1‐2

 ヨハンの魔法道具屋。

 そう看板が建てられた石造りの建物は、店とは名ばかりで、閑古鳥がよく鳴いている。

「ただいまー!」

 景気の良い声と共に、扉が開け放たれる。

 ここ半年ばかりは、もう一つ鳴き声が増えたものだが。

 入ってきたのはショートボブの髪に、ワンピースタイプの服を着て、その上に軽装の防具を付けた少女だった。

 中央に石造りのテーブル、奥にカウンターが置かれた以外には、商品棚に乱雑に様々な品物が並べられた店内をまるで我が家のように突っ切り、カナタはカウンターへと身を乗り出す。

 その店の主ヨハンは年齢は二十代中ごろだが、その落ち着いた佇まいから実年齢よりも上に見られることが多い。

 中肉中背、これといって特徴のない容姿の、ローブを纏った青年だった。

 ヨハンももともとはこことは違う世界、簡単に言うならば地球の、日本出身者であるため本来の名前があるのだが、ある理由からそれを使ってはいない。

「はい! これ!」

 元気よくカナタがカウンターに差し出した袋を開き、中身を改めるとヨハンは小さく頷いた。

「魔獣の牙に火獣の毛皮。後は壊れた武器の欠片か」

「魔法の力が込められた武器は、壊れてもまた再利用できる、でしょ?」

「そうだ。特にエレクトラムやオブディシアンは他で引き取ってくれるところなどないだろうからな。どんどん持ってこい」

「……あはは。パーティ組んだ人達からは貧乏くさいって笑われたけどね」

「言わせておくといい。笑われることで金が得られるのならそれに越したことはない」

 一度奥に引っ込み、カナタが持って来たものに対する代金を適当な革袋に入れて、小さな手の中に投げて渡す。

 その間に火を起こし、お湯を沸かしながら茶色い豆を挽く。

「珈琲? ボク、砂糖とミルク沢山入れて!」

 匂いを嗅ぎ付けたカナタが声を上げる。

「……誰もカナタに呑ませるとは言っていないが」

「えー、だってボクが来たら煎れるんだから、当然ボクの分もあるってことでしょ?」

 特に否定はせずに、珈琲を入れる作業を続ける。

「うわ、こんなに……!」

「正当な報酬だ。少し気になったんだが、他のところで報酬を値切られたりはしていないか?」

 あの日、二人が出会ってから早いものでもう半年。

 紅い月の夜に、地球から何人もの人間がこちらの世界、誰が呼んだのか『彼方の大地』に呼び出される。

 その現象については未だ何の解明もされておらず、ヨハン達はエトランゼと呼ばれ、この世界で生きていくことを余儀なくされていた。

 ヨハンに拾われて数日間は呆然自失をしていたカナタだったが、持ち前の明るさと行動力を発揮して、今では冒険者として日々の食い扶持を自分で稼いでいた。

「実はちょっとだけ」

 入れ終わった珈琲を、咎める意味も込めてカナタの目の前に強く置くと、その衝撃でミルクが入って茶色くなった液体が小さく揺れた。

「だって、お金に困ってるって言われたら仕方ないじゃん」

「既定の報酬で仕事を受けたらそれはきっちりと取り立てるべきだ。それが契約というもので、決して反故にしてはならない。特にお金が関わることならなおさら」

「それは判るけど……」

 冒険者は様々な依頼を受けてこなすことで報酬として金や道具を得る。その内容は魔物退治から街の清掃まで多岐に渡る。

 特別な手続きや技術を必要とせず、誰でも気軽に仕事を受けられることから大半のエトランゼはそこに落ち着く。

 多分に漏れずカナタもヨハンの勧めで冒険者になったのだが、お人好し故にこの世界ではそれに足を取られることも多いようだ。

「せめて誰かとコンビでも組んでくれればもっと安心なんだがな」

「じゃあヨハンさんが一緒に来てくれればいいのに」

「残念ながら店がある。ここからは離れられない」

「どうせお客さんも来ないしいいんじゃない? ガラクタいじりばっかりしてたら身体が鈍るよ」

「そのガラクタは多少なりともお前の役に立っていると思っていたのだがな」

「それはまぁ、そうだけど」

 ヨハンの店の主な収入源は、買い取った――カナタの言葉を借りるならば――ガラクタを組み合わせて作る魔法具だとか魔装具だとか、マジックアイテムだとか呼ばれる魔法の力が込められた道具によるものだ。

