生きてくだけで精一杯

八田若忠

第1話

 皆さんはタケノコと言うと何を思い浮かべるだろうか?大多数の人は孟宗竹のタケノコを思い浮かべると思うが、ここ北海道では根曲り竹のタケノコが主流である。


 大人の親指程の太さで長さが二十センチ位、アクが少なく採ってすぐに食せるのが人気の一つであり、熱を加えた時の独特の香りがお好きな人にはたまらない北海道の春の味覚である。

 根曲り竹のタケノコを採る為に、いくつか気を付けなくてはいけない事がある。


 一つはヤブ蚊の多さだ。地元では昔から親しまれているハッカ油を身体に吹き付け、ヤブ蚊を防ぐのが一般的であるが汗に流されて下腹部につたう事により地獄を見る事があるので素人にはオススメ出来ない。


 そして何より注意をしなければいけないのは迷子である。

 身長を優に超える細い竹藪はまさに緑の地獄。足下に生えるタケノコを追いかけて、右に左に這い回っているうちに方向感覚がすっかり麻痺してしまい、命の危険を孕んだ迷子が出来上がってしまうのだ。

 素人はこれらに注意をしてタケノコ採りに励んでもらいたい。


「助けてえ!誰かあ!」


 叫んでも返事なし!解ってた!だってここ山奥だもん。竹藪の入り口に「ここで六人死んでます」って脅しの看板見たもん。俺知ってる。


 こうなったら竹藪が無くなる所まで歩くしか無い、それが正しいかなんて解る訳が無い、だって俺素人だもん。

 手に持った少し大き目の鉈を振るいながら竹藪の中を歩いていると、ここはどうやら傾斜があるらしい。身体がどんどん楽な方に流れて行く。

 落ちて行く様な気分は慣れたら怖いよ癖になりそうなエクスタシー!


 ほら、落ちた。


 青い空白い雲、玉ヒュン状態の浮遊感。


 今絶賛崖から落ちてます。

 竹藪の向こう側が崖とかどんな殺人トラップ?この辺熊とか出るんだよなあって……オウフ!


 助かった?何で?


 モフっと落ちたぞ?


 あ、なんか毛むくじゃらのデカイ動物の上に落ちたらしい。

 何だ?熊か?いや、犬っぽいな、でも体長四メートルを超える犬っているのか?


 間違いなく食い殺されるパターンですね、あれ?襲って来ないの?ああ、俺の鉈が頭に刺さってますな。


 軽く手を合わせてから鉈を引き抜くとデカイ犬の額に赤い石が嵌っているのが見えた。


 最近の犬はオシャレさんが多くて飼い主がピアスを施したりして、SNSでも問題になったりしてましたがこのデカイ犬もそれ系なのか?かなりデカイ石だ。リュックサックに入っているタケノコと同じ位の大きさだな、ほらピッタリ十五センチから二十センチってところだろう。


 巨大な犬の死骸にタケノコを押し付けいると、額の石がコロリンと地面に落ちた。


「あ……」


 まあ、飼い主さんが探していたら困るので一時預かりとして交番に届けておきましょう。

 赤い石をポケットにしまいこんで改めて周りを見渡すと、根曲り竹の群生地はどこにも無くて、見た事も無い植物があちこちに生えている。


 北海道の寒村近くの山奥では無くて、どう見てもトロピカルなイメージの植物がたくさん見えるのは気のせいか?パステルピンクの椰子の木はトロピカルとは言わないか?まあ、迷子な状態は変わりないので体力の続く限り歩き続けよう。早く帰りたいしな。

 体感時間で一時間は歩いた頃に、少し開けた場所に大きな切り株があるのが見えた。


 しめた!年輪の幅を見る事によりどっちが北か南かを知る事が出来るぞ!

 北か南かを知っても迷子は迷子なんですけどね。


 切り株に向かって歩き出した途端上から何か気配を感じて立ち止まり、そっと上を見て見ると十メートル位上空に手足を伸ばした子猫のシルエットが浮かんでいた。


 ゆっくりゆっくりと空から降りて来る子猫は、スカイダイビングでもしてるかの様な姿勢で切り株の上に降りたった。

 猫は高い所から降りるのが上手いとは知っていたが、野生ともなるとここまでふわふわ降りれる物なのか?

