第15話

「お前の友達だったんだな。ガイ者・・・」

喫茶アシンメトリーの店内に、客は少なかった。

マスターの村田はカウンターに

座っているのは甥の祐介だ。

サイフォンから注いだコーヒーを、

無地の白いカップで彼の前に置いた。

祐介は無言で、ブラックのまま口に運ぶ。


コーヒーを一口すすると、

祐介はつぶやくように言った。

「叔父さん、この事件の情報、警察から何か

 情報が流れてきてんだろ?教えてくれないか?」


「そんなこと、オレは何も聞いてないよ」

食器を洗いながら、村田は答えた。

確かに、後輩の刑事から

いくつかの情報は聞いている。

しかし、それを第三者に

教えるわけにはいかない。

元刑事とはいえ、捜査情報は守秘義務として

守らなければならない。

安易に情報を流すわけにはいかないのだ。


はぁ~と、ため息をつきながら、祐介は両手で

顔を覆った。

「やっぱ、そうだよなぁ・・・」

半ばあきらめたように、祐介は言った。

村田が何か知っていたとしても

元刑事として教えてくれないことを

承知しているようだ。


そんな甥を横目で見ながら

村田は苦笑する。

いつもは何かひとつに固執することの無い

甥が、これだけ悩み顔を見せるのは

極めてめずらしかった。


だが、祐介の次の言葉に

村田は戦慄を覚えずにいられなかった。


「オレさぁ、呪会の会員になったんだよね」


「何だと?」

思わず村田は食器を洗う手を止めた。


「叔父さんの前の仕事風にいうと

 潜入捜査ってやつだ」

祐介は、微笑を見せながら、

あっけらかんとした口調で言う。


「お前、何をやってる?

 殺人事件に関与してるかもしれないような

 闇サイトに入って、何かつかめると思ってるのか?」

甥の無謀ともいえる行為に、村田も思わず

声を荒げた。



だが、ふてくされたように祐介は反撃した。

「オレは、警察ができないことをやってんだよ」


そんな祐介の捨てゼリフに、

村田も言葉を詰まらせるのが

正直なところだった。

確かに捜査本部は呪会が、

殺人事件に本当に関与しているのか

懐疑的だ。というよりも

不審な事件を個別に捜査しているのが

実情といってもいい。

それぞれの捜査本部が連携を取れていないのだ。

そんな警察の捜査方法に

じれったい気持ちを実感している。

現役の刑事をやっているときには、

想起しなかった感情だ。

だからといって、甥の祐介が

潜入捜査と称してやっている行為は、

あまりに危険で無謀なのも事実だ。


「ここだけの話だぞ。

それにたいして有益な情報じゃないかもしれん」

村田は唇を舐めた。


「ガイ者の来島祥子は、

何者かに鈍器のよううなもので2回

 殴打されている。1度めで倒れ、

2度目の打撃が致命傷になった」


やはり、後輩の刑事から

捜査情報を聞いていたのだ。

そんな叔父を半ば睨むように、

祐介は仰ぎ見る。


「そんな顔するなよ。

せっかく教えてやってんだぞ」

村田は苦笑した。


「2度殴ったってどうしてわかるんだよ?」

祐介は素直に疑問を投げかけた。


「1度目の殴打で、ガイ者は

地面に前のめりに手をついてんだ。

 鑑識がその手跡を見つけ、

来島祥子の手と照合した。

 それに血液の飛沫が、

広範囲に広がってないこともわかった。

 これも来島祥子が地面に

近いところで殴打されたことを

 教えている」


「それで、祥子には・・・その・・・」

祐介は言い澱んだ。


「暴行の跡あったか訊きたいんだろ?