 いつも客入りが少なく見えるが、高値で取引されている珈琲豆をある程度仕入れることができるだけの儲けはある。

「でも本当に売れてるの? なんか高くない?」

 適当にその辺りの剣を持ち上げながらそう質問する。

「相応の価値があるものだ。稲妻の力を宿した剣は振るえば雷撃が敵に飛んでいく」

「じゃあこれは?」

 今度は宝石が嵌め込まれたブローチのようなものを手に取る。

「装備者の魔力を増幅させるアクセサリーだ。五個まで効果があって、六個目以上を付けて魔法を使えば暴走して大怪我をする」

「危ないじゃん! ちゃんと注意書きしとこうよ!」

「売るときに説明するから問題ない」

 確かに稲妻の剣にしてもブローチにしても効果のある代物なのだろうが、如何せん値段が高いのが問題なのだろう。駆けだしとはいえ今のカナタの稼ぐ給料ではとてもではないが買えるものではない。

「それが買えるぐらいに稼げる冒険者なら、別口から同じぐらいの性能の道具を手に入れているだろうからな」

「判ってるならなんか対策しようよ!」

「だから比較的安価なものも置いてあるんだろう。お前の剣だってそのうちの一つだ」

 錆避けのコーティングがされた剣や、魔法金属で作られた軽くて丈夫な装備などがそれにあたる。カナタが冒険者になるにあたって餞別代りに渡されたのもそのうちの一本だった。

「ボク、稲妻の剣がよかったなぁ」

「それも考えたが、使い方を間違えて自分か仲間を感電死させる未来が視えたからな」

「……否定はできないでどさ……」

 椅子を引っ張って来て座ると、カウンターの上にだらりと上半身を伸ばすカナタ。

「奥の工房にもっと凄そうなやつあるよね? あれは売り物じゃないの?」

「あれは作ったはいいが製作費が嵩み過ぎて幾らで売っていいか見当もつかなくなったやつだ。そのうち、何処かに卸しに行くさ」 

店の奥にある、魔装具と呼ばれる、装備者に圧倒的な力を与える全身防具も存在している。カナタがそれが欲しいと言った際には今の稼ぎ十年分の代金を要求され、諦めることとなった。

