第99話 ラミアのしきたり

「ようこそおいで下さいました姫様」


 異なる大陸のラミアの集落へと案内されたライズ達は、広場に集まったラミア達に平伏されていた。


「この集落の長はいらっしゃるか? 話を聞かせて欲しいのですが」


 だが、ライズの言葉に対し、誰一人として顔を上げて答えようとする集落のラミアは居なかった。

 仕方なしにライズは自分のラミアに目配せを送る。


「すみません、この方の質問に答えては頂けませんか?」


 ラミアがお願いすると、ようやくラミア達の一番前にいた長と思しきラミアが顔を上げる。


「なんなりと」


(やっぱりラミアのいう事なら聞くという事か)


「詳しい話は余人に聞かせたくありません。どこか我々だけで話せる場所に案内して頂きたい。それに、姫君はあまり事を荒立てたくないとお考えです」


 先ほどの赤いラミアの反応をかんがみて、ライズは己の発言がラミアの意志であると説明する。


「……承知いたしました。では私の家にご案内いたしましょう。皆は仕事に戻れ。姫様のお手を煩わせるな」


 長の命令を受けたラミア達は無言で広場より離れてゆく。


(やっぱりラミアはそういう存在って事か)


「こちらへどうぞ」


 そうして、ライズ達は長の家へと招かれたのであった。


 ◆


 ラミアの長の家は、他のラミアの家と比べてそれほど大きくは無かった。

 むしろデクスシの町長の屋敷よりも小さいだろう。

 しかしラミアという種族が魔物と思われている事を考えれば、リザードマンの竪穴式住居よりも人間に近しい生活環境といえた。


「どうぞ姫様、こちらにお座り下さい」


 長は本来なら自分が座るであろう魔物の毛皮絨毯の上座をラミアに譲る。

 ラミアは困惑した様子でライズを見るが、ライズは諦めろと頷きを返すだけだった。


「……ありがとうございます」


 変に遠慮しても状況が進まないと判断したラミアは、諦めて毛皮の絨毯に自らの尻尾を休ませる。


「ではお話を再開させていただきます。ですがその前に1つ確認をさせていただきたい」


「確認とは?」


 長がライズに鋭い視線を投げかける。自分が従うのはお前ではなく、姫であるラミアなのだと言いたいのだろう。


「そちらの戦士と思われる赤い鱗のラミアが姫様の事を気付かずに弓を向け、部下の方から指摘を受けてようやく姫様の鱗の色に気付いて頭を下げた事です」


 これはライズの賭けであった。

 集落のラミア達はこれまでラミアの事について何か知っていたのは確かである。

 そしてラミアに対して同情的な視線を投げ掛けていたのも確かだ。

 だが、そうであっても何故か集落のラミア達は彼女の素性を答えようとはしなかった。これまで出会ってきたラミア達全てだ。

 だからこそ、赤いラミアのやらかした失態はライズ達に新しい情報を与えてくれるチャンスであったのだ。


(うまくすれば相手が教えたくないラミアの情報を教えてくれる。どこまで赤いラミア達が長に事のあらましを告げたかは不明だが、普通に考えれば自分達の失態を詳細に説明するヤツは居ないだろう。それがチャンスだ。)


 赤いラミアが責任逃れをする為に情報を意図的に少なく報告してくれた事を期待するライズ達。


「……申し訳ございません。これは私どもの教育不足です。聖域より離れたが故に若い者達がしきたりを軽視してしまいました事を深くお詫びいたします。責任は全て長である私が負いますので、なにとぞ娘達へは寛大なご処置を」


「そ、そんな責任だなんて! 私は別に怒ってなんていませんから」


 慌てたラミアが長を宥めると、長は深く頭を下げてラミアに感謝の言葉を述べた。


「我々の様な外に暮らす者に対してもお優しいお言葉、なんとありがたい」


(聖域、外、しきたり、ラミアの王族が暮らす特別な土地があるって事かな。それにしきたりでラミアの事を口にする事が憚られている? だとすればどんなしきたりだ? ラミアの素性は何故話せない)


「長殿、この集落ではしきたりはどのように伝わっているのですか? 詳しく教えていただきたい。聖域に近い地の集落と比べ、その内容に欠落が生じている可能性があります。長の責任を果たす為、お教え頂けますね?」


