—06— 幸せの定義

 クラウとフェルナは、噴水を見に行ったあの日から毎朝パンを売り買いするだけではなく街を散歩しては話をするようになっていた。


「もうフェルナと会ってからしばらく経つのか。あれからいろいろとあったなー」


「そうね、クラウが実は全然貴族っぽくないしとても女の子にだらしがなくてスケベだってことはわかったしね」


 フェルナは呆れたようにそう言った。しばらく会ううちに互いに気軽に話せるような仲になったようだ。初めて散歩した後クラウは必死に品がある貴族を演じ続けようとしたが、やはり一度本性がばれてしまったのでなかなか修復することが難しかったのか今では演じることを諦めて普段通りにフェルナと接することにしていた。


 フェルナの方も今ではクラウの本性があんなこともあってすっかり慣れたのか、以前のように畏まって接するのではなく、同年代の友達のような感覚で気軽に話すようになっていた。


 最近は中央区の門の前で一通りのパンが売れた後にクラウと城下町のいろいろなところを見て回りながら話すことが二人の日課になっていた。最近評判になってきたフェルナの両親のパンは売れ行きが良くなり今日はもう完売していたため、ちょうどこれからクラウと散歩に行こうとしているところだった。


「ねぇクラウ、今日はどこに行こっか?」


「そうだな、今日は気分的に人気のないところのほうがいいな」


 そんなことを言ってくるクラウに対して、フェルナは目を細めて冷たい目線を送った。以前であれば頬を赤らめていろいろと想像してしまっただろうが。


「何かスケベなこと考えているんじゃないでしょうね?」


「い、いやちげーって!今日は静かなところでゆっくりと体と心を休めたいだけだって!」


「へー、どーだか。まあいいけど」


「最近フェルナ俺への扱いが適当になってない?」


「べっつにー、貴族として敬う必要が無くなったってだけよ」


「ぐっ、この俺が貴族らしくないと・・・?」


「そうね」


「きっぱりと言ってくれる・・・。なかなか傷つくな。拗ねちゃうぞ」


「あら、そう?私はむしろこの方がいいけどなー。だって、貴族だって思うと遠い世界の人みたいに思っちゃうんだもの。こんな感じの方がすぐ近くにいるようで私は好きだけどなー」


 フェルナの隠さない素直な一言によってクラウは珍しく胸が高鳴った。


「じゃあどうする?城下町の外にでも出てみる?」


「ああ、そうだな。今日はそっちの方に行こう」


 二人は今日の目的地を城下町の外と決めると、そちらへ向かって歩き出した。途中、このブルメリア王国の城下町に入るための巨大な門があったが、今日も城下町と外とを行き来する商人達で賑わっていた。そんな騒がしいところの脇を抜け、二人は門の外にある広大な草原へと来た。


「はぁー・・・風が気持ちいい!」


 今日は時折日が隠れるぐらいの程よい天気で絶好の日向ぼっこ日和だった。フェルナは早速草の布団の上に転がると、心地よい風と草の香りを感じながら大きく背伸びをした。クラウもそんなフェルナを見てそのすぐ横に腰を下ろした。


「ああ、本当に気持ちいいな」


 口では気持ちいいといいつつもクラウの表情は天気とは対照的にどこか曇りのあるようなものだった。


「どうかしたの?いつもとちょっと雰囲気が違うけど・・・」


 そんなクラウをフェルナは少しばかり気になるようだった。クラウは少しの沈黙の後口を開いた。


「なぁ、フェルナは今のこの国についてどう思う?」


「どうしたの急に?・・・んー、国についてって言われても全然わからないけど、私は毎日こうしてお母さんとお父さんとお話が出来て、二人の作ってくれたパンが食べることができて、クラウと話せるだけで十分幸せかな」


「最近一部の貴族が税金を使って私腹を肥やしている。そして毎日のように晩餐会と謳って食べ物、酒、女、と豪遊している。また良くない噂ではあるが、貧困街から見た目の良い子供を狙って誘拐し見世物の奴隷として売り飛ばしているなんていう話もある。このようなことに君も、君の両親や周りの人達も不満はないのか?」


「なんとなくだけど全部知ってるよ。お父さんもお母さんも夜は危ないから出歩いちゃ駄目だって言ってる。不満はないと言ったら嘘になるけど、でも一部の人でしょ?クラウとかは違うんだよね?それに不満を思って良くなるならいくらでもそう思うけど、実際は何もかわらないじゃない。だから何も思わないし今のままでいいの。お父さんやお母さんは私には暗い話をしないようにしてるからどう思っているかわからないけど、貧困街の人達はやっぱり不満があるみたい」


「そうか」


「”幸せになりたい”とか”辛いことを無くしたい”とか”楽になりたい”なんてそんなことは求めたらきりがないもん。そういう気持ちもわかるけど私は今目の前にある小さな幸せだけで十分かな」


「・・・そうか」


 クラウはしばらく何かを考えるようにしていた。


「王族も、貴族も、商人も、そしてこの王国全ての人が君のような人ばかりだったら皆が幸せになれるのにな」


クラウはどこか悲しそうな瞳をしていた。


「ところで、最近フェルナの家の周りで何か変わったことは無かったか?集会が行なわれているとか、見たことのない人が出入りしているとか」


「うーん・・・あ、そういえばたまに近所の人が夜集まって何か話し合ってるみたい。何を話しているのかまではわからないけど。少し離れた別の貧困街からも人が来ているみたいよ」


「・・・そうか。やはり・・・」


「?今なんて言ったの?」


 フェルナはクラウが後半何を言ったのか聞き取れなかったようだ。


「あ、いや、なんでもない。フェルナ、一つだけ俺と約束してくれないか」


「う、うん」


 いつものお調子者のような感じではなくとても真剣なクラウの瞳にフェルナは少し気圧されていた。


「もし近くでそういった集会があっても決して近づかないでくれ。君も、君の両親も。例え何があっても」


「うん、わかった。約束する!」


「ああ、約束だ」


 クラウがとても真剣だったのでフェルナも茶化したりせずに真剣に答えた。


「よし、今日はこのくらいにしようか。フェルナ、君の家まで送っていくよ。いつもおいしいパンを焼いてくれる君のご両親にもお礼がいいたいし」


「え!?いいよいいよ!恥ずかしいし、それにあんなところクラウが来るようなところじゃないって!」


「気にしない気にしない!今のうちに君の両親にも気に入られておかないとな!」


「私が気にするのー!!」


 フェルナの主張は虚しく半ば強引にクラウが家までお見送りすることとなった。

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