「面倒くさがりなんだから……」

「しかし、報酬はちゃんと受け取った方がいい。ただでさえエトランゼの冒険者に対しての風当たりは強い」

 これ以上店の経営の話をカナタとするつもりはないのか、半ば無理矢理ヨハンは話題を変えてくる。

「……それは判ってるけど」

 カナタの表情が暗くなる。

 彼女にも思い当たることがあるのだろう。

 この国、この世界でのエトランゼに対するもともとの住民の対応は決していいものとは言えない。

 最初にエトランゼがやって来てからもう十数年経つらしいが、それでもまだ彼等に対する差別は消えず、一部では国民としての法が適用されないところまである始末だ。

「あ、そうだ! 剣、壊れたんだった」

 腰に差していた鞘を外して、彼女の小柄な体格には不釣り合いな、幅広の剣を差し出してくる。

 見れば所々に刃毀れや欠けが目立っている。

「俺は鍛冶屋ではないのだが」

「でも直せるでしょ?」

「いい加減剣の使い方ぐらいは覚えろ。ただでさえお前は『ギフト』の使い道が今一つ判らないのだからな」

「……う、それは……。だってまだ上手く使えないんだもん」

 拗ねたように、カナタは両手で持った珈琲を口に運ぶ。

 エトランゼはこの世界に来た際に、『ギフト』と呼ばれる力を授かる。

 原理は未だ解明されておらず、誰がどんなギフトを得るのかの法則性も全く不明。

 何よりも問題なのは、そのギフトの力の差が個人によって大きすぎること。

 それによりエトランゼの間での格差が広がるばかりか、この世界にもともといた人々の間でも、エトランゼは皆強力なギフトを持っていると誤解を生んでいる。

 そのためギフトを持つエトランゼに対する差別は大きくなるばかりだった。

「ギフトって言えばさ、凄かったんだよ! 最近凄いギフトを持っている人と友達になったんだ。トウヤ君って言って、炎使い《パイロマスター》のギフトで、ばぁーって火を出したり剣に火を纏わせたり、凄かったなー」

 夢見がちにその時の光景を思い返すカナタ

の表情には憧れと、ほんの僅かながらの羨望の心が見て取れた。

「はぁ。どうしてボクのギフト、こんなに地味なんだろ。地味っていうか最早意味不明だし」

 溜息をつきながら顔を下げて覗き込む彼女の両手では、小さな光が踊っている。

 かといえばそれは別段、何かの役に立つわけではない。物理的な感触を持ってはいるものの、相手にぶつけても石を投げられた程度の痛みしかない。

「俺も見たことのない、未知のギフトだ。今後成長すれば何らかの役に立つかも知れないし……」

「立たないかも知れないんだよね?」

 カナタが掌の中の光をぽいと投げ捨てると、少しばかり床を転がってから霧散するように消えていく。

「……まぁな」

 ギフトは個人に与えられるが、決して唯一無二の力ではない。

 カナタのギフトは唯一無二のものだが、この世界に元より存在している魔法で代用で来てしまう程度のことしかできない。

 勿論なんの道具もなしに、その場でそれを行えるのは大きな違いだが、それはあまり慰めにはならない。

 反面、この世界を探しても殆ど見つかることのない個性的な力を持つ者もいる。

 人の心を読む、天才的な頭脳を持つ、炎や風、雷などの現象を思うがままに操る。

 そんな力を持つ者は稀であり、カナタもその『希少』なギフトを持つ一人ではあるのだが、今のとこ珍しいだけで役には立たないというのが本人の抱いている感触だった。

「まー、落ち込んでても仕方ないってのは判るけどね。それにギフトは鍛えれば鍛えるほど強くなるって聞いたし!」

 珈琲を飲みながら、ヨハンはこくりと頷く。

「うん! そうと決まればもっと修行しないと! 取り敢えず、今できる仕事を探しにソーズウェルかな」

 ソーズウェルはこの国の王都オルタリアの南方に位置する街で、王家を守護する五大貴族のうちの一人が治める巨大な交易都市だった。

「あ、ソーズウェルと言えば」

 今度は何を思いだしたのか、話がまた転換する。

 この忙しないところは果たして若い女性特有のものなのか、それともカナタが落ち着きがないだけなのか。

 ヨハンに判断する基準はない。

「三日後、ソーズウェルにお姫様が来るんだって! お姫様!」

「ああ。各地を査察していたエレオノーラ姫だろう。父王が危篤になったために急遽予定を切り上げて戻ってくるらしいが」

「へぇ。詳しいね。なんで?」

「こんなところに住んで久しいが、最低限の情報ぐらいは把握している。お前も、一応は自分が住んでいる国のことぐらいは把握しておけ」

 エレオノーラ姫はその美しい容姿から国民の人気も高い。きっと当日は父の死に悲しむであろう彼女を慰めるためという名目で、その姿を一目見ようと多くの国民がソーズウェルに詰めかけるだろう。

