第22話 妹にはノータッチで
ヘンタイと遭遇したその日の放課後。ホームルームも終わり帰り支度をしていると、またもや俺を訪ねて来るヘンタイに出くわした。
「おう、圭。一緒に帰ろうぜ」
さりげなく誘ってくるとは。お前は昼休みにやらかしたことは反省してないのか。
しかも俺の名前が省略されてるし。女子生徒に『圭ちゃん』と言われるのは慣れてきたが、お前にそう呼ばれるのは違和感ありまくりだ。
「ちょっと柴山くん。圭ちゃんはわたしたちと一緒に帰るのよ」
「そうよ。だからヘンタイはさっさと退散しなさい」
静がなぜか俺をかばうように前に出て断りを入れ、佳織に至っては虎鉄をヘンタイ呼ばわりして、手で追い払うようにジェスチャーまで加えている。
「ええー、いきなりヘンタイ呼ばわりはひどいなぁ」
ふむ……。佳織にヘンタイ呼ばわりされたがいつもの反応だな。今日の昼休みの出来事は一体なんだったのか。
「……ちょっと、アンタの言ってたことと違うんだけど?」
同じことを思ったのか、佳織が俺に耳打ちをしてくる。
というのも、虎鉄が罵られて喜ぶ体質になったのかもと広めたのは俺だけど。
中学時代のツレということは、幼馴染である佳織ともある程度交流があるのだ。俺の言葉だけでは納得できなかったので実践してみたんだろうが、俺が嘘をついたように見えたのかもしれない。
あ、ちなみに佳織は虎鉄の性癖については知らない。
「いや……、そんなはずはないんだが……。いやでもむしろヘンタイじゃなかったと喜ぶべきか?」
俺の勘違いならいいんだが……。
などと首をひねっていると、虎鉄が静と佳織を押しのけて俺の方までやってきた。
「いやいや、オレは圭と一緒に帰りたいんだって。……ほら、旧交を温めたいじゃん?」
そんなことを言いながら俺の肩に手を回そうとするので、逃げるように一歩後ろへと下がり。
「……寄るなヘンタイ」
「――はぅっ!」
今度こそ俺の言葉に虎鉄が胸を手で押さえ、よろよろと後ろへとよろめく。
……が、その表情はなぜか恍惚としているように思えてならない。
というか俺の言葉だと効果があるのか? まったくもって意味が分からんぞ。
そんな虎鉄の様子を見た佳織が、俺と虎鉄の間に割って入ってくると俺の耳へと顔を寄せて来る。
「……ちょっと、どういうことよ? アンタの言葉だと効果あるの?」
「そんなのわかんねーよ。俺が教えて欲しいくらいだ」
こそこそと相談し合う俺たちに、ちょうど後ろから声が掛かった。
「あー、なんだかよくわからんが……、大変だな」
俺の後ろの席の木島祐平だ。帰り支度をしながらこっちの様子を見ていたらしい。あれからほとんど会話をすることはなかったが、さすがにこのヘンタイにはツッコまざるを得なかったか。
「そう思うならアイツをなんとかしてくれ」
「……すまん。俺には無理だ。……じゃあな」
期待をせずに頼んでみたが、やはり無理だったらしい。祐平は逃げるようにして虎鉄を迂回して教室を出て行った。
「薄情者め」
とりあえず祐平に文句だけは言っておくが、それよりも今は虎鉄だ。何やら胸を押さえながらブツブツ言ってるが、どうしてこうなった。
「うわー……、ホントにヘンタイじゃん……」
そんな様子を見た静も思わず呟いてしまうほどだ。たぶんその言葉が虎鉄にも聞こえたのだろう。
ゆっくりと顔を上げると、落ち着いた表情で静のほうに顔を向けている。
聞こえてたとは思っていなかったのか、静が引きつった表情で一歩引いて身構えている。
「ヘンタイとは失敬な。……俺は圭と一緒に帰りたいだけなのに」
およよと泣き崩れる真似をする虎鉄。しかしこのふざけ具合はいつも通りとも言える。
静の言葉はなんともないのか……。こうなったらとことん実験するしかない。
俺は虎鉄の向こう側でこちらの様子を窺っている千亜季を、チョイチョイと手招きしてこちらへと呼び寄せる。
「……どうしたの?」
巻き込まれるのが嫌なのか、微妙な表情をしながらもこっちにきてくれる千亜季。
すまんね。今度パフェ奢るからちょっと実験に付き合って欲しい。
「ちょっと虎鉄を罵って欲しいんだけど」
「……えっ!?」
千亜季の耳元で虎鉄には聞こえないようにそう伝えると、千亜季が目を見開いて俺を凝視してきた。
「いや、みんなで攻めれば帰ってくれるかなって」
「……ええぇぇぇ!?」
「なんだよ圭。ないしょ話とは水臭いなぁ」
腕を組んで俺を熱い瞳で見つめて来る虎鉄。……なんか俺だけ視線の種類が違わね?
