第11話 突然の別れ

 二回目の投票タイムが終わりを迎え、各プレイヤーのマニフェストが公開された。その結果に、東大輔は衝撃を受ける。

『東大輔 山吹日奈子に壁ドン』

『池澤文太 黒墨凛を笑わせる』

『谷村太郎 椎名真紀に昔話をする』

『吉川敦彦 山吹日奈子の頭を撫でる』


『黒墨凛 椎名真紀に昔話をする』

『椎名真紀 池澤文太と手を繋ぐ』

『山吹日奈子 東大輔を褒める』


 まさかと思い、東は池澤を睨み付けた。

「池澤。お前も俺を裏切るのか?」

「悪いが、黒墨に投票しなかった。山吹の声で目が覚めたよ。こんなことをしても、意味がないって」

 池澤の言葉にカチンと来た東の怒りが爆発する。

「ふざけるな。お前が協力すると思って、俺は黒墨にマニフェストを書き換えたんだ。俺の使ったハート六個を返せ!」

 全身を振るわせながら怒る東の姿を見て、黒墨は不敵な笑みを浮かべた。

「馬鹿。東君の作戦、読みやすかった。公約なんて書き換える必要なかった。黒墨凛を褒めるっていうマニフェストは、自作自演しないといけなくなるから、攻略難しい」

「クソが!」

 東大輔の心は、壊れたブレーキと同じだった。彼は我を忘れて、自分を裏切った池澤の腹を殴った。それを見ていたラブは、覆面の下で頬を緩ませる。

「東様。暴力行為確認しました。よってハート五個没収です。これでハートが二個になっちゃいましたねぇ。記録によれば東様は池澤様にハートを預けているようです」

 極限まで追い詰められた東大輔に、黒墨凛は無表情で歩み寄る。

「でも、一つだけ誤算だった。池澤君が東君を裏切るとは思わなかった」

 その通りだと東大輔は思った。池澤文太と自分は、黒墨凛に恨みを持つ同士だと思っていた。そんな彼が裏切るなんてことは、想定外なことだった。もはや誰も信じられない。

 激しい絶望感の中、一筋の光が少年の前に現れる。顔を上げた視線の先に映ったのは、椎名真紀の右手。その手には端末が握られている。少女は優しい笑顔で、困っている少年に手を差し伸べた。

「東君に私のハートを預けるよ。これでハートがゼロになることはないでしょう」

 ニコっと笑う少女の顔は、天使のように思えた。東大輔は、嬉し涙を両目に浮かべて、彼女に頭を下げる。

「ありがとう」

 感謝されながら真紀は、バンクで東大輔にハートを二個預けた。

 預入が完了した後、椎名真紀は違和感を覚えた。先程のラブの言動がおかしいのだ。まるで、東大輔が困っているから助けるようにと誘導しているような感覚がある。だとしたら、なぜラブは人助けを誘導したのか?

 妙だと思いながら、真紀はラブの顔をジッと見た。


 東大輔のハートは、池澤から引き出した一個と、真紀から預けてもらった二個を合わせて五個になった。安心した東大輔は、トイレに行くと言い残し、教室から出て行った。

 それから次から次へと教室からプレイヤーたちが出て行き、真紀と凛と太郎の三人だけが残された。

 凛と太郎は早速、マニフェストを達成するために、真紀へ声を掛ける。

「椎名さん。少しいいかな?」

 そう太郎が問いかけると、真紀は首を傾げてみせた。

「その前に聞きたいことがあります。どうして黒墨さんと谷村君のマニフェストは同じなのですか?」

「私が谷村君に頼んだ。東君と池澤君が私を追い詰めると思ったから、先手を打つために谷村君を仲間にして、マニフェストをコピーさせてもらった。リプレイを使って、もう一度椎名さんと話がしたいという谷村君の意思を尊重して」

「そう。それで話したいことって何?」

 真紀は首を傾げたまま、谷村へ視線を移した。太郎は少し照れながら、口を開く。

「七年前の震災のことは触れたらいけないことだってことは分かりました。でも、これだけは言わないといけません。僕も震災があるまで福井県に住んでいました。そこで僕は椎名さんに会っています」

「ごめんなさい。前にも言ったけれど、あの震災のことは何も覚えていないの」

「やっぱり出会った日のことも覚えていないんですね。分かりました。それではハッキリと言います。僕は椎名さんのことが好きです。だから、ゲームが終わったら付き合ってください。一緒に行きたい場所があります」

