第47話 パーティーのはじまり

『ピンポーン』


 翌朝、とうとうパジャマパーティー当日がやってきた。

 インターホンが鳴ったのは、起きてから朝ご飯を食べて、布団と座布団を干し終えて一息ついていたタイミングだ。

 どうやらさっそくお客さんが来たらしい。正直もうちょっと休憩していたかった。


「へいへい」


 玄関のモニタを覗くと、静の顔がドアップで映っていて何かをしゃべっている。

 後ろには千亜季と佳織がいるが、こちらは大人しいもんだ。

 通話ボタンを押していないので何を言っているか聞こえてはこないが、なんとなく『圭ちゃん起きてるー?』的なことが言いたいのだろう。

 玄関モニタは見るだけでスルーし、そのまま玄関を開け三人を出迎える。


「おはよう」


 外は雲一つない快晴だ。

 お泊まり会で特に何をするという予定も立てていないが、出かけるのもいいかもしれない。


「圭ちゃんおはよう!」


「おはよう圭一」


「……おはよう」


 三者三様の挨拶が返ってくるのもいつも通りだ。


「大きいおうちだねー」


 玄関をくぐって周囲をキョロキョロと見回す静と千亜季。そういえばこの二人は俺の家に来るのは初めてだったか。

 普通一人暮らしの男の家に遊びに来るとかそうそうあるもんでもないだろう。


「ホント、佳織ちゃんの家から近いね」


 静と千亜季は佳織の家に寄ってから来たんだろう。徒歩三十秒というのは伊達ではない。


「いらっしゃい」


「「お邪魔しまーす」」


 すでに玄関に出してあったスリッパを履いていく三人だったが、最後に佳織がスリッパを履いたところで動きを止める。


「圭一にしては今日はやけに準備がいいじゃない」


「うん? 友達が遊びに来るんだから当たり前だろ?」


 と言うかお前はだいたいいつも勝手に上がり込んでくるだろうが。スリッパも勝手に履いてるし。


「そういうことじゃなくって」


 何か不満そうな佳織だが、先に家に上がって行った静たちを放置しておくわけにもいかない。

 まぁ幼馴染に細かい気づかいは不要だろう。

 声に出しては言わないが、不満顔はスルーして静たちを追いかけてリビングへと向かう。


「へー、思ったより片付いてるじゃん」


「いや、リビングが散らかってるとかありえんだろ」


 意外そうな声音だが、自分の部屋じゃあるまいし、さすがにリビングはそれほど散らかったりはしない。


「……もしかして佳織ちゃんが片付けてるとか?」


「な、なんであたしがそんなことしなくちゃなんないのよ」


 さすがに俺も、幼馴染に自分の部屋を片付けてもらうほど落ちぶれていないぞ。


「そこはほら、幼馴染のよしみってやつ?」


「そんなわけないじゃないの」


「あはは!」


「もう! ほら、圭一の部屋に行くわよ!」


「あ、ちょっと待ってよ」


 一言だけ告げると、俺を差し置いて佳織はさっさと二階へと上がっていく。二人も後を追いかけて行けば、リビングに取り残されるのは俺だけだ。

 肩をすくめて軽くため息をつくと、冷蔵庫を漁って500ミリリットルのペットボトルを適当に四本手に取ると、俺も自分の部屋へと向かう。


「……思ったより女の子っぽい部屋じゃない」


「うん。……もうちょっと散らかってるのかと思った」


 今の自分の部屋へと入ると同時に、二人から心外な感想をいただいてしまった。


「いやいや、……俺を何だと思ってんだよ」


 抱えていた四本の飲み物を小さいテーブルに置きつつ、床へと座り込む。

 種類がバラバラなので『好きな奴をどうぞ』と一言を添えると、みんなでお礼を言いつつ好き好きに取っていく。


「……元男の子?」


 首を傾げながら答えたのは千亜季だ。

 あぁ……、そういえばそうだった。今はこんな姿だけど、そう言えば俺って男だったな。

 いや忘れてたわけじゃないが、こいつらと一緒に行動してるときは『元男』という意識がないのは確かだ。

 自然体でいられるということなのか。まぁ悪い事ではないだろう。


「あー、うん、確かにそうだな」


「うん。だから男の子っぽい部屋が見れるかもって、ちょっと期待してたんだよね」


 そういうことか。確かに異性の部屋に入るってそうそうないし、気になるのは仕方がないのか。

 ……そういえば俺も、佳織の部屋に入ったのはかなり久しぶりだった気がするし。


「元々の俺の部屋ならちゃんと別にあるぞ」


「えっ!?」


「……そうなの!?」


 俺の言葉に目を爛々と輝かせる二人。まさにキュピーンという効果音でも聞こえてきそうなほどだ。

 そんなに俺の部屋が見たいのか……。うーん、逆を言えば確かに、俺も二人の部屋がどんなものか気にはなる……かも。ちょっと参考になるかもしれんし。いや、少なくとも佳織の部屋よりはよっぽど参考になりそうだ。


「見たい見たい!」


「……この部屋じゃなかったんだ」


 静が朝からうるさい。いやもうわかったから名前の通りにしててくれ。


「へいへい。俺の部屋はこっちだ」


 一本余ったペットボトルの蓋を開けて一口飲むと、男の時に使っていた部屋へとみんなで向かう。

 同じ二階の部屋なので近いものだ。廊下へ出てもう一つの自分の部屋の扉を開く。


「おお……?」


「……思ってたより普通」


 そこは男だったときの俺の部屋だ。シンプルにベッドと机が置いてあるだけだ。クローゼットを開ければそれなりに入ってはいるが、パッと見た部屋にはあまり物は置いていない。

 まぁ女になってから一度、掃除と整理したせいもあるけどな。


「……当たり前じゃない。圭一の部屋が面白いわけないでしょ」


 ……言い方はあれだがおおむねねその通りだな。

 最後に入ってきた佳織のセリフに、俺は肩をすくめて同意しかできなかったが。


「……いやでも、いろいろ探せば何か出てくるかも」


 しかし静はそうは思わなかったようだ。ふんすと鼻を膨らませて何やら意気込んでいたのだった。

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