第2話 愛の卵

今日の石屋は暇である。


まぁ、どうせいつも繁盛しているわけではないし、暇なのが普通といっても過言ではない。


「色彩の石屋」ではインターネットでの相談・販売・来店予約も受け付けている。今日はネットの来店予約は入っていない。


「ちょっと草取りさいってくっからーーー」


地元の農協からもらったお気に入り。農薬会社のロゴの入った帽子を被り、父が店を通って外へ出ていく。自宅と店は直結しているため玄関からでも店からでも都合のいい方から外へ出られるようになっているのだ。


「おも少しは外に出て草取りでもした方がいいんでないか?」


「お客、来るかもしれないから。」


和夫かずおちゃんとこの雄介ゆうすけくんは嫁さんと孫連れて実家さ戻ってきたっていうしなぁ・・・おもそろそろ・・な??」


「父ちゃん、俺みたいな変人に嫁来ると思う?」


「まぁだまぁだ。諦めんのえから。父ちゃんも母ちゃんも早く孫の顏見てぇんだよぉ・・・。」


そう言うと父は足早に庭へと出かけていく。よくある父と独身息子の日常の会話の一つといったところである。


手のひらにのせて紫水晶アメジスト群晶クラスターを愛でる。人口的に整えられていない自然のまま切り取られたその姿。結晶部を触るとひんやり冷たい。上部に行くに従って濃く、輝きを放つ紫色を見ていると不思議と心が洗われるような気持ちになる。


「あっ、あのぉ〜・・・」


店の入り口に目を向ける。来客だ。


「いらっしゃいませ。どうぞゆっくりご覧になってください。」


このような場合、客は天然石が物珍しくて「見学に来てみただけ」というパターンも考えられるため、積極的な接客はしない。私としては何も買わなくても見た人が石達に癒されてくれるだけでもいいというスタンスであるからだ。(だから儲からないのだろう)


一人で訪れた若い女性客が自由に店を見て回る中、特に声をかけることはせず私は石を一つ一つクリーニングしていく。


「きっ、、綺麗な石ですね」


女性が目をキラキラ輝かせながら丸く加工された一つの石を見つめている。


紅水晶ローズクォーツって言うんですよ。ピンク色が可愛いって女性の方に人気ありますね〜。」


するとすかさず女性が言葉を絞り出すようにして語り出した。


「あのっ・・・このお店のこと、ネットで知ったんですけど・・・お話しながら天然石の綺麗なアクセサリー作ってくれるって・・・」


「ええ、ゆっくりとお話をさせていただきながら一緒に石を選んで作らせていただいてます」


店を始めてからすぐ雰囲気で気づくようになった。この若い女性客は何か問題を抱えた人物でありそうだ。


「私のアクセサリー、作ってもらいたいんです!!」


その瞬間、それまでおどおどとしていた女性から何か強い意志を感じた。


私は軽く頷き、接客用のテーブルへと彼女を案内する。


「母ちゃん、お客様〜」


「はいよぉ〜」


母が奥から顔を出す。


「あっらぁ〜〜素敵なお客様っ!今お茶の準備いたしまっす♪」


田舎のおばちゃんというのは多くが突然の来客であろうと客が来たことを喜び、今準備出来る限りの中で最高のおもてなしをしようとする。私の仕事の場合、長く話しを聞きながらの接客となるので、母の「田舎のおばちゃん無差別おもてなしテロ」にはかなり助けられている。


