マップ・カップ決勝戦までの経緯
翌日、朝一、オセロはカジノの入り口に来ていた。
カジノ自体はまだ開いてないようだが、門の前には既に多くが集まっていた
その数は二十人ほど、全員が当然のように武装している。各々得物を帯びながら殺気だち、興奮し、なのに揉めることなく、大人しく待機している。彼らは全員、マップ・カップとやらの参加者だった。
当然、オセロもその中で一人だった。
タクヤンはいない。徹夜も限界なので一眠りして、決勝までには来ることになっている。それで、ルルー以外はタクヤンに譲ることになっている。形としては情報の後払いだが、タクヤンがそれでいいと言うのなら異論はなかった。
ギィ、と重い音がしてカジノのドアが開いた。
中からお揃いの重鎧来た連中がゾロゾロと出て来た。その手にはハルバードを、槍に斧を付けたやつを、持っていた。それなりに重量のあるハルバードを垂直に持ち、かつぶれないで立ち止まっていられるその姿は、オセロの目には、他の参加者よりかは強そうに見えた。
「ご注目!」
大声を上げたのはハルバードの一人だった。
「マップ・カップ参加希望の方! これより受付を開始します! 最初に先ず中に入って右のカウンターで参加費を払ってもらいます! 払ったら引き換えに鍵を渡しますのでそれを持って次の部屋へ! そこにはロッカーが用意してありますのでそこに身につけているもの全てをしまい! 代わりにこちらが用意してある服装と武器を装備してもらいます! 私語厳禁! 他への無断立ち入り禁止! 従わなければその場で失格となります! では順番に中へどうぞ!」
合図に、先頭から順に静かに中へと入っていく。どいつもこいつも失格は嫌らしい。
その列にオセロも加わった。
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中は朝日が入ってなお薄暗く、静かだった。
左右への道やドアの前にはハルバードが鎮座し、空いてる腕で進行方向を指し示している。
それらに促されるままカウンターに並んで金を払い、鍵を受け取る。鍵には赤、黒、青、黒、赤の縞模様の木の札が長い鎖の輪でつないであって、両方まとめて首にかけられるようになっていた。
それでロッカーのある部屋へと通される。
ロッカーは珍しく金造製で、それぞれに色々の縞模様が塗ってあり、それが鍵と対応しているようだった。
隣がしているように見よう見まねでロッカーを開けるとかなりのスペースが、入ってるのは白いパンツだけだった。
周囲を見る限りでは靴も脱ぎ、パンツも履き替えるようなので真似して着替え、脱いだ一切を鉄棒と共にロッカーへ入れて鍵をかける。
その鍵を首にかけて次の部屋へ、行く前に、そこへの通路に立つハルバードに止められた。
「頭に付けてるのもだ。外してロッカーにしまえ」
言われてオセロは思い出し、髪を束ねてたリボンを解いた。
「そっちじゃない。そっちもだが、それより鉢金だ」
ハチガネ、がなんなのかオセロは知らなかったが、それが額当てだと想像はできた。だけども外したくはなかった。
「身につける装備はこちらが厳格に指定する。従えないなら失格だ」
言われて、オセロは困る。
額の印、アンドモアの光る刺青、それを晒すことによる諸々のデメリット、しかし比べても、優先順位はルルーが上だった。
オセロは額当てを外した。
周囲は緑の光に包まれた。
▼
アンドモアの伝説は、このフォーチュンリバーにも存在していた。
その男は一人、ふらりとここに客としてやってきた。
最初は一人、二人、普通に借りるだけだった。
それ自体、珍しいことだが問題はない。当然貸した。それ自体は問題はない。
問題は、借り終えて、別れた夜に、その奴隷が忽然と消えたことだった。
初めは脱走かと思われ、大規模に捜索されたが、足跡どころか死体すら見つけられなかった。
そして数日後、また男が現れ、今度は別の場所で奴隷を借りた。そしてまたその奴隷が消えた。
それが続いて、十人に届いたころ、さすがに関連性に気がついた。
犯人として、処刑するのは絶対として、肝心の奴隷がどこへ消えたのか、拷問して自白させるために追跡隊が組織された。
奴隷を借り終えた男を尾行すると、男はマンホールから地下へと降りていった。
湿ったトンネルに降りても追跡は続き、そして辿りついたのは、少し開けた空間だった。
そこに男はいた。うずくまって、ゴソゴソしてたと証言されている。
そこへ追跡隊がランプの灯りを向けると、男は振り向いた。
そこで追跡隊が見たのは二つ、アンドモアの入れ墨と、口からダラダラと血を滴らせる男の顔だった。
