放火を見る男たち

 火を点けられた家の周りの畑には、四十人を超える男たちが集まっていた。


 みな安物の黒いスーツで、腰の後ろには矢筒を、手には木製のボーガンを持ち、引き金に指をかけていた。その内の半分は一定の間隔で並び立ち、燃える家を取り囲んでいて、残りの半分は家の真っ正面に固まってざわついていた。


 固まりの中心には、ブラシのような髭の男がいた。


 つぶらな瞳で黒い肌が周りの闇に溶けていた。落ち着いた雰囲気で、手には他と同じくボーガンを構えていた。


 「これも坊っちゃんの為だ」


 ブラシ髭の渋い声を受けても、男たちのざわつきは収まらなかった。


 「そうだそうだ!」


 「あいつらはまだ兄弟がいるのをわかってて火を点けたんですよ!」


 「そうだそうだ!」


 「しかも手柄横取りして、先に帰って、俺らは見張りですか!」


 「そうだそうだ!」


 「これで本当に対等な同盟と言えるんですかドコーの兄貴!」


 ドコーと呼ばれた兄貴は、ざわつく男たちを見回した。


 「今は耐えろ。相手はあんなんだが有力な海賊には違いない。約束の物さえ渡せれば問題ないはずだ。それに」


 諭すように言って自らも燃えてる家を見る。


 「あの兄弟を信じてやろう」


 ドコーの最後辺りと被さるように、ガラスの割れる音がした。


 見上げれば二階の正面に面した窓が突き破られ、人の形をしたシルエットが飛び出してきた。手足を揺らしながら、そのまま頭から落ちた。


 男たちのざわめきが強まる。


 続いて二つ目のシルエットが飛んだ。同じく人の形で、手足を揺らしながら、こっちは足から落ちた。


 男たちのざわめきが更に強まる。


 だがシルエットは二つとも寝たままで動かない。


 誰かが指示する前に、近くの男らがシルエット二つに駆け寄った。


 「兄弟です! 生きてます!」


 駆け寄った男らの報告に、ドコーの表情が引き締まった。


 あれは、意識の無い状態で落ちた風に見えた。


 ならば落ちた、ではなく、落とされた、のだろう。なら、落とした奴がいることになる。上に兄弟以外がいるのは間違いない。


 しくじったか兄弟、とドコーは人知れずに奥歯を噛み締めた。


 「居たぞ!」


 男の一人が二階を指差す。その先、割れた窓に人影があった。


 ドコーが命じる前に一斉に矢が放たれた。


 その大半は外れたが、三本は腹に命中した。


 そして人影が揺れて落ちた。


 男らが勝ちどきを上げ駆け寄る。


 「バカモン!」


 浮かれる男らに我慢しきれずドコーが怒鳴りつけた。


 「迂闊に近づくな! 先ずは矢をつがえろ!」


 それでやっと男らは足を止める。


 後で説教だ、とドコーはため息をついた。



 ボーガンは構えやすく、持ち運びやすく、狙いやすく、引き金を引くだけで簡単に射てる。一方で、事前に弦を引き、矢を設置するという手間が必要だった。その手間により連射しにくいのが弱点だった。


 男らは手慣れた手つきで弦を引き、矢を置いて装填し、構え直した。


 どうせ必要ないだろうがドゴーの顔を立てての装填を、全員完了したのを互いにアイコンタクトで確認しあい、それから接近を再開した。


足取りは軽い。あれだけ射られて危険もあるまい、とその足取りは語っていた。


 三つ目のシルエットは家の近くに落ちていた。炎に照らされて反射でよくは見えないが人の形はしている。その傍らには鉄の棒が落ちていた。


 男らはシルエットを中心に半円状に広がり、囲った。燃える家の方面を気にしながらゆっくりと近寄る。


 シルエットは激しくなり始めた炎に照らされ、逆に見えにくく成っていた。


 そして最近の男が、爪先でシルエットを蹴る。


 足応えに感じるシルエットは硬く、まるで人形みたいに動かなかった。


 「よぉ」


 不意に声は上からした。


 男らは驚きながらも反射的に声のした上へとボーガンを向けて引き金を引いた。


 一斉に放たれた矢はしかし、声の主ではなく落下する大量の本に阻まれ刺さった。


 そしてそのまま、最近の男が本に押し潰された。


 続いて第四のシルエットがその上に飛び下り、降り立つ。


 他の男らは反射的にボーガンを向けて引き金を引いた。が、まだ矢はつがえてなかった。


 そして、つがえる時間は残されてなかった。

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