————————


「どうぞごゆっくりねぇ」


母は茶と数々の菓子類、そして自家製の煮物や漬物をテーブルに並べるとそのまま若干急ぎ足で戻っていった。大方これから世界びっくり大賞の再放送でも観るのであろう。


「どうぞ、食べながらお話していきましょう」


とりあえず取り箸で女性の分も盛り付けて渡す。


「ありがとうございますっ」


彼女が漬物を口へと運ぶ。


「おっ、おいしい!とってもおいしいですっ!!」


田舎には似合わないような清潔感のあるルックスの彼女はなかなか田舎料理を口にする機会などないのであろう。都会から来た人は大抵喜んでくれる。母に感謝だ。


「・・・何でも、お話ししてもいいんですよね?」


「個人情報はもちろん外部に漏らすことはありません。もともとお堅い職場にいたのでその点はご安心ください。」


すると彼女はゆっくりと語り出した。


彼女の名前は「紅谷べにや詩織しおり」県庁所在都市に住む28歳OL。実家住みで両親、祖父母、大学生の弟と同居している。


一見普通の可愛らしい印象のOLといった彼女だか、実は誰にも言えない秘密を隠していた。


「・・私、お腹に赤ちゃんがいるんです・・・」


「そうなんですか!おめでとうございますっ」


おめでたと聞いて私がとっさに発した言葉。

それを聞いた途端、何故か彼女の目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。まずいことを言ってしまったのであろうか。


「えっ、あっ、大丈夫ですか!」


女の涙に焦って挙動不審になったってしまった。私は母が置いていった箱の形ががボコボコになっているBOXティッシュをすかさず渡す。しかし彼女は気丈に話しを続けた。


お腹の子の父親。彼女の元交際相手は同い年。大学時代からの付き合いで結婚の約束まで交わしていたほどであった。


しかし、適齢期を迎えた彼女が結婚について積極的な態度をとるようになったため、それが煩わしくなった元交際相手から別れを告げられたのだという。


28歳、若い青年はまだ家庭というものに縛られることなく自由気ままに生きていたかったのだろうか。


子供ができたとわかったのは別れた後。既に元交際相手には新たな交際女性がいると風の噂で聞いた・・・


「彼には伝えなくていいんですか?」


「彼のそばにはもう別の女の人がいるんです。だから、もういいんです!!」


可愛らしいルックスとは裏腹にしっかりと心を決めたように彼女は言い放った。そして少し涙が残るが母としての強さを秘めた瞳で言う。


「今日は気分を切り替えてお腹の子と二人一緒に生きていくための道標になってくれるようなアクセサリーを作っていただきたいんです」


彼女の前向きな言葉は、私の心を奮い立たせるには十分すぎるものであった。


「わかりました。素敵なアクセサリー、作りましょう」


早速、準備にとりかかる


「アクセサリーですと、定番の丸玉ブレスレット・ネックレス、金属パーツ使用ブレスレット・ネックレス・リング、ペンダントトップに金属・布製のいずれかお好きな紐をお付けする・・・といったものがございますが、いかがいたしましょうか?」