 それはなかった。傷を受けた後頭部以外、

きれいなものだったらしい」

一息つくと、村田は言葉を続けた。


「それともうひとつ、

財布などの貴重品も無地だった。

 こうなると物取りのセンは薄いな・・・」

後半は、元刑事らしい口調で、

思案しているように聞こえた。


「じゃあ、犯人の目的はなんだったんだろ?」

そう言って、祐介は何かに気づいたように叔父を見た。

村田も祐介の視線を正面から受け止めていた。

村田の目は祐介に答えを教えている。


「口封じ・・・」

祐介は、独り言のようにつぶやいた・・・。



夕焼けから放たれる射光が、

ビル街を紅く染めている。

帰宅に急ぐ人々の影は長く伸び、

その影の上を他の人の靴が踏んでいく。


その雑踏の中、山村希一は足早に

パーキングに向かっていた。

彼の手にはビギネスバッグ、

そして小脇にクリムゾン色の

包装紙をグリーンのリボンで

ラッピングした包みを小脇に抱えている。

サイズはA3程だ。


山村の内ポケットから、

携帯電話の呼び出し音が鳴る。急ぐ足を止めず、

山村は携帯電話を開いた。


「もしもし?絵里子か。・・・ああ、買ったよ。

 亜希子が喜んでくれるといいんだが・・・」


言葉の内容とは裏腹に、山村の息は弾んでいた。

クリスマス前に日本を発つことになっている

山村希一と絵里子は、

一足早く亜希子にクリスマスプレゼントを

渡すことにしていた。


「そうだな、明日にでも亜希子に連絡を取ろう。

一緒に食事でもしてこれを渡すよ・・・」


そう言いながら、山村は携帯電話を閉じた。

しばらくして、公園に差し掛かった。

小学校のグラウンドほどの広さだ。

ただし、東西に伸びた、ほぼ楕円形をしている。

東西南北にクロスして、

幅3メートルくらいの舗装された歩道があり、

その他の部分は広葉樹を

中心とした樹木で覆われていて、こじんまりとした

森林公園のようなものだ。

それはまるで、高層ビルが立ち並ぶ中にある、

オアシスのような公園だった。

昼間は歩道に点在するベンチで、昼食を摂っている

OLのグループも珍しくない。

だが、この時間・・・夕闇が迫るこの時刻には

すでに人影はまばらだ。

太陽に照らされている日中は、

人々の憩いの場所となる

この公園も、今は木々が暗い影を造り出し、

その様相を一変する。

それは都会の死角というべきか、

それとも多くの人々が共通して感じる、

心の隅に微かな不安を想起させた。


山村の愛車を停めてあるパーキングは、

この公園を渡ったところにある。

亜希子へのプレゼントの包みを、

大事そうに持ち直すと山村はその公園に足を

踏み入れた。


オレンジ色に塗装された歩道は、

落ち葉でその面積の多くを

奪われていた。大半の葉を落とした樹木は、

それでもなお公園に入り込む夕日をさえぎっている。

人影も見当たらず、

ここが都会のど真ん中であることを

一時的に忘れさせた。


山村は足早に歩道を歩いた。

先日降った小雨がまだ染み込んでいるのか、

落ち葉が革靴を滑らせる。

20メートル置きにある街灯が歩道を照らすが、

悪意を感じるような

木々の枝に遮られ、

路面に自然のモザイク模様を描き出している。


ふと山村は、背後に気配を感じた。

肩越しに振り向くと、木陰か動いている。

それが人影だと認めた時に、

何か光るものが山村の背中に突き立てられた。


その衝撃で山村はつんのめり、

路面でしたたかに頭を打ち付けた。

目の前にいくつもの火花が見えた。

うつぶせに倒れた山村の背中に何度も光るもの

―――ナイフが突き立てられる。

ほとばしった山村の鮮血は、

彼を取り巻く落葉の紅色と同化していった・・・。


数時間後の「緑の森公園」は騒然となった。

警察の関係車両が取り巻き、

数十人の警察官があわただしく動いている。

白いヒモで人型に形取った、

殺害現場は固定されたサーチライトで、

昼間のように照らされていた。


通報者は、20代前半の若者3人グループだった。

たまたま通りかかった「緑の森公園」の

歩道で死体を見つけたのだ。


死体発見現場から数メートル離れたところに

ふたりの刑事がいた。


「風間さん、被害者のスーツにあった

免許証から身元がわかりました。

 ガイ者の名前は山村希一、48歳。

 死因は背後からの鋭利な刃物での

十数回にわたる、刃物による刺し傷です」


30代前半に見える刑事が、

もう一人の風間と呼ばれた刑事に告げた。


「・・・で無くなっているとみられる所持品は?」

風間刑事は腕を組み、鑑識があわただしく動く

臨場から目を離さず、傍らにいる若い刑事に訊いた。


「財布や時計などの貴重品は奪われていません。

 怨恨か何かですかねぇ?それとも通り魔的犯行か・・・」


「犯人の動機を今決めてかかるのはどうかと思う。

 それにこのコロシ、

この間の事件に似てないか?どう思う?岸谷」

岸谷と呼ばれた若い刑事は一瞬とまどいながらも、

何かに気づいたかのように風間に視線を向けた。


「先日起きた、女子高校生が公園で殺された・・・」

独り言のように岸谷はつぶやく。


「まあ、半分はオレの勘なんだがな」

風間の口元に苦笑いが浮かぶ。

しかしその眼差しは鋭いままだった。


「風間さん、まさか村田先輩の言ってた

裏サイトのことを気にしてるんじゃ?」


「事件に対しては、あらゆる方面から洗うのが鉄則だ。

 それに村田先輩は、

オレを一人前のデカにしてくれた人だ。

 その言葉を無視することは出来ない。

村田先輩の甥子さんが、

殺害された例の女子高校生の友人らしい。

 この山村という被害者も、何か関連があるのかもしれん」

風間の言葉に、半信半疑ながらうなずく岸谷。


そうしているうちに鑑識のひとりが、

風間と岸谷のそばに駆け寄ってきた。

死体のあった方向を指差しながら報告する。


「風間さん、あれが見えますか?

 ガイ者のそばにA3サイズほどの

小包みがあるんですよね。

 たぶん、誰かへのプレゼントではないかと・・・」


鑑識官の言葉に風間は無言でうなづく。

これは単なる通り魔や

怨恨が原因のコロシではないように思えた。

それは自分の刑事の勘かもしれない。

先輩の村田から、交換殺人をやっているかも

しれないという

裏サイトのことを聞いた時は、

正直疑念をいだいたことは間違いない。

だがこの1月足らずのうちに、

似たような殺人が起きては

村田の言っていることも無視できない。


「例の闇サイトの加入している

プロバイダに捜査令状を出そう。早急にだ」

腹から搾り出すような声で、風間は言った・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る