らしくない結果

「筋肉が、全て。筋肉が、全て。筋肉が、全て」


 筋肉の塊のような男が、呟きながら腕立て伏せを始める。そこへ、右の頬に印のある、赤い髪で左耳にイヤリングの男が唾を吐き捨て、怒鳴りつけた。


「チンチロ! トレーニングやんならもっと離れろって言ってぇんだろが!」


 チンチロ、と呼ばれた、胸元に印のある筋肉の男はきょとんとした眼差しを返す。


「いや、時間あれば鍛えてないと、筋肉鈍るよ? それにそっちこそ、しなさすぎだよ。そんなんじゃ筋肉つかないよ。ね? ロト?」


 ロト、と呼ばれたのは、顔全体に印のある、袖なしのコートの男だった。


「そうよ。お前、いつも遊んでる。これで肝心な時、役立たずなら、殺すよ?」


「ちゃんとしてんだよ。おめぇらが認めねぇだけでよぉ」


「虐待、虐殺、訓練、言わない。アレ、お遊び」


「遊んで楽しく楽々レベルアップ、今のトレンドだろぉ?」


「おら! てめぇ今度は頭んなかで俺を裸にしてんだろおらぁ!」


 左目を囲うように印のある、髑髏の入れ墨の男はなおもルルーを蹴りつけ、踏みつける。


 止まない暴力、ただ耐えるしかないルルーを前にして、彼らは普通に会話していた。まるでその目にルルーが見えてないように、いや、こうされてることが当たり前みたいに、だ。


「その辺にして下さいパチンコさん」


 やっと止めに入ったのは、額に印のある、眼鏡の男だった。


 対して、パチンコと呼ばれた男はなお止まらずルルーを足蹴りし続ける。


「パチンコさん。どうかお願いです。そのメスガキには、大事な役割があります。その前に死なれると、契約が頓挫する可能性が高まります」


「知るかよバカラ!」


 眼鏡の男をバカラ、と呼びながら、パチンコはルルーの背中を踏みにじる。


「いいか! 俺はこいつに尊厳を汚された! 魂を殺されたんだ! その落とし前と頓挫とどっちが大事だってんだよ!」


 一際強く蹴られて、ルルーの体が浮かんで落ちて転がる。


 体が、痛い。


 打撲、擦り傷、お腹に響いてる痛みは内臓を痛めたってやつかもしれない。


 どれもこれもルルーが今までに体験したことがない規模のダメージだった。


 ……逃げないと、死んじゃう。


 ルルーは生存本能に従い、這いつくばって逃げようとする。


 だけど、囲まれていた。


 どの隙間も均等に、きっと立ち上がって走り出しても、二人以上がすぐに飛び掛かれるだろう。


 ……逃げられない。


 絶望に固まるルルーの背中が、踏みつけられる。


 何者か、きっとパチンコだろう、確認に振り返るより先に右腕が捕まれ、ひねり上げられ、背後に引っ張られる。


 ぎちぎちとねじられ肩が外れるんじゃないかという痛みに、ルルーは残った左手で黄色い土を引っ掻くことしかできなかった。


「……やっと降りてきましたね」


 バカラがそう言うと、残り四人の視線が一点に集まった。


 遅れてルルーが見れば、そこにいたのはオセロだった。


 鉄棒を体の横に立てて、初めて見せる厳しい顔つきで、そこにただ立っていた。


 助けて、くれないんだ。


 声も出せない絶望、腕を放され痛みから逃れても、動くことができなかった。


「いよぉ! マジでオセロかぁ! なっつかしいなぁおい!」


 左耳にイヤリングの男が親し気な笑みを向け、左手を振って見せる。


 対して、オセロは何の反応も返さなかった。


「なぁんだよおい忘れちまったのか? 俺だよダービーだよぉ!」


 そう言ってイヤリングを揺らしながら両腕を広げて見せる。


「それにほら、懐かしいメンツそろってんだろ? チンチロにロトにバカラ、それにパチンコ、変わってねぇだろ?」


 それぞれ名前を呼ばれながら何かしらのアクションを返す面々、これにもオセロのリアクションは皆無だった。


 それを気にせず、ダービーは続ける。


「ったくよぉ、お前タイミング悪すぎなんだよぉ。あとちょっと、それこそ三日前だぜ? あの火炎ジジィが死んだのがよぉ。せーーっかくお前のために残しといたのによぉ」


「…………どうやって、ここに来た?」


 やっとっという感じでオセロg絞り出した言葉に、ダービーは首を傾げた。


「地図がありましたので」


 続けたのはバカラだった。


「初りは、風の噂でここにアンドモアが現れたと聞きいたのが切っ掛けです。それを辿るとマップバックとそこの地図のガキと一緒にいるとわかりました。地図は地図です。少し頭が回る人ならば手放す前に写しの一枚でも作っておくものです。その一枚を入手して、やって来たというわけです。ガーディアンがいたのは嬉しい誤算でしたが」


