第32話 告白
「ご、ごめんなさい……」
はー、やっと落ち着いた。
今は剥ぎ取られた下着をつけなおし、服を着たところだ。
「謝るくらいなら最初からしないで欲しかったかな」
いろんな感情が入り混じってあんな目に遭ったせいか、気が付いたときには泣いていたのだ。
まぁそのおかげでちょっと正気に戻れたとも言えるが。
しかし危ないところだった……。自分の中で新しい扉が開いたかと思ったぜ……。まさか女の子に襲われて――いや待てそれ以上言っちゃダメだ。扉が開ききってしまう。
と、ここにきて最悪の予想が鎌首をもたげてきた。
虎鉄がヘンタイになったのは俺のせいではないか疑惑だ。
中学時代、プールの授業で水着に着替えている時に、ふざけて虎鉄のパンツをずりおろしてやったことがあるが……。
いや待て、ヤツの性癖を知ったのはその後だ。もし俺が原因ならロリコンなんぞになってないだろう。
うん、きっとそうだ。俺のせいじゃねぇ。
……それにしてもまさが自分がやられる側に回るとは思っていなかったな。
心の中で言い聞かせ、額の汗をぬぐい、表情に出ないように気を付けながら服装を整えていく。
今日の服装は淡いグリーンのキュロットスカートにグレーのタイツと、トップスには片方だけ肩が出るくらいに襟ぐりが大きく開いた長袖シャツといった姿だ。
「ところで五十嵐さん……?」
「はい? ……えーと、そういえばどちら様です?」
腕を組んで相変わらずの無表情の黒髪に返答しようと思ったが、名前がわからん。茶髪もそうだけど、誰だっけ?
さすがに隣のクラスの女子まで把握できてはいない。
「ああ、私は
「わ、わたしは
なるほど。黒髪が冴木で、茶髪が滝本ね。
冷静な冴木とは対照に、滝本は顔を赤くしてひたすらもじもじしている。自分がやらかした行為に悶えているんだろうか。
だからなぜやったとあれほど――。
「お嫁に行けないって言ってたけど、行くつもりだったの?」
俺が心の中で小一時間説教を始めようとしたところに、冴木の質問がかぶせられた。
「あぁ、あれはなんというか、その場のノリかな」
「はぁ?」
「ほら、『もうお嫁に行けない』って言ってみたいセリフの上位に入るみたいな」
こればっかりは男には言えないセリフだからな。あとは『くっころ』か。……使いどころがわからんが。
「……」
俺の言葉に沈黙で返してくる冴木。どうやら見た目通りに佳織とはタイプが違うらしい。
「で、確認してどうするつもりだったんだ?」
「えっと……、あの、……その」
ぼそぼそと小さい声を出したのは滝本だ。こっちの子が知りたそうだったはずだが、やっぱり目的は見えない。
「ほら」
言いづらそうにしている滝本を、またもや冴木が小突いている。
「何か文句があるならしっかり聞くけど」
両腕を胸の下で組んで待ち構える。
「ち、違うの!」
だけど俺の言葉に勢いよく首を横に振りながら否定する滝本。授業中に睨みつけてきたから、てっきり文句があるのかと思ったんだが。
よくわからなくて首を傾げていると、滝本の顔がさらに赤くなってきた。
「えっと、その……」
それでもなかなか口に出せずにいる滝本に、さすがの冷静な冴木も苛立ってきたんだろうか。
表情は変わっていないが、組んだ両腕の右手人差し指で、自分の左腕をトントンとし始めた。
「まどろっこしいわね……」
とうとう我慢できなくなったのか、滝本の両肩をガシッと掴んで俺の方へと押し出してくる。
「えっ? ちょっと?」
「
「――はい?」
「ちょっと!
目が点になる俺に、必死に否定する滝本。
なんだって? 俺のことが好きだった? うん? いや少なくとも文句を言いたいわけじゃないことはわかった。
「違わないでしょ。結局五十嵐くんは女の子だったわけだけど、それで好きじゃなくなったの?」
「……え?」
冴木の言葉に真っ赤な顔をしたまま目を見開いてこちらを凝視する滝本。
いやいや、俺のことを好きな女の子がいるだって? マジかよ……。
今まで女子に告白なんぞされたことはないが、そうか……。
思わず目の前の滝本を凝視してしまうが、うん、よく見ると可愛いかもしれない。
染めたと思われる茶髪のショートヘアーに、くりくりとよく動く瞳が活発さを表しているようだ。体操服姿なのも相まって、運動は得意そうに見える。
……って体操服のままだったな。早く戻らないと昼休みが終わりそうだ。
「そんなことは……ないけど……」
ふと冷静になれた俺ではあるが、滝本は俺を見つめながら徐々に頬を染めている。
うーむ。女の子に好きと言われて嬉しくないわけじゃないが、それはそれで困ると言うかなんというか。
今の俺は女の子だが、じゃあ男と女どっちが好きなのかと問われても、正直分からない。
「だったらいいじゃない」
「うー……」
何も問題ないとでも言う表情で肯定する冴木に、考え込んで唸っている滝本。
「ほら」
って何を急かしてるんだ。
「あの……」
まさか付き合ってくださいとか言うつもりじゃねーだろうな……。
と想像したときに、なぜか一瞬だけ佳織の顔が浮かぶ。……なんで佳織が出てくるんだ。
「お、お友達になってください!」
そう言って腰を90度曲げると右手を差し出してきた。
お、おう……。そうきたか……。
それくらいならまぁ……。
「うん。よろしく」
俺は恐る恐る滝本の手を握ると、その後ろに立っていた冴木へと視線を向けるが、なぜか残念そうな表情だ。
手を握られた滝本は勢いよく顔を上げると、パアッと満面の笑みに変わっている。
「あ、うん! こちらこそよろしくね!」
「じゃあそろそろ戻ろうか」
しっかりと握手をした後に二人にそう告げると、先に更衣室から出る。
が、そう言えば言い忘れたことがあった。
「ああそうだ」
二人へと振り返ると声を掛け。
「なに?」
小首を傾げる滝本に、口角を上げて俺は一言呟く。
「責任はちゃんと取ってくれよ」
固まる滝本を置いて、俺は一人教室へと戻るのだった。
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