火急の問題

 対峙する二人と一人、だが気押されてるのは二人の方、グディーシチュとグドーチェクの方だった。


 今回、グディーシチュの右腕は手斧を、グドーチェクの左腕はサーベルを持っていた。それぞれの腕を外に左右に広げ、切っ先を上に、足は開いて、奥歯を噛みしめ、立ち塞がる。


 繰り返すが、特異な体をもつグディーシチュとグドーチェクは戦いを含め、運動全般が苦手だった。


 それでも戦おうと二人が道化集の先輩方のアドバイスを基に編み出した戦術が、この『独立独戦の構え』だった。


 勇ましい名前を付けてはいるがなんてことはない、それぞれがそれぞれの腕で武器を持ち、個別に戦う。そして片方が攻撃を防ぐが、やられている隙にもう片方が相手を潰す。双子の片割れを盾とする捨て身の戦術だった。


 二人は待ちの構え、すなわちカウンター狙い一択だった。


 相手が逃げたり距離をとったりすればそれまでだが、今回の相手、オセロは仕事があるといった。それはすなわち王子のこと、ならば後を追いかけたいはず、ならばならば二人が走れないとは知らないこいつは、追撃からの挟み撃ちを嫌い、間違いなく二人を排除してから、次に移るはずだ。つまり二人が倒れるまで時間が稼げる。


 そして、オセロは想定通りに動いた。


 右手の鉄棒を肩に担いで、そのまままっすぐ、二人に向かって歩み寄ってくる。


 無防備、無造作、その余裕は強者の余裕だと、王子という強者を間近に見てきた二人にはわかった。


 ……それでも戦える。


 この構え、戦術ならば、模擬戦でなら王子にも何度かは惜しいところまで行った。


 本番で使うのは初めてで、それどころか本番が初めてだが、やれる。


 二人はお互いを伺うように視線をお互いに向け、その目を見て同じ覚悟だと見て取ると、さらに覚悟を固めた。


 そしてオセロは立ち止まる。


 ……踏み込めば鉄棒も、手斧もサーベルも届く距離、だが二人から攻めるつもりはなく、オセロも攻めてこない。


 ただ二人と一人、向かい合って動かない。


 これは、二人にとって悪いことではない。動いてくれない相手に対し、こうして膠着していればその分王子が逃げる時間が稼げる、そう双子がほぼ同時に気が付いて、それがわずかに表情に出てからか、オセロが一歩踏み出した。


 その一歩と同じように、オセロは自然に右手の鉄棒を高々と振り上げた。


 そしてまっすぐ振り落とす。その軌道は、グディーシチェとグドーチェクの間、首の又、単純に叩き潰さんとする一撃に、しかして二人は怯まなかった。


「「なめるな!」」


 同時に叫び、お互いがお互いの頭をぶつけあった。


 この動き、練習したわけではない。それでも左と右、角と角が旨く前後し、交差して、鉄棒を受けた。激突した。


 それは目が飛び出るかという衝撃、脳裏に響く衝撃、太い首でも耐えきれなかった衝撃、背骨から足の先まで抜ける衝撃、人生初にしてかなり上位の衝撃に、二人はぎりりと奥歯を食いしばった。


 衝撃の流れた全てが痛い。特に頭の骨はヒビは走ってるだろう。トラウマもできた。内側の首筋に流れるのは角の付け根からの出血だろう。


 ……だが、受け止め切った。


 二人は言葉も介さず首と首とを放して角と角で挟みこみ、がっちりと鉄棒を捕らえた。


 痛みと出血をコストに敵の武器を抑えた。これでなんとかなる。ひょっとしたら勝てる。


 双子が共に痛みに耐えながら抱きしめるように、サーベルと手斧、左右同時に攻めて立てる。


 が、そのどちらかが届くより先にオセロは鉄棒を手放していた。


 挟まれたまま落ちることのない鉄棒の下へ潜り込むように踏み込み、その鼻先を胸に、実は三つある乳首の真ん中あたりに当ててきた。


 ……それに何か不穏なものを感じる前に感じたのは、男ならだれでも経験済みで、何度喰らっても慣れることのない、又の間にぶらさがってる急所への、一撃だった。


 放ったのはオセロの左手の平手、救い上げるように又の間を叩き上げていた。


 ぼとりとサーベルを落としたのはグドーチェク、できた隙に顎を肘鉄で打ち上げられたのはグディーシチェ、ずり落ちたのは鉄の棒、足を滑らせ尻を着いたのは二人、そこに跨り拳を浴びせるのはオセロ、両手で防ぐ二人、落ちる手斧、戦意を失う二人、なおも拳を振り上げるはオセロ、二人が意識を失う前に駆けつけたのは、仲間たちだった。


