第19話 無口な内科検診

「圭ちゃん、軽すぎっ!?」


 早速入ったツッコミは静だ。

 俺の後ろから用紙を覗き込んでいるんだが、勝手に人のを見るんじゃない。


「もうちょっとご飯食べなさいよー。この身長は小学校六年生くらいの平均じゃないかしら」


 ――なんだってっ!!?


「――ぶふっ」


 おばちゃんの衝撃的発言にショックを受けていると、近場から誰かの噴き出す声が聞こえてきた。

 誰だ笑いやがったのは……って佳織かよ!

 振り返るとすでに計り終わった佳織が口を押さえて笑いをこらえている。


「笑うんじゃねーよ!」


 佳織のくせに俺を笑うとは生意気な。

 むしろ俺はドヤ顔で佳織を睨みつけてやる。


「どうしたの? ぼく?」


 全く怯まずに、非常にイラっと来る口調で俺を子ども扱いする佳織に向かって俺は言ってやる。


「俺より重いくせに偉そうじゃないか」


 ますます調子に乗って俺の頭を撫でようと伸ばした手がピタリと止まる。


「な……、何よ! アンタに勝てる人間なんて、ほとんどいないじゃない!」


 かと思えば、太ってるとでも言われたのかのように、顔を真っ赤にして怒り出した。


「ふははははは!」


 高笑いを決める俺だが、なぜか静と千亜季からも冷たい目で見つめられていた。




 そんなこんなで、四人で各種検診を回って行く。

 視力も聴力も問題なし。むしろよく見えるようになっている気さえする。

 もちろん虫歯もなしだ。

 ……そして最後の内科検診へとやってきた。


「はぁ……」


 千亜季が全力で憂鬱そうだ。そんなに嫌なもんなんだろうか。ちょっと前まで男だった俺にはわからない感覚かもしれない。

 まぁ確かに、上半身をオッサンに診られるというのは嫌な気はするが、なんというか実感が沸かないのだ。

 これはやっぱり実際に体験していないからだろうか。


「もう、これで最後なんだから、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょ」


「そうそう、すぐ終わるって」


 佳織と静が宥めているが、効果は芳しくないようだ。


「……うん」


「もう……、しょうがないわね」


 そう言って静が、千亜季の前へと差し出すように俺の背中を押す。


「圭ちゃんあげるから元気出して」


 ……はぁ?


「そんなんで元気出るわけないでしょ……」


 佳織もあきれ顔だが、それに関しては俺も同意見だ。

 一体何を言い出すのかと思ったら……。静も若干行動が読めないところがあるな。


「……うん」


 しかしその静の言葉に、さっきの「うん」よりも感情がこもった返事が返ってくる。

 のろのろと俺に近づいてきたかと思うと……、真正面から抱きしめられた。

 千亜季のたわわなおっぱいが俺のおっぱいの上に乗っかり潰れている。これは思ったよりも激しい圧力が……。


「……ちょっ! 何やってんの千亜季!」


「はあぁぁぁ……」


 抱きしめてくる千亜季を引き剥がそうとする佳織だが、思ったよりも千亜季の力が強いのかなかなか剥がれない。


「……もう! セクハラは止めなさい……よ!」


 いや俺何もしてないし。千亜季に抱き着かれてるだけだし。


「あぁ……、圭ちゃんいい匂い……、柔らかい……。佳織もぎゅってしてみればいいのに」


 うん。千亜季もいい匂いだね? はぁ……、なんか安心するわ。俺もぎゅってしとこう。


「――はぁっ!? な、なな……、なんであたしが……!?」


 千亜季の背中に手を回していると、佳織が激しく狼狽えているのが視界の隅に映る。


「あ、あたし先に行くね!」


 そして逃げるように内科検診の行われている保健室へと入って行った。


「ツンデレか」


 そして静は腕を組みながらそう呟くのだった。




「次の方どうぞー」


 中から女性の声が聞こえたかと思うと、保健室から佳織が出てきた。


「ほら、すぐ終わったでしょ。……次アンタ行ってきなさい」


 すでに千亜季から解放されている俺に向かってシッシと手を振る佳織。


「へいへい」


 俺が内科検診とやらの様子を見てきてやりますかね。

 扉を開けて入ると、中が見えないようになっている衝立を迂回して進んでいく。

 と、看護師さんらしい白衣の優しい笑みを浮かべたお姉さんと、同じく白衣を着て聴診器を首から下げたダンディーなおじさんがいた。


「服を脱いだらここに座ってね」


 思わず足を止めた俺に、看護師さんが優しく声を掛けてくれる。


「あ、はい」


 やっぱり男の人なのか。つかこの先生渋いな。男の俺から見てもカッコいいわ。


「上は全部脱いでくださいね」


 脱いだ体操服だけを設置されていたカゴへと入れて椅子へ座ろうとした俺に、看護師さんの注意が飛んできた。


「全部ですか」


「はい、下着もです。でないときちんと検診できませんからね」


 そういうもんか。まぁそれで症状を見逃して文句を言われるのは医者だろうから、しっかりやらないといけないのかもしれない。

 それにあれだ。こんな体になったことだし、いい機会だからしっかり見てもらってもいいかも。

 そうと決まれば躊躇いはない。体操服を脱いでブラも取っ払うと、言われた通りに医者の前にもうひとつある椅子へと腰かける。

 ぷるんと露出されたおっぱいがおじさんの前に晒されるが、ダンディーな医者は表情を変えずにじっと俺の体を観察している。

 ……と、おもむろに聴診器を耳に当てると、その先を俺の胸元へと当てる。……ちょっとくすぐったい。


「はい深呼吸して」


 なぜか後ろから看護師さんの声がするので、その声に従って深呼吸する。


「次は後ろを向いて」


 またも看護師さんの言われた通り後ろを向いて、今度は背中に聴診器を当てられる。


「また深呼吸して……、はい終わりです」


 看護師さんの言葉に医者へと向き直るが、用紙へと何かを書いているところだった。

 医者はそのまま看護師さんへと用紙を渡すと、その用紙をさっと確認して俺に渡してくれた。


「特に異常はないみたいですね」


 おお、そりゃよかった。……ってかこの医者結局一言もしゃべらなかったな。


「ありがとうございました」


 そしてブラと体操服を身に着けると、保健室を後にした。

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