第18話 ゲーム終了
ゲーム終了まで残り五分。真紀と谷村は地下駐車場に続く階段の前に立つ。ここを降りた先にある一本道に辿り着ければ、ゴール目前。
ここに辿り着くまで、二人は警察らしい影に追われることはなかった。凛と吉川先生が上手い事をやったことが原因ではないかと谷村は思う。
それもいつまで続くか分からない。谷村は焦りを紛らわすため、密に制服のポケットから写真を取り出した。写真に映る少女の笑顔を見た彼は駆け足で階段を降りる。ところが、焦りから彼は階段を踏み外した。
少年の体はズルズルと落下していき、踊場に尻が激突した。その瞬間、谷村が所持していた写真が空中を舞う。骨が砕ける強烈な痛みに、谷村は思わず悲鳴を出す。
写真が踊場に着地するのと同じタイミングで、椎名真紀は彼に駆け寄る。
彼女は右手を差し出し、少年を起こそうとする。その時、少女は落ちた一枚の写真を見た。その写真の中で、小学生の頃の自分と見知らぬ少女が笑顔で映っている。
真紀は思わず写真を拾い上げ、それを谷村に見せた。
「この写真は何?」
谷村太郎は少し狼狽える表情になる。数秒の沈黙が流れ、彼は答えを口にした。
「見ての通りです。小学生の椎名さんと明美の写真。こんな時に言うのもどうかと思うけど、僕は明美のことが好きだった。あの震災の日まで」
「明美って誰?」
少女の能天気な疑問を聞き、谷村は暗い顔になる。
「忘れたんですか? 七年前の震災で亡くなった小倉明美。僕が初めて椎名さんに会ったのは明美の葬式。そこで僕はこの写真を受け取ったんです。明美の遺品として」
「葬式……」
谷村の証言によって、点と点が繋がる。
その喪服の少女は、無数の瓦礫の山を前にして、大粒の涙を流した。彼女の嗚咽は止まることはない。
夢に出て来た光景は、谷村の証言を裏付ける。あの時、椎名真紀は小倉明美を失って涙を流していたのだ。
だとしたら、なぜ今まで忘れていたのだろうか?
「たぶん椎名さんは記憶を封印していたんだと思います。あの震災で多くの友達を失ったから」
谷村の見解は正しいと真紀は思った。そうじゃなければ説明できない。
「ゲームが終わったら一緒に行きたい場所って……」
「明美の墓参りです」
「そう。だったら、早くゴールに行かないとね」
「残念ながら、それはできそうにありません」
谷村太郎は歯を食いしばりながら、真紀の顔を見た。
「どういうこと?」
心配そうに尋ねる真紀に谷村は痛みに耐えながら答える。
「階段を踏み外して、右足を骨折したようです。痛くて立ち上がれそうにありません。このまま椎名さんと一緒に歩いていたら、両方共ゲームオーバー。だから椎名さんだけでも生き残ってほしいです」
「見捨てろってこと? そんなことができるわけが……」
「見捨てるんじゃない!」
躊躇する真紀の声を遮り、谷村が大声を出す。その後で彼は言葉を続けた。
「ゲームをクリアした時の報酬を、プレイヤーの解放にすればいい。そうすれば見捨てることにならない。このゲームは誰か一人でもクリアできたら、全員助かるようになっているんです。信じています」
「……分かった」
真紀は谷村を踊場に残し、ゴールに向かう。少しの罪悪感を抱えた少女が目的地に到着するまで残り二分。階を全て降りた先、ゴールまで一直線の道に立ち塞がるのは、警備員ではない。額にハートマークがプリントされた覆面を被る謎の人物、ラブだった。
「ラブ」
ゲームマスターの名を呼ばれ、ラブは覆面の下で頬を緩めた。
「仲間から連絡がありました。吉川敦彦と黒墨凛を確保したって。これで残るプレイヤーは、椎名様と谷村様だけ。でも、ここには谷村様がいません。ゲーム終了まで残り一分くらいしかないけど、彼はクリアできそうにありませんねぇ」
「何でそんなことを知ってるの? あの階段には防犯カメラなんて……」
「分かるよ。真紀ちゃんのことくらい。だって私とあなたは同じだから」
意味が分からないと椎名真紀は思った。目の前にいるゲームマスターと自分が同じはずがない。そう信じている真紀は、ラブを睨み付ける。
この後の真紀の行動は決まっている。足止めに徹しているラブを無視してゴールに向かう。そうすれば、全員を助けることができるのだから。
しかし、ラブはそれを許さず、思わず苦笑いした。
「反抗期? それとも自分の正体を忘れちゃったのかな? その方が色々とメリットがあるかもしれないけど、最低限のことは覚えておかないと困りますよ」
覆面は真紀に近づき、その耳元で囁く。
「東郷深雪。私の人造人間」
その瞬間、少女の瞳が一瞬虚ろになった。それと同時に、真紀の体は崩れ落ちる。全身に震えは止まらない。
「ウソ。東郷深雪って誰なの? 私は椎名真紀。そのはずなのに……」
自分が椎名真紀だと思い込む少女の動きが止まる。なぜか一歩も動くことができなかった。
ラブは証拠を見せるため、誰もいない駐車場で覆面を脱ぎ捨て、素顔を晒す。その顔を見た少女は、ショックを受けた。そこにいたのは、自分と同じ顔をした同い年くらいの少女だった。
その時、ゲーム終了の知らせがプレイヤーに届く。当然の結果だというように、ラブは両手を叩いた。
「ゲーム終了。今回のテストプレイでは、残念ながら誰も全クリできませんでした。ということで、ゲームに負けたプレイヤーたちは全員拘束します」
衝撃の事実に茫然とする真紀の耳には、ラブの声が届かない。次の瞬間、雷に打たれたような衝撃が全身に走り、彼女は再び意識を失った。
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