ふと浮かんでしまった疑惑を確かめるべく、俺は千亜季に懇願する。
「いやちょっと『ヘンタイ』と言ってくれるだけでいいんだ」
「……ど、どうして?」
なんとも困った表情で俺を見つめる千亜季だが、あぁ、なんかその表情もいいな。……いやいや、じゃなくて。
「いやちょっと……、確かめたいことがあってね……」
言葉と共に虎鉄へと顔を向け、眉間にしわを寄せて見つめ返しながら、千亜季にそっと呟く。
しばらく間があったが、意を決したらしい千亜季が「わかった」と言いつつ俺に近づいてきたかと思うと、俺にぎゅっと抱き着いて。
「えっと……、ヘンタイは帰ってください」
そのまま虎鉄へと顔を向けると、控えめに虎鉄を罵倒するのだった。
えーっと、なんで俺に抱き着く必要があるんですかね。
「そうよ! わたしの圭ちゃんはあなたなんかに渡さないわよ!」
なぜか静も俺に抱き着いてきたかと思うと、虎鉄に対して威嚇している。
「なんだよみんなしてヘンタイヘンタイと……」
千亜季の言葉にも一瞬顔をしかめるが、やはり俺を見る目がヘンタイになっている。
「あー、こうして見ると……、圭、お前ちっさいなぁ」
うっせーな。小さい言うんじゃねぇ。
――ってもしかして。
俺はとあることに気付くと、改めてみんなの身長を比べてみた。
虎鉄は小柄だが、俺よりも背が高い。その虎鉄の身長を他の女子生徒と比較すると……、虎鉄より背が低い人間が見当たらない……だと?
そんでもって虎鉄は確か――妹キャラ好きのロリコン。
この間の健康診断のときに、小学生並みの身長と言われたばっかりの俺としては、断固として否定しておきたいところなんだが、どうにも状況が状況だけにやっぱりそうなんだろうか。
……いや、だとすればこの言葉が虎鉄には効果があるはずだ。
ゆっくりとこちらに近づいてきて手を伸ばしてくる虎鉄に向かって、俺はひとこと言ってやる。
「ノータッチじゃなかったのか、ヘンタイ」
俺の言葉に虎鉄の動きが止まる。
認めたくなくて思わず前半の言葉を言わなかったが、虎鉄には通じたのだろうか。それとも俺の『ヘンタイ』という言葉に反応したのか。
しばらく待っていても動きがなかったので、俺たちは顔を見合わせて帰ることにする。そもそも一緒に帰るつもりがなかったので放置でも問題あるまい。
外へ出ようと虎鉄を迂回し、教室の扉まであともう少しというところで、復活したらしい虎鉄の声が後ろから聞こえた。
「うへへへ、そうだな。……妹はノータッチだよな。うへへへ」
やべー、ヘンタイに加えてそういえばロリコンだった! これはマズイ! 非常に身の危険を感じる!
俺はその言葉を聞いた瞬間にぶわっと噴き出る冷汗を感じながら、後ろを振り返らずに歩くスピードを上げた。
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