3-2 視察1

 レインから孤児院の話を聞いて、アリーシアは行ってみたいと申し出た。母は少し考えたが、アリーシアにはそのうち領地への視察を行くことは考えていたらしい。アリーシアは正式な跡継ぎではないもの、侯爵家のものとして領地をみることは、一つの務めということらしい。

 アリーシアは家付きのボディガードをつけ、レインと一緒に視察へ行くことになった。アリーシアの建前の身分は、レインの親戚ということだ。侯爵家のものとしては名乗らないことにした。それは安全面のこともあり、大がかりにすると何かと警備において不都合が生じる。


 アリーシアはお忍びで外に出るとこは、初めての経験だ。ほどんどこの屋敷で過ごすことが多く、外に出ることも滅多にない。平民の生活というものが、どういったものなのか間近で見ることができる。今回視察にいくところは、王宮の続く大通りからほど近くにあり、貧民街からは離れていて治安もそれなりにいいらしい。警備においても王宮の兵が見回りにくる地域であるので、安全面もそれなりにいいようだ。


 今回の視察は2カ所へいくことになった。アリーシアの母が、隣国で見習いとして神殿で神に仕えるといった、いわゆるシスター見習いのようなものだったので、アリーシアの母は修道院へも寄付をしているということだ。アリーシアは修道院はまず行った後、孤児院へいくことになる。メインは孤児院での子どもたちとの交流であるため、修道院では顔合わせという意味合いがあるのかもしれない。


 貴族は神殿に寄付することは珍しくなく、様々な儀礼の取り仕切りなどは神殿に頼むことも多く、お互い持ちつ持たれつの関係である。

 視察当日、アリーシアはいつもより渋めの色のくすんだ服を着た。いつもはシンプルでも発色のきれいであり、布の質もそれなりにいいものも身につけている。丈夫で機能性重視だからだ。今着ているのはそれよりも少し質は落ちる。目立たないように、そして民の暮らしを見る上で同じ目線でいることにより、他者を理解できるということもあるのかもしれない。髪の毛も一つに縛り、華やかさはなくあくまで機能性を重視といった風合いの髪型になった。


 アリーシアの顔は母似で整っているが、これならば市井シセイに出てもそれほど目立つことはないだろう。レインはエントランスで待機しているため、アリーシアは母に今日の流れと、気をつけることをいくつか聞かされた。


 レインもいつもより色が暗めなものを身につけ、目立たないような服装である。今日付き添ってくれるボディガートも、いつもは父が王宮で指導している兵の一人であった。彼は年齢もそれなりになり、今は兵の仕事メインというより、一線引いて、こういったボディガードのような仕事をするようだ。腕が立つため、父も信頼しているのがうかがわれた。

 彼は寡黙カモクであり、元々平民でありながら隣国の戦の前線で戦っていたので、威圧感があり、普通の人だったらその雰囲気だけで逃げ出してしまうかもしれない。アリーシアは特に名前などは聞かなかったが、この人ならば安心して任せられるという安心感はあった。何より父が信頼をよせている人らしいので、大丈夫だろう。


 レインとアリーシアは馬車に乗り、馬車を運転するのはボディーガードの彼である。


「今日は大通り近くの修道院へ行って、そのあと孤児院へいくわね。少し休憩もとるからアリーシアちゃんも疲れたら言ってね。」


「はい。昨日は緊張で、なかなか眠れなくて。外に出ることはそれほどないから。」


「そうだね。まだ小さいものね。でも面白いものもたくさんあるよ。美味しいものもたくさんあるんだから。」


「うん、美味しいもの食べたいなって思って。でも今日は視察だから、それに集中しないと。」


「アリーシアちゃんは真面目だね。時間があったら、レインおすすめの揚げパンのお店、寄ってみようか。」


「揚げパン?」


「そう、貴族の人はあまり食べないけれど。パンを揚げて、砂糖をたっぷりまぶすの。ぱりっぱりでとっても美味しいのよ。」


 アリーシアは前世を思い出した。揚げパンといえば、給食ででる人気献立ではなかっただろうか。あれはとても美味しかった。食べると手が砂糖がつくし、口周りも砂糖がつくので、食べ方は注意しなくてはならないが、あれはかぶりつきたいものだ。


「おいしそう!」

「そうよ、貴族はほとんどナイフとフォークで食事をいただくでしょう?でも手にもってそのままガブッと食べるのも、なかなか美味しいのよね。」


 アリーシアは前世では、お饅頭マンジュウや中華まんや、ドーナツや、たこ焼きや、焼きそばなど買い食いした思い出を思い出した。気軽にお店で買って、人目を気にしないで食べるB級グルメ。ああ、ラーメンや餃子もあったな。今まで忘れていたけれど、そういった気軽に食べられるものも貴族社会ではそれほどないので、どんなものがあるのか気になった。


 でも、今回はあくまで視察。


「レインちゃんは、結構街へは出るの?」


「買い出しいくわね、人手が足りなくて。お使いを頼める状態ではないときは、それこそ自分で買ってこないとならないことも多かったからね。城下町は私にとって庭みたいなものだわ。」


 確かにレインだったら町娘といっても、その朗らかな立ち振る舞いなどから違和感なく溶け込んでしまいそうだ。不思議な魅力があるのがレインだ。


「あ、そろそろつくみたい。アリーシアちゃん降りる準備をしてね。」


「はい。」


 レインと話しているとあっというまに時間はすぎる。ゆっくり街の風景をみていたいが、そういう時間もなさそうだ。アリーシアは忘れ物がないよう身の回りをチェックして、外にでる準備をした。

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