「待たせたな!」


 ブーベンの渋くて頼もしい声を耳にしながら、グディーシチュとグドーチェクは意識を失った。


 ▼


 オセロが急所を狙ったのは好奇心から、一本か二本か、二つか四つか知りたかったからだ。


 答えは手応えから、オセロと同じらしかった。


 満足してボコボコにしてる間に追加が到着した。まだ終わってない仕事を考えると良くない状況だが、それでもオセロはにやけてしまう。新たな戦い、新たな楽しみ、それも、一風変わったのが目白押しだった。


 何せ囲うやつらは一人残らず、一風変わっているのだ。


 単純に手足のないやつもいるが、多いやつもいる。歪んでるやつも、パーツが小さかったり大きかったりしている。


 そのバラバラの姿でありながら、装備は整っていた。材料は木材と毛皮、あと骨類が少しだろう。一見すれば雑多とも見えるが、身に着けているそのサイズ、形は個々に合わせて調整されているようだった。武器も石斧や石槍、若干のナイフやただの石などで、それぞれが小さく軽く見える。が、オセロが見立てるにこいつらが使うのにちょうどよいサイズに見えた。囲う動きも、倒れたやつらを引きずっていく動きも、ばらつきが少なく、先走るやつも逃げ出すやつもいないのは、訓練のなせるものだとオセロは知っていた。


 それだけでオセロは興味をひかれた。


「……我々の姿が、そんなに珍しいか」


 正面の小さな男が怒気を含めた声で言う。


「あぁ、珍しい」


 オセロは素直に答えた。


「それで、戦い方も珍しいといいんだがな」


 笑うオセロに小さな男は、一瞬驚いた顔を挟んででから、笑い返す。


「それは、これから体験させてやる」


 小さな男の右手が軽く上げるのを合図に、囲う全員が一斉に動いた。


 対してオセロは仕事を、王子を忘れて鉄棒を構えなおした。


 まだまだ楽しい夜は始まったばかりだった。


 ▼


 森の中での戦争を、遠くから見つめる一人の影があった。


 木々の間から僅かに差し込む月の光を浴びて、その姿は幻想的に煌いていた。そのシルエットは細身の女性のものだった。


 その背後の太い木の枝が風もないのにかすかに揺れた。


「村長」


 その声は弱弱しいが、はっきりと女のものとわかる。その主は、枝の上、木の葉の陰からだった。


「彼は、合格できそうですか?」


 見た目通り村長の声もまた女の声だった。ただしこちらは自信に溢れた、響くような声だった。


「私見ですが、今のところは問題ありません。一見すれば白痴とも思える行為をしでかしましたが、それを合理的と認めさせられるだけの身体能力があります。ただ中に入ってからは、少々遊びすぎているように思えます」


「遊び、ですか」


「はい。彼はあの、出来損ないどもとわざと時間をかけて戦っているように見受けられます。実際、王子が目前にいながら強行突破の素振りも見せませんでした」


「それならば問題ないでしょう。敵を弄べるのは強者の証です。結果として、王子を取り逃がしたとしてもちゃんと戦って、五体満足で戻れるのならばそれで結構です。それよりも問題なのは、連れいていたという少女の方です。証言ではあの王子が連れ去ったとのことですが、壁の中にはいましたか?」


「いえ、偵察した限りでは、屋外にはいないようです。もう少し偵察を続けたかったのですが、追撃の投石がありまして、持続は無理でした」


「……そうですか。なら、彼らは再会してしまうかもしれませんね」


「申し訳ありません」


「いえ責めているわけではありませんよ。むしろそうして連れてきて頂いた方が、この目で最期を看取れるので好ましいかも、と思っただけです」


「村長?」


「そうでしょ? それなら安心して寝られますからね」


「村長、大変です」


「なんです? 彼らが破れかぶれで打って出ましたか?」


「逆です。いえ方向が、後ろを見てください」


「……あれは、まさかもう日の出でしたか」


「違います。あれは、火事です」


「火事……は?」


「村が、燃えています」


「はぁあ?」

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