王都を消した。

 その時、まだ幼かった王の娘を人質としてさらった。

 今考えてみれば愚かな行為だったと思う。生存者はいないのだから。

 王都が完全になくなるはずはない。

 杓を造り、次の王都を消すように言った。

 罪滅ぼしをしたかっただけかもしれない。いつもそれを眺めていることで。

 柚は



 王都が消滅してから十年後のこと。一つの山が消滅した。その後その土地は栄えず、野草の生い茂る平原になったという。

 二つばかり花が植えられている。


『柚も……ぃ……か……らね』

 途切れ途切れのつぶやきだけ。

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