 真っ黒子猫が切り株の上でキョロキョロと辺りを見回すと、すっくと二本足で立ち上がる。

 額にはさっきの巨大犬の様に青い石が嵌っており、子猫の周りの空気が若干光っている様に見えた。


 これスピリチュアルなアレだ。

 見つかるとろくな事にならない感じのアレだ。

 そっとこの場を立ち去って気が付いたら元の場所に戻っていて、数年後に居酒屋で酔ってこの話をする的なアレだ。

 そのまま後ずさりしてこの場を立ち去ろうとした時、子猫はおもむろに喋り出す。


「あー。あー!」


 びくりとして身体を硬直させて子猫を見ているとまだ続きがあった。


「アメンボ赤いなアイウエオ」

 発声練習?子猫が喋った?


「カメンボ硬いなカキクケコ」

 カメンボって何だよ!しかも硬いのかよ!


 ダメだここで突っ込んでしまったら見つかってしまう。


「あーあー。滑舌は完璧だニャ!」

「ーーーー!」

 だニャって言った!何処が完璧なんだよ!


 いやいやここで突っ込んだらダメだ!最愛の妻を死後の世界まで迎えに行って、最後の最後で我慢しきれずに突っ込んでしまい、永遠の別れをむかえてしまったと言う悲しいお話があった気がする。

 我慢するんだ!


「♩らー」

 ん?子猫が歌い出したぞ?聞いた事のあるメロディだな。

「僕の〜お墓の〜ま〜えで〜♩」

 子猫が熱唱し始めたぞ。

「ふふふふふーふふふーふー!♩」

「歌詞知らんのに熱唱すんのかい!」


 しまった!突っ込んだら負けなのに突っ込んでしまった。

 子猫がじっとこちらを見つめている。


「僕の声が聞こえるの?」

「いえ……」

「……」


 あ、ヤバいヤバい……子猫相手にこんなにビビる日が来るとは思いもよらなかった。

 切り株の上にいた子猫が音もなく俺の目線の高さまでふわりと浮き上がる。

 これマジでアレな奴です!


「今からそっちに行くから逃げないでね」


 怖!めちゃくちゃ怖いです!ここはそう!アレだ見えないフリを決め込むが吉です!

 浮き上がった黒い子猫がこちらに向かって空中を移動して来る。

 平泳ぎで……。


「平泳ぎかよ!便利なんだか不便なんだか解らない能力だな!」

「やっぱり!姿も見えるんだね!」


 ヤバいバレた!逃げるか?

 あのスピードなら振り切れるかも知れない。

 もう一度子猫の方を見るとスピードが上がっている。

 何故だ?

 見事なクロールでこちらに向かって来ているからだ。

 ヤバい追いつかれる、更にスピードを上げて逃げ出すと子猫はバタフライに移行した。

「クロールからバタフライの移行がスムーズすぎるわ!」

「わーい」


 こちらのツッコミにも構わず嬉しそうな歓声をあげて泳いで来る子猫。


「まってー!まってくれないと……ブチコロスぞ?」

「お待ちしておりました」


 俺が脚を止めてうやうやしく頭を下げると子猫はポフンと頭の上に着地した。


「初めまして。僕はヤマザキハル!火と風の精霊だよ!僕の事はフレンドリーにヤマザキって呼んでね」

「そっちかよ!俺は片石って呼んでくれ」


 俺たちはお互いに名字を名乗り合い、頭を下げた態勢のままでは若干厳しいのでヤマザキに頭から降りてもらった。


「ええと……取り敢えずはスピリチュアルな出来事に慣れていないので、その、精霊さん?て、どう接したら良いのかよく分からないんですが、敬ったら良いのか、恐れたら良いのか、どうしたら良いのでしょう」


 取り敢えず最初の木の切り株に腰を下ろし、ヤマザキを膝の上に置いた状態で話しかけた。


「僕達精霊は人の目に触れる事は滅多に無いからね、ごく稀に僕らの言葉を聞き、僕らの姿を見る事が出来て、精霊と契約を結ぶ事が出来た人間の事を精霊術師と呼ぶんだよ。だから気軽に敬ったら良いよ」


「はあ、成る程」


 ヤマザキが先程からチラチラとこちらを見ている。


「精霊術師は精霊の力を借りて魔物を討伐したり、人を癒したりして人間社会の中ではとても優遇されているんだよ」


「はあ、そうなんですか」


 チラチラが激しくなっている。


「ハンターギルド調べで、女の子にモテる職業五年連続一位らしいね」

「ハンターギルドってなんです?後、魔物って言ってましたけど魔物って幽霊とかの事ですか?」


 ヤマザキは目を見開くと何か一人でブツブツと呟き始めた。


「カタイシはひょっとして異世界から来たのかな?」

「失礼ですよヤマザキ君、いくら北海道がツイッター上でドン引きされる様な気象ツイートばかりしてるからって、異世界呼ばわりはないんじゃかな?」


 ヤマザキが器用に腕を組んで、訳知り顔で頷いている。

 あ、この猫ウザい系のアレだ。


「ははーん、やっぱりだね。道理で精霊が見えると思ったよ。いいかい?カタイシ君、この世界は剣と魔法に満ちあふれた無慈悲な世界なんだよ。二百年位前に一度言葉を交わした精霊術師が日本て国からやって来た人でね、猫は喋らない国の人だったらしいよ」

