第91話 龍対邪剣

「貴様等の小ざかしい企みもここまでだ! 我が主の手を煩わせた事、死して後悔するが良い!」


 ドラゴンの咆哮が物理的な圧力となってスパイ達を吹き飛ばす。

 彼等の体が根源的な恐怖によってすくみ上がる。


「オオオオオォォッ!!」


 ミノタウロスが手にした大戦槌でスパイを叩きのめす。


「ギャアアアアアア!」


 スパイの腕がおかしな方向に曲がり骨が砕けながら吹き飛び、地面に横たわったスパイはビクンビクンと痙攣する。


 その光景に我に返ったスパイ達が武器を構え突撃するが、彼等周囲に紫色の霧がかかったかと思ったら、突然お互いに攻撃を始めた。


「貴様等何をしている!?」


 後方にいて紫色の霧に触れずにすんだスパイ達がやめさせようと近づくと、争いあっていたスパイ達が争いをやめて襲い掛かる。


「近づくな、魔法で操られている!」


 スパイのリーダーの言うとおり、コレはラミアの幻覚魔法であった。

 ラミアは魔法によってお互いを魔物に見せかけていたのだ。


「ツリャァ!」


 リザードマンのゼルドがスパイ達に槍で襲い掛かる。

 いかな悪魔の力を秘めたマジックアイテムでも、所詮は短剣。

 槍が相手では間合いの不利は否めない。 

 更に言えばリザードマンは己の鱗を防具とする種族。

 金属鎧に身を包んだ聖騎士と違い動きは早い。


 スパイが懐に飛び込んで禍々しいナイフを突き出そうとしても、ゼルドは両足と尻尾を使った急激なステップでことごとく攻撃を回避する。

 コレこそが人間には不可能なリザードマンの歩法であった。


「せいっ!」


 ゼルドの槍がスパイの手を切り裂き、悪魔の力の宿ったナイフを弾き飛ばす。


「はぁぁぁぁ~」


「うわぁ! 下がれ! マタンゴの胞子だ!」


 マタンゴがスパイ達に催眠胞子を振りかけると、スパイ達は慌てて後ろに下がる。

 そのスキを縫って他の魔物達が傷ついた聖騎士達を回収し、ユニコーンが回復魔法をかけてゆく。


「う、うう……」


「もうしばらく辛抱しろ。すぐに傷を治してやる」


 ぶっきらぼうながら重傷を負った聖騎士達を治療してゆくユニコーン。

 他の魔物達は仲間の魔物が作ったポーションを軽傷の聖騎士の肌に塗ってゆく。


「ダメだ! ドラゴンがいるんじゃ勝ち目なんてない!」


 スパイ達の一部はたとえ地上の魔物達を倒しても、ドラゴンが居ては全滅は必至だと逃亡を開始する。

 だが集団から離れたスパイ達はドラゴンにとって格好の獲物。

 すぐさま地上に急降下してドラゴンのエサとなってしまった。


(とはいえ、やはり乱戦では我の出番は無いな)


