第4話 モテたい男

モテたい男


女にモテたかった。

背の高い女。胸の大きい女。背の小さい女。顔のイイ女。金を持っている女。

女を挙げていけばキリが無い。

俺は女にモテたかった。


「でさー、その男説教しながら私の胸をジロジロ見るの」


ホストクラブの店内では、女が金を出して男と一緒に酒を飲んでいる。

No. 1ホストはVIP席だ。そこで金を持っている女と高い酒を飲んでいる。

それだけでは無い。あの金を持っている女からは、車に、マンションに、服に、夜のベッドに。

俺は新人のモテ無いホストだった。

ホストの世界に入って三ヶ月。どんな女からも指名される事が無かった。

先輩ホストのヘルプに回されるだけで、女がその気になった目で俺を見る事が無かった。


「お酒、お代わりー。いーちゃん、次は何飲もっかー。私はもう飲め無いから、ここの皆んなで飲んでねー」


女が先輩ホストに抱きついてた。

高い酒を何本も頼み、酔っ払って男に甘える。


俺だって。俺だって。俺だって。


「ねー。飲んでるー?」


先輩ホストに抱きついていた女が俺の顔を覗き込んでいた。

酔いながら、俺を品定めする目を向けていた。


「この酒、スッゲエ美味いぜ。もっと頼もうぜ、オレこの酒しか飲まないから、なあ、頼もうぜ」


胃がアルコールで動いていない。

だけど俺はホストだ。

女にモテて、金が欲しい。

だから、女にカッコイイ顔を見せる。


「ふ~ん~」


興味を無くした猫だった。

女は先輩ホストの隣へと帰って行った。


カッコいいだろ、俺は。

なんでその先輩ホストの方が良いんだよ。

俺に同じ事したら、もっと楽しい事を教えてやるのに。


「ーーーその願い、叶えて差し上げましょうか」


俺の隣にブロンドヘアーの少女が座っていた。

服は青いドレスで、キャバ嬢が仕事で着るドレスとは服のデザインが違った。


「え・・・え、あ・・・」


「わたくし、サーシャと申します。以後、お見知り置きを。

 それで、あなたの願い、叶えて差し上げますわよ」


「オレの、願い・・・」


「女にモテたいのでしょう。

 あなたを、この青い星で一番の女にモテる男にして差し上げますわ」


ホストクラブは盛り上がっていた。

女の甘える声。酒を注文した時の男達が出すアガリ声。

そのざわめきが掻き消えたように、俺と少女の二人の間では静かな空間だった。


「オレは・・世界で一番・・・モテたい・・・・」


俺は考えなかった。

女にモテたかったから、悩むことなんて何一つ無かった。


「よろしいですわ。では、あなたは、今から世界で一番モテる男です。

 そのおつもりで、今後ともこの青い星を導いてくださる事、お願い申し上げますわ

 クスクス。決して、わたくしを退屈させない事、あなたの願いはとても愉快ですから」


青いドレスの少女は、次の瞬間、俺の目の前から姿を消した。

驚くことも、戸惑うことも出来なかった。

酒を毎日飲んでいて、考えるという事が、脳が低下していた。

何があったか? そんな事もわからなかった。


「ね~、いーちゃん。今夜は~? 私、一人で寝るのさびし~」


変わら無い現実だった。

女にモテるのは先輩ホスト。

俺は隅の席でテンションをマックスにして、女が頼んだ酒を空にする仕事をしていた。


俺はモテたいんだよ。

俺はホストだぞ、カッコいいだろ。

女は俺に甘えればいいんだよ。


「さっきから~こわ~い」


女が俺を指差していた。


「おい。お前、今日はもういいぞ。仕事上がれ」


先輩ホストが俺を一瞥して、帰れと言っていた。


「ハイ。先輩、ありがとうございます!」


この世界は間違っている。



翌日。

店内のホスト達の様子がおかしかった。

チラチラと何かを伺う表情しか無い。


「酒の飲み過ぎか?」


「お前もか? 酒飲みすぎるとなるっていうよな」


「ああ、酒だよな。お前はどうだ?」


不穏な空気だった。

こんなのは初めてだった。

威張り散らしているホスト達が、皆不安そうな顔をして何かを聞いている。


「おい。お前はどうだ?」


昨夜、俺を追い出した先輩だった。

弱った顔をしながら、俺に何かを聞いてきた。


「先輩! ナンスカ!」


バカを見る目で俺を覗き込み、そのままホスト達が集まっている輪へと加って行った。


「おい! テレビやっているぞ! WHOが出ててる! これ見ろ!」


「・・・・・以上の事から、食事を食べた男性の男性ホルモンが破壊されるという、謎の事態が引き起こされています。

 我々WHOはこの非常事態に対して早急な治療方法を打ち出し、世界中の男性のEDを回復させる事に全力を尽くします。

 ・・・・・」


テレビを見て、何を言っているのかよくわからなかった。

だけど先輩ホスト達は狼狽し、落ち着きが無く、言い争っていた。


「先輩! EDってナンスカ!」


「馬鹿かお前! インポテンツの事だよ! 俺たち昨日から勃たないんだよ!」


先輩ホスト達が何を言い争っているのか、よくわからなかった。

昨日も今日も、俺の股間は女の裸を見ればそそり立つのだから。


「店どうする? 病院行って診て貰わないと危ないよな 薬ってあるのか? 