「異世界ってあの最近流行りの?それよりも此方の世界では猫が喋るんですか?!」

「猫が喋る訳無いじゃん」

「……」

「それよりも魔法も使えない状態でこんな山の中をさまよっていたら、あっという間に食べられちゃうね、それこそ精霊術師でもない限りね」


 チラチラがまた始まる。


「はあ、そうなんですか」

「だけどカタイシはツイてるよ!ここにたまたま偶然に精霊が居て、しかも人間の言葉を喋って意思の疎通が可能な物知り精霊と来たもんだ!それほど人間の言葉に興味もなかったんだけど、たまたま喋れるこの僕がね!」

「発声練習してたよね?」


 ピシリと固まりゆっくりと目を逸らして行くヤマザキ。


「ヤマザキ耳が赤くなってますよ?」

「うるニャイ!」


 あ、噛んだ。


「とにかくだニャ!カタイシはここで精霊契約をしておかないと、この森から出る事も出来ずにピンクの椰子の木の肥料になってしまう無慈悲な世界に放り込まれしまったんだニャ」


 しかしヤマザキの話をそのまま鵜呑みにして良い物だろうか?発声練習を見られたと解った途端コテコテの猫訛りで喋り出すあざとい子猫は信用に値する子猫なのか、もしここが本当に異世界だとしたら右も左も分からない世界でなんの知識も無い男が一人きり、何とか金を稼いで奴隷ハーレムをとか言う人も居るかも知れないが、奴隷が買えるって事は常に奴隷として売られる危険も孕んでいるって事だ。


 一文無しの中年現代っ子マジで奴隷五秒前。


 もしヤマザキの言う事がデタラメで山を抜けたら北海道の片田舎遠軽町だったとしたらどうだろう?アレ?どちらにしてもヤバい状況だな、ピンクの椰子の木が育つ山の中で言葉を喋る子猫の妖精を拾ったとか言った日には、来年から年賀状が届かなくなる事請け合いですな。


「あー、ヤマザキさん?契約の内容ですが、書面で頂く事は可能でしょうか?」

「この可愛らしい肉球に文字をしたためろとカタイシは言いますか?」


 無理そうですね……


「契約とは一方的に利が有る物では無く、相互に利が有るのが理想だと思うんですよ。ですから契約を結ぶ事によりお互いどう言う利益が有るか、不利益が有るかをキッチリと確認したいんですよ」

「つくづくファンタジーに向いていない性格だニャ」

「契約内容を確認しないで魔法少女になって大変な目に合う少女も世の中には居るらしいので」


 俺は子猫相手に一歩も引かないタフネスさをアピールする。


「精霊の寿命はほぼ無限ニャ、だから多少不利益を被る契約内容でも人間の寿命から比べたら、気分の悪いアルバイトリーダーの下で日雇いバイトをする程度の期間にしか感じ無い物だニャ、オーソドックスな契約としては精霊術師の魔力をちょいと頂いて、普通の魔法使いには使えないトンデモ魔法を術師の代わりに精霊が行使するのが精霊魔法だニャ」

「それだと精霊達には何のメリットも無いですよね?」

「そう言えばそうだニャ、じゃあこうしよう。今精霊界は真っ二つに別れて争っているニャ」

「なんか唐突ですね」

「敵は極悪非道の限りを尽くし、各方面に迷惑をかける悪の軍団その名も『紅組』」

「ぐっとスケールがダウンしましたよ?」


 ヤマザキは何も解っていないと人を小馬鹿にした様な笑顔を見せた。


「まあ、カタイシには無理だとは思うけど、死ぬまでの間に『紅組』精霊の印、精霊石を一つ僕に献上する事!契約期間はカタイシが死ぬまで!」

「精霊から精霊石を取るのって大変なんですよね?」

「うん大変だから今回は特別に『ヤマザキハルのポイント祭り』と称して魔獣を倒す毎にポイントをあげるよ、そのポイントによってこの無慈悲な世界を生き抜く為のお役立ち技能をプレゼントしちゃうニャ!」


 お皿とか小鉢とか貰えそうなお祭だな、それにしても子猫にドヤ顔を決められている中年男、この屈辱を晴らすには契約するしかありません。


「解りました。契約しましょう」

「む?ようやく僕のお得さに気付いたかニャ?じゃあ早速人差し指を出すニャ」


 なんかアレですか?霊的なアレでポワンと魔力を放出的な。早速俺は人差し指を子猫に向けて差し出すと、霊的なアレを期待する。


『ガリ!』

「ギャアああああああああ!」


 引っ掻かれましたよ!