 直球なセリフを口にしてしまった谷村は、何を言っているのかと焦った。だが、真紀はキョトンとした顔で、全く照れていない。

「そう」

 ノーリアクションというのは、谷村にとって予想外なことだった。

「何でポーカーフェイスを貫くことができるんだ?」

 谷村に尋ねられ、真紀は淡々とした口調で答えた。

「分かりません。こういうことは初めてなので、どういう反応をしていいのかが分からないんだと思います」

「それは妙な話」

 これまで沈黙していた黒墨凛が異議を唱えた。

「黒墨さん。どういうこと?」

 真紀が首を傾げながら尋ねると、凛は真紀の顔を見つめる。

「私の知っている限りでは、椎名さんは五人の男子を振っている。つまり、異性からの告白を何度か受けているはずなのに、何の感情も湧かないっていうのはおかしい」

 凛の話は事実なのだろうかと真紀は疑った。椎名真紀には異性との交際を断った記憶がない。仮に凛の話がウソだとしたら、なぜ彼女はそんなウソを吐いたのか? 

 この事実が昨日の記憶がないことと関連しているのではないのか? 真紀は直感的にそう思ってしまった。


 その頃、山吹日奈子は真紀たちがいる場所から四つ離れた教室にいた。綺麗に並べられたどこにでもある学習机に手を触れ、日奈子は同じ教室にいる相手の方へ振り向いた。

「話って何?」

 そう尋ねた日奈子の瞳が大きく見開かれる。相手は木製の学習机を上に持ち上げていたのだ。その直後、日奈子の後頭部に学習机が振り下ろされた。

 一人の少女を殴り殺した犯人は、肩で息をしながら、血塗れになってうつ伏せに倒れている山吹日奈子を見た。全く動こうとしない少女を見て、殺害に成功したと思った犯人は、何事もなかったようにその場から立ち去った。

 

 谷村の端末にマニフェスト達成の知らせが届いた後で、黒墨凛は椎名真紀に声を掛けた。

「次は私が話す。むかしむかし、あるところに一組の親子がいました。その子の父親は……」

 凛の声は、教室の外から聞こえてくる誰かの悲鳴によって掻き消された。何事かと思った真紀と太郎、凛の三人は一斉に教室を飛び出す。


 真紀たちがいた部屋から四つ離れた教室のドアの前で、東大輔が腰を抜かしている。少年の元に三人の同級生が駆け寄る。

「教室……中……」

 東大輔は恐怖に脅えながら、前方を指差した。その先では、血塗れになって変わり果てた山吹日奈子の遺体が転がっていた。グロテスクな遺体を見てしまい、凛と真紀は吐き気を催した。谷村太郎は何もできず茫然と立ち尽くした。そんな四人の元に、吉川敦彦と池澤文太の二人が揃って合流する。

「お前ら、こんなところで何をやっているんだ?」

 池澤は疑問を口にしながら、彼らの視線の先を見た。すると、彼は大声で叫び、教室の中へ足を踏み入れた。

 だが、その手は突然現れたラブによって防がれてしまう。

「いけませんねぇ」

 そう呟いたラブは、教室のドアを閉めた後で言葉を続ける。

「さて、誰かさんが山吹様を殺しちゃったので、プレイヤーが六人になってしまいましたね。それにしても犯人は大胆ですねぇ。運営が監視している校舎内で人を殺すなんて。この教室にも隠しカメラが設置されています。即ち、この殺害現場は透明な密室だったというわけです。運営が警察に犯行映像を提供したら人生終了。まあ、そんなことはしないから、安心していいけどね」

 ラブは覆面の下で笑顔を作り、再び教室のドアを開けた。そして、ゲームマスターは進んで教室内に入る。

「一度やってみたかったんですよ。探偵ごっこ」

 ラブは独り言のように呟き、山吹日奈子の遺体の手首に触れた。こうなることを予想していたのか。警察が使う白い手袋を填めて。

「うん。脈ありません。凶器は……」

 そう言いながら現場を見渡すと、血液が付着した学習机が倒されているのが見えた。

「ざっと見た感じ、学習机を持ち上げて、撲殺って感じかな? ということで、一人探偵ごっこ終了です。それでは皆様。マニフェストゲームは、続行不能により強制終了。次のゲームの舞台に移動したいと思います」

 ラブが怪しく笑い、マニフェストゲームは突然終わりを迎えた。山吹日奈子を殺したのは誰なのか? なぜ山吹日奈子は殺されなくてはならなかったのか? 

 多くの謎を残したまま、真紀はラブの後ろを歩いた。


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