 バイアグラ飲んだら治らないのか? 無理、勃たない これ、治るのか?」


男達が必死になって相談をしていた。

自分の男が機能しなくなったと、必死になって勃てようとしている。

その中で俺だけが、勃つ事が出来る。

とても大きな事が今起こっている。

それが何なのかよくわからないが、俺だけは違う。

俺だけは特別だ。


「今日は店を開けない。各自、病院へ行って診てもらえ。解散!」


俺は病院へ行かなかった。

代わりに、動画撮影に使うカメラを買った。

今はアパートで一人、動画投稿の準備をしていた。

頭が興奮して股間はイキリ勃っている。

テレビでやっていた。世界中の男が勃たなくってインポの世界になったと。

でも、俺は。俺は。俺のモノはこんなにも熱い。

カメラを動かした。

自分の顔を撮影し、挨拶をした。

セリフを喋って、少し焦らす。

服を脱ぎ、全裸になった。

見ている人はいないが、俺は今世界中の女の視線を一つに集めている。

「世界中の皆さん! これが、オレの息子です!」

ソソり勃っている自分の男性器をカメラに収めた。

世界中の男が誰一人出来無い偉業を、俺は、今、やっている。

この動画を見ている女はどんな顔をしているか。

考えただけで、興奮が止まらなかった。


それからの事はよく覚えていない。

テンションがマックスになっていて、何を言って、何をカメラで映したか。

世界が変わったとしか解らなかった。

この世界に男は俺しかいないしか、解らなかった。


「ね~え 夜空いてる?」


女が俺の膝に座った。

火照った顔をして、俺を誘惑する。


「イイぜ 初めての気持ち良いを教えてやる」


ここは俺が働いているホストクラブのVIP席だ。

俺は今、No. 1ホストだった。

この店で一番女にモテている。

店に来る女は、俺が目当てでホストクラブに来ていた。


「ホストの帝王に、オレは成る!」


「あ~、また何か言ってる。そんな事しなくていいから、夜は一緒に、ねっ」


世界が変わってから、俺は遊ぶだけでは無く、勉強も怠らなかった。

ワンピースを毎日読み、ルフィの様なカッコイイ男を目指して、日々切磋琢磨していた。

ワンピースのカッコ良さで女を口説き、女にモテる男の研究を続けていた。


「ね~え、今度はいつAV撮るの? 次は私出して~」


女が俺の腕を掴み、甘え始めた。

世界が変わってから、俺は監督を始めた。

主演は俺。キャストの女は毎回変えている。

俺の映画は世界中の女達に大人気だった。 

俺の作品を観て、世界中から俺に会いに来る女達が毎日集まって来た。

俺は今、世界で一番女にモテていた。

世界の帝王になっていた。

道を歩けば、女の方から寄って来る。

女の視線は全て俺の股間に集まった。

ズボン越しに勃たせると、女が喜んだ。

世界中のインポ達は全員自信を失っていた。

何があっても勃つ事は無い。

道を歩くインポ達は、俺を見ると顔を伏せていた。

俺は勝ち誇り、男の道を歩く。

世界で一番モテる男なのだから、当然だった。

夜も一度も飽きる事無く、女を何人も集めて毎晩相手をしている。

女の口からは他のインポ達と俺を比べる言葉が出た。

俺はその度にワンピースで覚えたカッコイイ言葉を使った。

そうして子供が出来た。

一人二人では無く、300人を少し超えていた。

世界が変わってから一年経っての事だった。

俺は父親になっていた。

「あなた~」と甘えて来る世界中の女たち。

俺はホストの稼ぎで高層マンションを13軒建てた。

世界中の女が毎日店に来るのだから、俺は金を持っていた。

稼いだ財を世界中の女たちとインポ達に見せびらかしてやった。

マンションには女達と俺の赤ちゃん達が住んでいる。

誇らしかった。

家と女と子供を持って、インポ達に自慢してやった。

WHOはインポテンツの治療法を探しているらしいが、全く治す見込みがつかないらしい。

もし、インポの薬が出来たら、俺は何としてもその薬を開発中止に追い込んでやる。

この素晴らしい世界を壊すなんて事は許されない出来事だ。


世界が美しいまま、10年が経った。

俺は世界で一番モテている男だった。

だが、最近、その事に飽きてきた。

女たちはどれも似た様なものだった。

世界中の女たちは、大して変わらなかった。

俺はスリルを求めていた。

女と危険な事をしたかった。

だと言うのに、CMの撮影に呼ばれたり、テレビのゲストに呼ばれたり、俺の仕事は綺麗な事ばかりだった。

だから、こういう事を始めた。

10歳に満たない娘たちを私有地の山に集めて追いかける遊びを始めた。

車で娘たちを運び、子供の足では帰れない所まで運んだ。

俺が持っている山は広く、私有地だからどんな邪魔者インポも来ない。