「ガーディアン?」


「ここの守り人よ」


 オセロの質問に応えたのはロトだった。


「私らが勝手に呼んでる。知らなくて当然。塔の上、いたやつが、ボスだったよ。あれは、楽しかったよ」


 くっくっくと笑うロト、他もいたような笑いを共有していた。


「そんなわけで、この先は我々アンドモアが支配してます。こんなところですがそれでも家も酒も肉もあります。どうです? 積もる話もありますし、立ち話してないで移動しましょうよ」


 これに賛同するようにチンチロは腕立て伏せを止め、ロトはナイフをしまい、ダービーはくるりと棘だらけの棒を回すと肩に担いだ。


「あ? 移動か? わかった。だがその前に落とし前だ」


 そう言いながらパチンコはルルーを仰向けに蹴り転がし、お腹を思いっきり踏みつけると、腰の刀に手を添えた。


 ……それでやっとオセロが動いた。


 腰の後ろから引き抜いたナイフを一閃、投げつける。


 対して動いたのはチンチロだった。


 腋を締め、両手て持った斧を顔の右側に立てた。


「大筋肉、大風」


 宣言と共に筋肉を力ませ、斧を真横に、刃を立てた状態で、まるで扇のように真横へと振るった。


 生じる風が、土煙と共に巻き起こり、ナイフを吹き飛ばした。


 これに怯まず、オセロは駆けだしていた。投げたナイフに負けない速度でチンチロに迫ると自慢の鉄棒を突き出した。


 いつもなら必殺の一突き、だけどもそれを、横から飛び出したダービーが、棘だらけの棒で叩き落した。


 黄色い地面に刺さる鉄の棒、その先をさらに踏みつけられたオセロは迷わず手放し、前へ。


 その額を、ロトが放ったナイフが穿った。


 オセロのそれよりも何倍も速いその一撃は、一発で額当てを弾き飛ばした。


 ……ドサリと落ちた額当ての、金属プレートの真ん中に、ナイフは刺さり貫通し、落ちてなお立っていた。


 こうして現れた六つ目の印、アンドモアの緑の光に、十字のひねくれた穂先が付きつけられた。


「やめて下さいオセロ。あなた一人で我々五人に敵うわけないじゃないですか」


 それは、その通りだった。少なくとも、ルルーの目には、オセロ一人じゃ無理だとわかってしまった。


 それを肯定するように、四人がオセロの前に立ちふさがる。


 それを否定するように、オセロは睨み返す。


 そこへ、残る一人が参加した。


「どけ、お前ら」


 ルルーを踏みつけ、乗り越え、前に出るのはパチンコだった。


「オセロとは俺がやる。俺だけがやる。お前らは見てろ」


「パチンコさん」


「黙れバカラ。お前、今の言い方だと五人だから勝てるみたいな言い方すんじゃねぇよ」


「それは、申し訳ありませんでした」


「いらねぇよ。俺が欲しいのは謝罪じゃなくて証人だ。俺はこのオセロより強い、それを見届けろ」


「ですが」


「あちゃー、ダメだってバカラ、こうなっちゃ止まんないってぇ」


「ダービー、言う通り、好きにやらせるよ」


「うん、そうしようよ。俺もどっち勝つか見たい」


「俺が勝つに決まってんだろ耳削ぐぞチンチロ」


「あーーーもう、ほどほどでお願いしますよ?」


 各々会話しながら四人は場を開け、パチンコは前に出た。


「よぉし、これでタイマンだぁ」


 パチンコの声の調子、それだけでこの男は邪悪に笑ってるのがわかる。


 いつもなら、そう笑うのはオセロなのに、オセロは笑ってなかった。


 ただ額から血を流しながら、ただただ厳しいまなざしを向けていた。


 ……そんな、らしくない姿、ルルーは、見たくなかった。

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