 圧倒的な力を持つドラゴンであったが、仲間達が戦っているこの状況ではうかつに戦いに参加すると味方も巻き込んでしまう為に戦いに加わりにくい状況だった。

その為、味方を攻撃せずにすむように、戦線から逃げだしたスパイを倒すだけにとどまっていたのだ。


「お、おのれ!」


 スパイのリーダーは魔物達の攻撃をうまくかわしていたがやはり多勢に無勢、次第に劣勢に追い込まれてゆく。

 むしろこの状況でよく持ちこたえていると言えた。


「さぁ、残りは貴方だけです! おとなしく武器を捨てて投降しなさい!」


 ラミアが手に魔力を輝かせてスパイのリーダーに呼びかける。


「く、魔物風情が!」


 憎らしげにラミアを見るスパイのリーダーであったが、その目つきがふと変化する。


「?」


 敵の様子が変わった事に訝しがるラミア達。


「ふっ、貴様等などに屈する気はない!」


 スパイのリーダーが突如ラミアに向かって突進してくる。


「この!」


 ラミアは幻覚魔法を放つが、紫の霧に飛び込む前にスパイのリーダーは方向転進し、真横に逃亡を開始する。

 彼はラミアの魔法がエリア型の魔法である事を見切り、あえて発動させる事で再度の魔法発動までにかかる時間を稼いだのだ。


「逃がさねぇぜ!」


 ミノタウロスとゼルドが立ちふさがるが、スパイのリーダーはミノタウロスの攻撃を華麗に回避、次いで襲い来るゼルドの槍を悪魔の力の宿った禍々しい剣で切り裂いた。


「なんと!?」


 たとえ間合いに優れた槍であろうとも、刃の部分を切り落とされてはただの棒だ。

 そのまま彼等に攻撃を仕掛ける事無くスパイのリーダーは包囲から抜け出し、王都に向かって駆け出す。


「愚か者め、仲間がいなければ貴様を殺すことに躊躇など無い」


 ドラゴンが孤立したスパイのリーダーに向かってダイブを行う。

 スパイのリーダーはその攻撃を回避して王都に逃げ込むかと思われた。


 だが、突如彼は止まり、そして地面に跪いた。


「あきらめたか」


 ドラゴンは彼が逃げることをあきらめたと判断した。

 だがそれは間違いであった。


「諦める? 馬鹿め! 勝利を手にした私が何故諦めねばならん!」


 振り向いたスパイのリーダーの手には、ラミア達の見知った宝石が握られていた。


「あれは!?」


 ラミアが驚きの声をあげる。

 そう、アレこそはライズ達の下から盗み出された悪魔の力、封魔の術宝であった。

 見れば彼の足元には不定形のスライム状の魔物の姿がある。

 そう、術宝を持って逃げ出したシェイプシフターだ。


「邪剣よ! 大いなる悪魔の力を解放せよ!」


 リーダーの叫びに、封魔の術宝と邪剣が赤黒く脈動する。


「ふはははははっ! 封印された悪魔の力が剣を介して私に流れてくるぞ! 素晴らしい!!」


 スパイのリーダーの体が膨れ上がり、その輪郭を変貌させてゆく。


「お、オオオ、オオオおおオオ!!」


 その体から8本の細長い脚が生え、胴体が丸く膨らんでゆく。

頭から8本の角が生え、まるで王冠のように頭部を飾った。


「がはっぁぁぁぁぁ」


 その姿は蜘蛛であった。

 人間の頭を持った巨大な蜘蛛、それが彼の新しい姿であった。


「我は無敵! 我こそが全ての支配グギャアッ!?」


 恍惚の笑みで口上をあげていたスパイのリーダーだったが、ダイブしてきたドラゴンの両足によってその体を地面に叩きつけられる。


「オギャアアア! オノれぇぇぇ!」


 口上を途中でやめさせられたからか、攻撃を受けたからか、スパイのリーダーが怒りのまなざしでドラゴンを見つめる。


「五月蝿いぞ虫けら」


 ドラゴンが両足の爪に力を込めると、蜘蛛の体がひしゃげていき、爪が食い込んだ部位から体液が噴出す。


「許さんぞぉぉぉ!」


 蜘蛛の尻尾から糸が噴出してドラゴンの体に巻きつく。

 だが人間が相手ならともかく、その糸はドラゴンの巨体に比べればあまりにも少な過ぎた。


「うっとうしいわ」


 ドラゴンはスパイのリーダーをつかんだまま飛翔し、その勢いのままに彼を空中に放り投げた。


「滅びよ!」


 ドラゴンの口から強大な魔力がほとばしる。


「ひぃ!?」


 その濃密な魔力に恐怖の表情を浮かべたリーダーは逃亡を行おうともがくが、空中では逃げる場所など無い。

 そして彼があがいている間にドラゴンの準備は完了、その口から莫大な魔力を伴ったブレスが放出された。


「やめっ……」


 ブレスが悪魔と化したスパイのリーダーを包み込む。

 蜘蛛糸を吐き出して必死で身を守ろうとあがくが所詮は焼け石に水。

 瞬く間に糸を焼き尽くされ、出現したばかりの悪魔は塵ひとつ残さずに消滅してしまった。


「さて、騒がしくなってきたことであるし、主の下へ帰るとするか」


 何事も無かったかの様に気楽に告げるドラゴン。

 その晩、王都にドラゴンが現れたとのニュースが飛び交うのだった。

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