第97話 海の向こうの国
「おかげで助かりました。ありがとうライズ男爵」
カーナヴィ伯爵を領地へと送り届けたライズは、彼の屋敷でお茶を飲んでいた。
「いえ、これも仕事ですから」
「子供達も伝説のドラゴンに遊んでもらって大喜びだよ」
そういってカーナヴィ伯爵が窓の外を見ると、彼の子供達がドラゴンの上に乗って大はしゃぎしている光景が見える。
ドラゴンははしゃぐ子供が落ちないようにヒヤヒヤしているのが明らかで、事実子供が落ちそうになると翼や尻尾で子供達が落ちないように支えてやっていた。
(とはいえ、子供の相手はクラーケンの方が得意みたいだな)
どちらかといえばたまの休みに子供の相手をする不器用な父親みたいなドラゴンの反応にクスリと笑みを浮かべるライズ。
「喜んでいただけて何よりです」
ライズとカーナヴィ伯爵が談笑を楽しんでいると、二人のいる応接間のドアノックされる。
そしてカーナヴィ伯爵が入室の許可を与えると、老齢にさしかかった執事がお盆を手に入ってくる。
「今回の報酬と、この国のラミアの集落の場所を記した資料だ。受け取ってくれたまえ」
一言礼を言った後、ライズは手渡された数枚の紙の束を見る。
内容はこの国のどこどこにラミアの集落がある、そこにはどのような場所かなどと言った土地の特徴が書かれていた。
(さすがに地図では渡せないか)
地図は国家の重要な機密情報である。
どこに何があるかが容易に分かってしまってはそれは機密漏えいになってしまいカーナヴィ伯爵の身が危うくなってしまうので、あくまで民間人が人づてで情報をあつめて得られるレベルでの内容に留められていた。
とはいえ土地の名前や目印になる自然などが書かれているため、一から探す事に比べたら余程楽といえた。
なにより確実にそこにラミアがいる事がありがたいとライズは安堵する。
「カーナヴィ伯爵、あらためてお礼申し上げます」
ライズが頭をさげると、カーナヴィ伯爵は笑いながらその礼を受け取った。
「ライズ男爵、頭を上げたまえ。君は名誉爵位であってもテンド王国の貴族だ。そんな君が他国の貴族に頭を下げた事が知れれば、色々と面倒な事になる。君はもっと自分の立場の複雑さを理解するべきだよ」
「ご指摘ありがとうございます」
予想外にカーナヴィ伯爵が人格者だった事にライズは好感を抱く。
「なんだったら、貴族のいろはを教えるために私の末の娘を妻にしないかね? まだ幼いが将来は妻に似て美人に育つぞ。何せ妻の若い頃にそっくりだからね」
感心した矢先にサラリと自分と血縁を結ばせようとするカーナヴィ伯爵の変わり身の速さに舌を巻く。
(この人も貴族だなぁ)
「申し訳ありませんが、この身は一代限りの爵位ですので、いずれはお嬢さんを苦労させてしまいます」
「そうかね? 君の稼ぎなら孫が生まれても苦労する事は無いと思うのだがね。もしかしたら君の爵位はさらに上がるかもしれないのだし」
「はははっ、さすがに戦争が終わって一年もたたない内にまた戦争になる事は無いでしょう」
カーナヴィ伯爵の言葉を過大評価と思って否定するライズ。
「いやいや、そうとも限らないよ。戦争は誰もが予想しなかった最悪のタイミングで起きるものだ。今日はまだ大丈夫と思った時にはもう手遅れ、なんて事もザラだよ?」
カーナヴィ伯爵の雰囲気が先ほどまでの好々爺のものとは打って変わった事に我知らず身を正すライズ。
「そう考えるとだね。私としては娘達を外の国に嫁がせて、もしもの時の為に生き長らえさせたいとも考えるんだ」
「もしもの時ですか?」
「そう、もしもの時。親の愛情ゆえにあえて子供を遠くに逃がすという親心。幼い子供には理解できないかも知れないがね」
しんみりとした気持ちになったライズ。
「なーんてね! まぁそういう訳だから、もしもその気になったらウチの娘をもらってやってくれたまえ!」
「か、考……いえ、今の私はしがない運び屋ですので」
ふと『考える、またの機会にという言葉は次にあった時に答えを出さないといけないから貴族相手には言ってはいけないよ』と教えてくれた友人メルクの言葉を思い出したライズはすんでのところで言葉を飲み込み、やんわりとした拒絶の言葉で場を濁す。
「そうか、それは残念だ。では君がしがなくない運び屋になった時にまた話をさせてもらうとしよう」
だが伯爵は腐っても伯爵であった。
(こりゃ口車では貴族に勝てんわー)
◆
「カーナヴィ伯爵のおかげでこの国のラミアの情報が入手できた。この資料にある土地を探して国内を飛び回る事にする。表向きは馬車の客を運ぶという名目でな」
「こちらでも商売を始められるので?」
てっきりラミア探しに専念するとばかり思っていたラミアが首をかしげる。
わざわざ海を隔てた大陸でまで仕事をする必要はないのではないかと思ったからだ。
「ああ、ちょっとこの国はテンド王国から遠いからな」
さすがにライズがドラゴン馬車という仕事をしていても、それはあくまでテンド王国内での商売だ。
他国に飛ぶことはあるが、それは事実上の国境侵犯。ドラゴンが相手だから誰も文句を言えないだけという恐ろしい現実があった。
それでもテンド王国の周辺国はドラゴン馬車の有用性と利益を見越してテンド王国に苦情を出す事は無かった。
というかドラゴン馬車に文句を言うと、拡大解釈すれば類似の商売といえる伝書鳩や軽荷を運ぶ大型の鳥の魔物の輸送にも問題が発生してしまうからだ。
さらに言えば各国がテンド王国に文句を言ってライズを追い出したとして、今度は別の国にライズが来る。だがその国がドラゴンの利便性に目をつけて受け入れた場合、お前もライズに文句を言っただろうがと今度は自分が目をつけられてしまう。
だからライズのドラゴン馬車は見逃されていたのだ。
空には国境は無いという強引な理由で。
まぁ、実際のところこの問題はライズが他国に商売の許可を求めるのを忘れたのが原因であり、周辺国もドラゴンに利用価値を見出してしまったが故のミスと判断誤りの重なりが原因だったりする。
だがここは海を隔てた他国。
テンド王国周辺での暗黙の了解が無い以上、まずは国内での商売の許可が必要となる。
そこでライズはカーナヴィ伯爵に頼み、シーフリート国でのドラゴン馬車の運用許可を求める事とした。
すでにドラゴン馬車の情報を得ていたシーフリート国は海の向こうの国に遅れを取るわけにはいかないと判断、どうせ勝てないのだから利用できる分は利用しようとドラゴンの危険性を黙認してライズに商売の許可を与えたのだった。
そうして、カーナヴィ伯爵の屋敷に降りたドラゴン珍しさに近くをうろついていた野次馬にドラゴン馬車の宣伝をして商人や旅人達に呼びかけるライズと魔物達。
そして、客の求める目的地と得られた情報を照らし合わせ、ライズ達は新たな大陸でラミア探しを再開するのだった。
「それに……今回の件をこれ幸いと相乗りでついてきた商人達がいるからなぁ。彼等が買出しを終えるまでまだ数日時間があるんだよ」
「あー、そういえば居ましたね」
さりげなく、利に聡い商人達もついて来ていたのであった。
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