「何すんじゃあこの毛玉があ!」

「血の契約ニャ」


 厨二臭い事言いやがって、頭に来たのでヒゲを引っ張ってやりました。


「いやいやホント、コレが契約なんスよ、この傷が他の精霊に対して契約済みの証になるので、いやヒゲは勘弁して下さいニャ」


 ヒゲは嫌らしい。


「それでヤマザキ、精霊石を献上するとポイントはどれ位貰えるのかね?」

「契約した途端物言いが偉そうになったニャ、その辺の魔獣と比べると雲泥の差だから五百万ポイントをあげるニャ、まあ最初は小さい事からコツコツとって女神ヘレン様も言っているから焦らずザコ狩に徹すると良いニャ」


 女神ヘレン様か、大物漫才師の嫁さんみたいな名前だな。


「精霊石ってのはどんな形をしているんだ?俺知ってるかも知れない」

「僕の額にハマっている石が見えるかニャ?僕は神の使徒光の軍勢『青組』だから青い石だニャ、『紅組』の精霊は赤い石がハマっているからそれをほじくり出して僕に渡せば良いニャ」


 ヤマザキの額には三センチ程のショボくて青い精霊石がキラリと輝いている。


「精霊は死なないんだよな?」

「石が外れれば依り代は死ぬけど、精霊は石の中で生きているニャ」


 なるほど、それなら納得。


「その精霊石とやらはこれくらいの大きさだと価値は変わって来たりするのかな?」


 俺はリュックの中から十五センチ程の根曲り竹のタケノコを取り出した。


「こんな大きさの精霊石は大精霊しか居ないニャ、もし取って来れたら僕は大精霊になれちゃうからカタイシはその日から大精霊術師になっちゃうニャ!ニャッハハハ!」


 人の膝の上でお腹を抱えて大笑いをするヤマザキの目の前に、先程デカイお犬様の額からこぼれ落ちた二十センチ程の赤い石を突き付けた。


「カタイシ様何なりと御命令を」

「変わり身早いな」

「どこで盗んだニャ!いやどうでも良いから僕によこせ下さい」

「ポイントが先だ」

「六百万ポイントニャ」

「九百万」

「七百万ニャ」

「八百万」

「七百五十万ニャ」


 俺がヤマザキと握手するとヤマザキは赤い石を引っ手繰る様に取り上げた。


「いっただきまーす!」

 ヤマザキが凄い勢いでガリゴリと石を咀嚼して飲み込んでいくのを呆然と見ていると、ペロリとたいらげたヤマザキが説明を始める。

「こうやって精霊石を食べる事によって精霊は自分の格を高めて行くんだニャ、そろそろ僕の身体にも変化が来そうだニャ」


 ヤマザキの全身の毛が逆立ち始めてパキパキと身体のあちこちから音がなり始める。なんかヤバい予感がするぞ?急激にデカくなり出したり大暴れしてお尋ね者になっちゃうのは全力で避けたいです。


「フー!フーッ!」


 うわ!ヤマザキがなんか獣っぽい息使いを始めたぞ?正直引いてます。


「はあああ!ハッ!」


 マンボNo.5の掛け声でヤマザキの尻尾が二股に別れた。


「終わりだニャ」

「変化薄!」

「大精霊に向かって変化薄いとは失礼だニャ、でもこれで『青組』のリーダーに小言を言われなくて済むニャ」

「なんだ?リーダーに目を付けられているのか?」

「精霊戦争は全力で避けていたからニャ」


 ヤマザキは恥ずかしそうに頭を掻いている。


「でもこれで矢面に立つ人間が出来たから精霊戦争に革命を起こせるニャ!」

「争い事は全力で避けたいでござる」

「とんだヘタレを掴まされたニャ!」


 自分の事を棚に上げて俺の拾った精霊石で大精霊に成り上がった猫が一丁前の口をきくのでヒゲを引っ張ってやる。


「生意気な事を言うヒゲはこのヒゲか?」

「ヒゲは勘弁して下さいヒゲは勘弁して下さい」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る