今日集めた娘たちは8人だった。

可愛い顔をした娘たちだが、その顔には強い恐怖の色が浮かび上がっている。

俺は娘たちの服を乱暴に剥ぎ取った。

山に女の子の悲鳴が響いた。だが、ここは俺の山だ。助けなど来ない。

この世界に男は俺一人だけなのだ。

そうして、裸の娘たちを山に逃がす。

30分経ってから俺は娘たちを山の中で追いかけた。

俺に捕まったらどうなるか。

裸の男と女のする事だ。どうなるかなんて聞くまでも無い。

この狩りに俺はとても夢中になった。

女の子を踏み躙るという行為に、獣になった爽快感が俺を満たした。

新たな世界の発見だった。

やはり、世界はとても美しい。


欲望に身を任せて、どんな事をしても俺だけは許された。

WHOはインポテンツの治療が出来ず、人類の存続危機であると発表した。

出生率が俺の子供を除けばゼロなのだ。

世界中のインポは勃たないから、女と夜が出来ないのだ。

俺は総理より偉くなっていた。

人類の命運を握るのは、世界で一番モテる俺なのだ。


だから、こんな事は許される事では無かった。


昼間、狩りに使う娘たちと一緒に食事を食べて、少しした後だった。

手足が突然痺れて、立てなくなった。

娘たちに「水を出せ」と言った時だった。


「どうしたの? お父さん」


「水だ。水を持って来い」


娘たちが俺の周りに集まった。


「身体、痛いの? どこが痛いの?」


娘たちが俺の身体をベタベタと触っていた。


「水持って来い!」


俺が怒鳴ったのに、娘たちの行いは止まらなかった。


「水だと言っただろ!」


空気が静かになった。

俺にはそれだけしか解らなかった。


「私たちがどんなに痛かったか、知ってる? ねえ、知ってる?」


集まった娘たちが俺を見下していた。

殴ってやろうとしても、手足が痺れて体に力が入らなかった。


「ねえ、なんで、あんな事したの? ねえ、なんで?」


「お前たち! 誰のおかげで生まれて来れたと思っている!」


娘たちにいたずらをされたと思った。

何か、そういう、手足が痺れる薬を飲まされたのだ。

俺は怒ってやった。父親に毒を飲ませた事を、怒ってやった。


「ねえ、お前なんか、死んじゃえ」


激痛が俺の股間を襲った。

痛みが脳の全細胞を震わせ、絶叫した。


「ああああアァァァアアアア!!!!!!」


「これ、何か、わかる?」


狩り場で使う娘たちの中では一番の年上の娘がハサミを握っていた。

ハサミは血で濡れ、何を切ったのか。

それはーーー。


「男なんか、みんな、死んじゃえ」


俺の男が根元からハサミで切り落とされていた。


「ああアァァァぁ!!! イタイいたいイタイ痛い!!! アアアぁあァッァ!!!!!」


痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて。

叫ぶ事しか出来なかった。

血が股間から溢れ出している。

手足が痺れて動かない。

だけど、俺の、俺の、俺の男が千切れた事が、この世で一番の痛みで。


「死ぬの? ねえ、死ぬの?」


「ああああアァァァぁああ!!! いたいイタイイタ痛い!!!」


どれだけ叫び続けたのか。

誰も助けに来てくれず、集まっている娘たちは俺を囲んで見下ろしていた。

血が止まらず、痛みが止まらず、地獄の拷問のような時間だった。


「死んじゃう! 死んじゃう!! 死ぬ! 死ぬ!! 死ぬ!!!」


全身に脂汗が浮かび、一番敏感な所が切り落とされた痛みが、理性を崩壊させた。


「あああぁぁ!! 死にたく無い!!! 死にたく無い!! ああアァァァああ!!!」


娘たちの眼差しは害虫に向ける汚らしいものだった。


「オレは! オレ!! オレッは!!! 世界の!! 帝王だ!! っぞ!!!

 こんな事!! こんなぁぁああ! オレは世界で!! 一番モテ!! る! 男なのに!!!」


何を叫んでいるのか、もう解らなかった。

理性が消え失せていた。

最後の時まであったのは、地獄の痛みと、女に向けられた侮蔑の視線だった。




墓が増えた。

海の見える丘に立てられた墓地だったり、森に囲まれた墓地だったり。

地球上に墓が増えた。

WHOのインポテンツの治療は難航したまま成果が上がらなかった。

セックスは出来なくても、男と女は愛し合っていた。

子供は出来ないが、男女の間に愛は存在していた。

時間は緩やかに流れ、人類は年老いて行った。

亡くなった人間には葬儀をして、墓に埋める。

そんな日常が何十年も続き、100年が過ぎた頃。

地球上から人類の存在は消滅した。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る