「……承知いたしました」


 長はライズの言葉にためらいを見せたが、ライズの言葉は自分の言葉と言うラミアの言葉を思い出してラミアの集落のしきたりを話し始めた。


 曰く、ラミア達の始祖は聖域で生まれ、その聖域で始めは暮らしていた。

 だが聖域で暮らすことの出来る人数は限られている。

 その為ラミア達は聖域から出て外の土地で暮らす様になったのだという。


 聖域に残ったのは王族とその身の回りで仕える一族と近衛の戦士達、そして祭司の一族で、いわゆる貴族階級となる。

 聖域と王族を守るため、聖域の場所は各集落の長しか教えられない。

 更に王族には蒼い鱗のラミアしか生まれない為、多種族に王族が襲われない様に王族の青い鱗の事は絶対に口にしないと教育されるのだとか。


(つまり、コレまでラミアの情報を教えて貰えなかった理由は、ラミアが王族だと知っていたから、そしてしきたりを守っていたからという事か)


 ラミアという種族の口の堅さに感心するやら呆れるやらのライズ。


「つまり、あの赤いラミア殿はとんでもない大ポカをしてしまったという事ですね。指摘されるまで姫と気付かなかった事、指摘された後で姫と口にしてしまった事の二点」


 ライズが確認すると、長は眉間にしわを寄せながら頷く。

 すでに王族である事を口にしてしまった為にラミア達は知らないフリをする事も出来ずにラミアに対して王族への態度をとったのだろう。


(ナイス大ポカ)


「詳しいお話は分かりました。ですが姫はお優しいお方です。この事は内緒にしてくださるとの事です」


 ライズがラミアを見ると、ラミアも同意する様に頷く。


「ありがとうございます」


 もう一度頭を下げる長。


「それで確認ですが、長が先代より伝えられたラミアの聖域はどこにあるので?」


 一番知りたい情報を聞き出すべくライズは質問を再開する。


「……申し訳ございませんが、これ以上しきたりを破る訳には参りません。どうかご容赦を」


 長からやんわりと断られた事でライズはちょっとやりすぎてしまったかと反省する。


(いや、最初から何も知らないと教えていたら、これ以上の情報漏えいは出来ないとつっぱねられていた可能性の方が高いな。コレはあの赤いラミアの顔を立ててこの辺で引き上げた方がよさそうか)


「賢明な判断です長殿」


 これ以上欲をかいてはいけないと判断したライズは、長に挨拶をするとラミアと共に帰る事にしたのだった。


 ◆


「いやー、しかしおどろいたな。まさかラミアがお姫様だったなんて」


 ラミアの集落を出てドラゴンと合流したライズ達は、ドラゴンの背中の上で集落の情報を反芻していた。


「姫といっても、私には子供の頃の記憶はほとんどありませんから。自分が王族だったと言われてもピンときません」


 苦笑するラミアに対しライズは疑問を募らせる。


「そうなんだよなぁ、王族の情報を明かせないからとラミア達が秘密にしてきたのはわかった。けどさ、聖域のラミア達は何をしてたんだろうな?」


「何をと言いますと?」


「いや、王族が攫われたんだぜ? だったら普通捜索隊を出すだろ?」


「あっ、そういえば」


 言われて見ればおかしいとラミアも気付く。


「それに、情報を教えるわけには行かないとしてもさ、その集落の長が聖域にお姫様を見つけたって伝える事も出来たと思うんだ。なにせ誘拐されたお姫様の故郷を探してるって俺が宣伝して回ったんだからさ」


「そうですねぇ」


 ライズとラミアは聖域のラミア達が何故ラミアを探さなかったのかという疑問に頭を悩ませる。


「私を探すことの出来ない理由があったのでしょうか?」


「人間の王族みたいにお家騒動か? その可能性もなくはないが、そもそもラミア達は何故そこまでして聖域と王族の秘密を隠すんだろうな?」


「何故でしょうねぇ?」


 答えの出ない謎に頭を悩ませるライズ達。


「とはいえ、新たしい情報が手に入ったのは間違いない。今後は今回手に入れた情報を元に新しい情報を引き出していく事にしよう」


「となると、また私はお姫様のフリをしないといけないんですか?」


 ラミアが嫌そうな顔を浮かべる。


「フリじゃなくて本物のお姫様だからな。まぁ頑張れ!」


「そんなー。私はいまさら故郷の事なんて思い出さなくても良いんですよー」


 割と爆弾発言を口にするラミアだったが、彼女からすれば記憶に無い故郷の事などは割りとどうでもよく、むしろ昔から一緒に暮らしているライズのそばに居られなくなる可能性がある事のほうが重要な事だった。


「そういう訳にもいかない。約束だからな」


「……約束、ですか」


 ライズの言葉にラミアは自分の足元を見る。

 彼女が見ているのは地上の景色ではない。

 自分達が乗っている存在の背中だ。


「ああ、龍の制約、人とドラゴンの神聖な約束だ」


 ライズはドラゴンに向けて言葉を放つ。


「もうすぐ、約束の1つが適う」


 しかし、ドラゴンは何も語らずに異国の空を飛び続けるのであった。

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