「じゃあ、私ペンダントトップがいい!」


即決だ。


「では、使用する石の方はいかがいたしましょう?店内をご覧になって何か気になられた石はございましたか」


—— あの・・ピンクの可愛い石 ——


彼女は店に入ってきた時からその一つの石の輝きに完全に心を奪われてしまっていたようだ。


紅水晶ローズクォーツは、色の濃いものから薄いものまで様々あれど、全てにおいて「やさしいピンク色が穏やかに心を癒す」色彩の輝きを放っている。


紅水晶ローズクォーツですね!ではこちらでペンダントトップの素材となる石を選びましょう。」


涙のような形、ハート形、卵型、カットが施されて宝石のような光を放つものまで店には

実に多様なカットを施したペンダントトップが並ぶ。


「ふあああ・・・どれも可愛いっっ」


数多くの紅水晶ローズクォーツのペンダントトップを前に興奮した様子の彼女。


「今のご自分のお気持ちに近いものや何か頭に浮かんだイメージに近いものをお選びになと長くパートナーとして石と寄り添えると思いますよ」


彼女はすっと卵型に成形された紅水晶ローズクォーツに手を伸ばす。


「これ、この卵みたいな形のにします!」


—— パートナーが選ばれた ——


話し合いの末、石に金属アレルギーの起こりにくい素材であるステンレス製金具で天使の羽の装飾を施し、完成次第お渡しということで話がまとまった。


「完成したら宅配便でお送りすることも、直接取りに来ていただくこともできますがいかがいたしますか?」


「・・1週間後・・・迎えに来ます。」


そう言って彼女は卵型の紅水晶ローズクォーツを見つめ、まるで愛しい我が子をあやすかのように微笑んだ。



—————



今日は小雨が降っている。若干の肌寒さもあり、私は店の椅子に掛けていたカーディガンをさっと羽織る。


「今日は畑出らんないなぁ」


母が店の方に出てきて外の様子を伺う。


今日は紅谷べにや様が完成したペンダントを受け取りに来る日だ。


「(雨で足元も悪い状況だ。妊婦さんがこんな日に外出して大丈夫なのか?もし転んだりしたら・・・)」


そんなことを気にしてしまえば妊婦達は外出もろくにできないであろう。しかし、私としては、危険だらけの雨の日に妊婦が外出することが非常に恐ろしいことのように感じた。このように感じてしまうのも決して妊婦になり得ない「男」という生き物ゆえだろうか。


「石屋さぁん、こんにちは!」


聞き覚えのある声。店の入り口にはあの可愛らしい女性、「紅谷べにや様」が手を振る姿があった。


隣には、彼女を気遣うように寄り添う一人の若い青年が立っていた。


「こんにちは」


爽やかな笑顔だ。


「あ〜らぁ〜!この前のお客さんねぇこんにちはぁ!」


母がささっと家へと入っていく。「おもてなし」の準備である。


「では、こちらへどうぞ」


二人を接客用のテーブルへと案内する。



—————



「ごゆっくりぃ」


母はいつものようにテーブルに「田舎の最上級おもてなしセット」を並べ早足で居間へと戻って行く。日々の楽しみ、サスペンス劇場の再放送の時間である。


「石屋さんのお母様のごちそう、すっごく美味しいんだよ!」


彼女は瞳を輝かせながら寄り添う青年に話しかける。


「あっ、すみません。一口いただきますね」


「遠慮しないでください。沢山食べていただけると母も喜ぶので。」


とても大人しめの誠実そうな青年である。


美味しそうに、幸せそうに、おもてなし料理を食べる二人の姿はまるで新婚夫婦の食事風景を見ているかのようだ。


「ペンダントの方、お渡しいたしますね」


私は店の奥の棚から一つの白い箱を取り出す。紅谷べにや様から依頼されていた紅水晶ローズクォーツのペンダントである。


「こちらになります」


手渡された箱の蓋を開けた彼女の瞳はさらに輝きを増す。


「すっ、素敵!綺麗!可愛いっ!」


卵型のシルエットに天使の羽が飾られた薄いピンク色の輝く石。見ているだけで心が癒される。


「本当に、すごく素敵なペンダントだね」


喜ぶ彼女の顔を眺めながら青年は微笑む。


「(ところでこの二人、関係は?紅谷べにや様の新しい交際相手かな?それとも復縁?)」


私の頭の中を様々な疑問が駆け巡る。


—————


「本当に、こんなに素敵なペンダントを作っていただいてありがとうございました!お母様のごちそうもすっごく美味しくて・・ごちそうさまでした!」


石のお渡しも無事に済み、帰る二人を外まで見送る。


「本日は雨天で足元も悪い中お越しいただきありがとうございました。お気をつけてお帰りくださいね。」


私が声をかけると、彼女はにっこり微笑む。


「今日は弟が一緒についてきて来てくれたので雨の日でもへっちゃらです!」


そうか、この隣に寄り添う青年は彼女の弟であったのか。事実を知った瞬間、新しい交際相手だの復縁だのと考えていた自分の思考力の足りなさに若干恥ずかしさを覚えた。


姉を気遣いながら車へとエスコートする弟。


血でつながった姉弟きょうだい愛というものは、恋人や夫婦間の愛とは何か違う。何が違うのか、具体的に述べよと言われても私にはよくわからないが・・・。


車の窓を開け、手を振る紅谷べにや様に手を振り返す。


どうか元気な赤ちゃんが生まれますように。


彼女と赤ちゃんが幸せな人生を送れますように。


私は、ひとり親として子供を育てて行く決意を固めた一人の母親と、新しく生まれる命が沢山の愛に囲まれて歩んでいけるようにと「愛の卵」に祈りを託した。

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