……いくら奴隷が家畜でも、それを食うやつはさすがにいない。
その姿を目撃してからの証言はバラバラだった。
勇敢に戦ったもの、打ち倒したもの、封印したもの、逃げられたもの、わかりやすいホラを語る連中は共通して無傷だった。
恐怖から廃人になったもの、幼児退行を起こしたもの、物理的に手足が動かなくなったもの、その場に本当に残ったものたちを破壊し尽くして、男は消えた。
フォーチュンリバーでは面白い話として語り継がれているが、それを楽しめるのは他人の目があるから、何より男が目の前にいないからだった。
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「予選無しってほんとかよ?」
「らしいな」
「らしいって、お前ちゃんと行ったんだよな?」
「行ったよ。それで最初はいっぱいいたさ。だけど俺が金払って、服脱いで着替えて……次の部屋へ行こうとしたら、残ってるのは俺一人だった」
「ほぉん。やっぱり噂通りか」
「噂?」
「知らないのかよ。今回この争奪戦に、冗談抜きでやばい奴が参戦してるって持ちきりなんだぜ。それこそ他が逃げ出すほどにってな」
「なんだ、俺より詳しくそうだな」
「当たる前だろ。これが本職だからな。で、噂だと、そいつは強過ぎて不人気なんだと」
「なんだよそれ」
「わかんないか。わかんないよな。わかりやすく言うと、そもそも賭けっていうのは、あれだ、いくつかのパターンのうちのどれが正解かを当てるものだ」
「それぐらいはわかる」
「で、そのパターンは起こりやすいのと起こりにくいのがあって、その差を埋めるためにオッズがある」
「オッズ?」
「倍率、勝率と配当金、当たった時に賭け金が二倍になって返ってくるならオッズは二倍、オッズ三倍なら賭け金が三倍で戻ってくる。そんなんでよくここで遊べるな」
「オッズがどうでも勝てば儲かる。だろ?」
「ところがそうじゃない。めちゃくちゃ強すぎると、勝っても儲からないんだよ」
「なんでだよ」
「例えばだ。ここにフォークがある。これを手で摘んで持ち上げて、で指を放すと、どうなる?」
「…………落ちる?」
「あぁそうだ。床か机かはわからないが下に真っ直ぐってのが普通だし、それ以外は考えてにくい。で、それに賭けるとなればみんな落ちるに殺到する。俺も、お前も、誰もがだ。そうなれば賭けで負けるやつがいなくなる。ギャンブルの元締めってのは負けた連中から巻き上げた賭け金で勝ったやつへ金を払う。つまり負けるやつがいなければ払う金もなく、ならば賭けにもならない」
「じゃあ、今回は賭け無しか」
「いやいや、決勝戦はやると正式にアナウンスがあった。まぁ、お前が残ってるんだ。なら最後までやらないとな。だが、ビビらせるつもりはないが、相手は逃げ出すほどに強いぞ。なにせホテル側が用意した代理人、つまりはプロだ。念のために尋ねるがよ。お前、相手を知らないから逃げなかった、なんてことは、ないよな?」
「いや、待て、今の話、強すぎるのって、俺のことじゃじゃないのか?」
「………………いや……お前が強いのは知ってる。実際に強い。だから俺はお前に賭ける。だけど、ほら、こういうのはなんというか、知名度とかホームゲーム有利というか、なんだ。そもそもどっちが強いかわからないから賭けになるわけだし」
「……つまり、俺が勝っても儲けは出るんだな?」
「そりゃあ、もちろん、勝てればたっぷり、だ」
「なら、いい。脅かすなよ」
「いや、悪い……ってか、すげぇ自信だな。相手は聞くところによれば無敗だぞ? それも無傷どころか相手は皮膚に触れなかったのもあるってよ」
「強いのか?」
「さっきから強いって言ってんだろが。少なくとも雑魚と侮っていい相手じゃない。何せ二つ名はご大層に『国食い』だとさ。雇い主が主催してるホテルだから予選免除でいきなり決勝戦参加なんだもんだから、実力のほどは俺も見れてないが、周りの反応見れば予測はできるってやつだ。しかしそこにそんなやつを連れてくるとは、値も張るだろうに、ホテルはよほどあの娘を手放したくないらしいな」
「お待たせしました。チキンとナスのトマトソースパスタ、チーズパスタで、ご注文は以上でしょうか?」
「あ、チーズパスタこっちな」
「はい。それではごゆっくり」
「…………なんだよお前、そんなので良いのか」
「これが良いんだよ。この間来た時はちゃんとしたの食えなかったからな」
「なんだ襲われたか?」
「いや、中に媚薬が入ってた」
ブバッ!
「……汚ねぇな」
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