「ふーん。じゃあさ、三日後にボク、ソーズウェルにいるから、剣届けてよ。ついでに一緒にご飯でも食べよう!」

「……なんでそんな面倒をしなければならん」

「えー、いいじゃん! だってここって外れにあるから来るの面倒くさいし」

 ヨハンの店は王都とソーズウェルの間にあるのだが、直線の街道が整備されたことで使われなくなった山道の中腹に建っている。そのため偶然通りかかる客などは滅多なことでは訪れることはない。

「それにその面倒な行程を踏んで、ちゃんと道具を売りに来てあげてるんだよ」

「俺のところの方が他よりも高く買っているから、そこは問題ないと思うが」

「いいから! 可愛い弟子のためだと思ってね」

「弟子にした覚えはない。まぁ、愛嬌があるのは認めるが」

「じゃあ今から弟子になる」

「師事代を取るぞ」

「そこはお師匠お墨付きの愛嬌で支払うよ」

 明るく、前向きでついでにお調子者。調子に乗っているときの彼女を止める術を、ヨハンは半年で習得することはできなかった。

「仕方ないか」

 こうして結局折れてやることになる。

「やったー! ありがとう! それより、お姫様が来るってことは護衛の依頼とかないかなぁ? ボク、お姫様を護る騎士ってちょっと憧れてるんだよねー」

 憧れは憧れでも、騎士に護られるのではなく、本人が騎士になってしまう辺り、目の前の少女はずれている。

「俺だったら姫の護衛にカナタをつけるなど怖くてできん。せいぜい楽しませるための道化がいいところだろう」

「あー、道化かぁ。それも楽しそうだね」

 嫌味を全くものともせずに、カナタはいつの間にか彼女専用となっているカップの中の珈琲(もはやカフェオレ)を飲み干し、カウンターに強く置いた。

「ごちそうさま! それじゃあボク行くね」

「……ちょっと待て」

「ふぇ?」

 出ていこうとしたところを呼び止められて、カナタはきょとんとした顔でヨハンを見上げる。

 面倒事を愛嬌で押し切られた意趣返し、というわけでもないが、一つやらなければならないことがあったことを思い出した。

「可愛い弟子に、師匠からプレゼントが二つあるんだが」

「いらない!」

 両手を前に突きだして、完全に拒否の構えを取るカナタ。

「なんだ、プレゼントがいらないとは殊勝な奴だな」

「タイミングと切り出し方と、それから表情でロクなものじゃないことぐらいは判るよ!」

「どうせ暇なんだから別にいいだろう。それに、ここに来て珈琲を飲んで、更に剣の修理を頼んだ時点でお前に拒否権はない」

「うー。その言い方は狡い」

 根っからのお人好しであるカナタは、そう言われると踏み倒すことなどできはしない。

「修理費もタダにしてやるんだから別にいいだろうに」

「判ったよぅ。やればいいんでしょ、やれば」

 今度はカナタが折れる番だった。

 剣の修理費と、三日後のソーズウェルへの届け物の代わりに労働力を確保したヨハンは、容赦なくその内容を告げていく。

 一度了承してしまった以上、例えその内容は明らかに剣の修理費と釣り合っていない重労働だろうと、カナタに拒否するという選択肢は残されていなかった。

「それだけじゃないぞ。一つは本当にプレゼントだ」

 ぱっと顔を明るくさせたカナタの額に、ヨハンが無造作に放り投げた宝石がぶつかって「あう!」という悲鳴と共に床に転がった。

「一度だけ砕けば自分の場所を知らせることができる宝石だ。範囲はそれほど広くはないが、ソーズウェルぐらいなら感知できる」

「それよりも女の子の顔に向けて物を投げたことを誤るべきだと思うんだけど!」

 額を抑えながら、眇めた目でこちらを睨むカナタ。

「ソーズウェルでの食事は奢ってやる。時間ができたらそいつを砕け」

 現金なもので、おごりとの言葉にすっかり気をよくしたカナタは、最早食事のことしか頭になく、何を食べるかを夢想しながらヨハンの店を後にしていった。


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