—02— 北の戦場(3)
「ったく、アヤメの奴心配ばかりさせるんじゃねえっつーの」
カデルは度々自重せずに一人で突っ込んでいって心配をかけさせるアヤメへの不満を思わず漏らしていた。
「っち、邪魔くせー。お前らもこんな奴相手に手こずってんじゃねーよ!」
味方と敵が入り乱れている前線にまでたどり着いたカデルは通り道にいる味方の兵を助けながら突き進んでいた。
カデルの武器は拳だ。できるだけ素早く動けるように最低限の防具しか身に付けていない彼は素早く敵の斬撃や突きを躱し、相手の腹や顔面に金属製の篭手で強打を叩き込んでいた。
彼は気を自由に制御することができる。気で強化した身体で常人離れした威力の拳打や蹴りを繰り出すのが彼の得意技である。そんなカデルはグラス大陸最強ギルドであるアガートラムの中でもかなり強い部類に入る。強化された彼の格闘術はインファタイル軍の兵士をその鎧ごと打ち抜いていた。
既に前線でも比較的奥の方まで来ているのか、味方であるワーブラー軍やアガートラムの団員よりもインファタイル軍の数が多くなっていた。そのため何人ものインファイタイル軍の兵士がカデル目掛けて襲ってくる。
カデルはまず一人目の敵兵に対し、相手が切りつけてくる前に間合いを詰めてその顔面を掴んで思い切り地面に叩きつけた。凄まじい速度で地面に叩きつけられたその敵兵の頭は兜ごとひしゃげ、その隙間から赤い液体が溢れてきた。
一人目の敵兵を絶命させたところで、続いて二人の兵士がカデルに襲いかかってきた。カデルを挟み込むようにして振り回してくる二本の剣を片足旋回と上半身の動きで躱しながらカデルはそれぞれに後ろ回し蹴りと裏拳を叩き込んだ。
更に続けて襲ってきた兵士の振り下ろした剣を右腕の篭手で掴み砕いて踵落としで脳天を打ち抜いて屠ると、流石にカデルの強さに気づいたのか周囲の兵は攻撃を仕掛けるのをためらうようになった。
インファタイルの兵士達はカデルから一定の距離を取り、どう仕掛けるか様子を伺っていた。
「っち、めんどくせー。戦う気力がねえならそのまま大人しくしてな!」
一向にかかってくる気配のない敵兵を見渡して睨むとカデルはアヤメのいる更に敵陣の奥深くへと行こうとした。そのとき、少しだけ離れたところからなんともおっとりとした声が聞こえてきた。
「あーん・・・敵に囲まれてしまいましたのー・・・」
カデルが声のした方を向くと、カデルと同じ紋章を付けた同じ年くらいの女の子がインファイタイルの兵に囲まれていた。傍から見ると危機的状況だと言うのにその女の子はなんとも緊張感が無く、少しだけ困ったような表情をしながら周囲の敵と対峙していた。
「やれやれ、また面倒な奴がいやがった」
助けなくてもあいつなら大丈夫なんじゃないかと思いつつも放っておけなかったカデルは、同じギルドの女の子の救援に向かうために自分とその女の子の直線上にいる敵をなぎ倒しながら進んだ。
「おいデリス、大丈夫か?」
「あー、カデルー!ちょうどいいところに来てくれましたのー」
金色の巻かれた髪、おっとりとした表情、呑気に手を振ってくる仕草、どこか気だるげな声、その女の子の全てが戦場に似つかわしくなかった。
「ったく、お前まで敵の中に突っ込んでんじゃねぇよ」
「ごめんなさいですの。ゾルちゃんが興奮して一人で駆けていっちゃんたんですの・・・」
よく見るとデリスの腕の中には翼竜の小さな子供がいた。ギョフッ!っと文句あるかとでも言いたげにゾルちゃん・・・イゾルテは鼻息を荒げた。
「全く・・・戦場にそんなの連れてくるからこんなことになるんだよ」
「”そんなの”はひどいですの!ゾルちゃんだって立派に戦えるんですの!」
カデルにそんなの呼ばわりされたのがわかったのか、イゾルテが己の力を誇示するかのようにデリスの腕の中から飛び立ち、周囲の敵を炎の息で一掃した。再びデリスの腕の中に戻ってきたイゾルテはデリスと二人で”見たか?”と言わんばかりに胸を反らしていた。
個の力としては最も長けている竜族の力の片鱗を見たカデルはデリスとイゾルテの機嫌は損ねないように気を付けようと心に誓った。
「ところでカデル、さっき言ってた”お前まで”ってどういう意味ですのー?」
「ああ、アヤメがまた一人で敵陣に切り込んでいったらしい」
「わー、アヤメちゃんはやっぱりすごいですの、強いですのー!」
「それには同意するが、今回の相手は未知のオーパーツを多用してくる。何が起きるかわからねぇからこれから加勢しに行くところだ」
「アヤメちゃんのところに行くんですの?だったらデリスも行くですのー!」
「ギョフッ!」
「っち、めんどくせーな。付いてくるのは構わないが今度は自分でなんとかしろよ?」
「任せるですの!」
「ギョフッ!ギョフッ!」
こうしてデリスとイゾルテを加えたカデルは急ぎアヤメがいる敵陣の奥深くへと向かった。
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