第75話 宝箱

 ゴーレムが守っていた扉をくぐったライズ達はまっすぐ伸びる通路を歩いていた。


「これ、少しずつ下がってるな」


 通路に傾斜が掛かっている事を察したライズは、遺跡が唯の地下室ではなく、より大きい構造物だと気付く。


「主殿、突き当たりで道が分かれているぞ」


 夜目の効くゼルドが進む先がT字路である事をライズに告げる。


「じゃあ、入ってきた側の通路に目印をつけて、右側へ進もう」


 これが迷宮である可能性を考慮したライズは、迷わない為に壁に矢印と①という数字を描いてここから入ってきた事を印す。


「じゃあ行こうか」


 ◇


「いやー、見事にはずればかりだな」


 突き当たりにたどり着いたライズは呆れたようにつぶやく。

 地下に潜っておよそ3時間、最初に分かれ道を右に進んだライズ達はその後も何度も分かれ道に突き当たった。

 そして分かれ道は奥に進む道と突き当たりばかりで部屋は無く、ただただ当たりと外れの単調な道ばかりである。

 罠も無ければ魔物も居ない、退屈極まりない構造だった。

 

「構造的には迷宮なんだが、それにしては侵入者を追い返す気のない構造だなぁ」


「この単調さはちょっと苦痛ですけどね」


 ラミアも意図の読めない構造に苦笑いをしている。


「ふはははは! 我の実力に迷宮の番人共も恐れをなしたか!?」


 一人ゼルドは迷宮の魔物達が自分を恐れて逃げ隠れているのだと勘違いしている光景にライズも苦笑するしかなかった。


「む、主殿! 奥に何か見えるぞ!」


 と、そこでゼルドが声を上げる。

 単調な道に飽き飽きしていた魔物達も変化が起きた事で色めき立つ。


「よし、周囲に警戒をしながら進むぞ」


「はい!」


 ◇


「扉か」


 そこにあったのは言葉通りの扉だった。


「この先に部屋があるのでしょうか?」


「だと思うが」


「では我が中を確認してきましょう!」


 と、ゼルドが無造作にドアを開ける。


「あ、バカ!」


 何の警戒もせずにドアを開けたゼルドにライズが声を上げる。

 迷宮のドアは何らかの罠が掛かっていないとも限らない。

 それゆえに警戒をするのは必須であったのだが、沼地育ちのゼルドには罠を警戒すると言う思考そのものが無かった。


「ライズ様!」


 慌ててラミアがライズの体に巻きつき己の身を盾とする。

 ラミアの下半身がライズの足に絡みつき、ラミアの胸がライズ顔面を保護すべく埋め込んでゆく。


「むぼっ!」


 突然柔らかい肉に包まれた事で呼吸が出来なくなるライズ。


「いきなり開けるなんて何を考えているんですかゼルドさん!!」


 ラミアがゼルドに非難の声を上げる。


「む? 何がだ?」


 しかし当のゼルドは罠に掛かった様子も無く、ラミアの抗議に首を傾げていた。


「ここは地下の迷宮なんですよ! 罠があるかもしれないでしょう!」


「……おお!」


 ラミアに指摘されてようやく罠の存在に思い至ったゼルドは感心したように頷く。


「成る程、人間は家の中にも罠を張る種族だったのか! 成る程成る程、それならば我が主がこれほどの強者を従えている事にも納得がいく。普段から罠に掛からぬ様に警戒心を養っているのだな!」


「……はぁ?」


 あきれ返るラミア。だがこれは種族的な居住環境の違いゆえの勘違いであった。

 リザードマンは穴を掘り、縦穴式住居を作って暮らすため、入り口から地下に降りるのは当たり前という認識だったのだ。

 つまりゼルドにとってはこの迷宮は迷宮ではなく、とても広くて細長い家として認識されていたのである。


「それよりも、主殿をそのままにしていて良いのか? 呼吸が出来なくて苦しそうだが?」


 とそこでようやくライズが己の胸の中で窒息しかけている事に気付くラミア。


「す、すみませんライズ様!」


 慌ててライズを胸から引きずり出すラミア。


「ぶはっ! ぜぇ、はぁ……はぁぁぁぁ」


 ようやく息ができるようになったライズは、荒く息を吸って酸素を取り込み、まともに呼吸が出来る様になったところで深呼吸して息を整えた。


「誠に申し訳ございません!」


 ラミア平身低頭ライズに謝罪を繰り返す。


「ああ、いいって。俺を守ろうとしていたんだろう? だったら怒る理由なんて無いさ」


 ライズは誤るラミアの頭を優しく撫でてやる。


「はう……」


 そのぬくもりに頬を染めるラミア。


「さて、それじゃあ警戒して中を探索しようか。中にゴーレムが居るかもしれないから注意してくれよ」


「分かりました!」


「承知した!」


 最初にゼルドが入り、その次に灯り役としてサラマンダーが入っていく。

 そして援軍としてやってきた蜘蛛の魔物ラージスパイダー達だ。 


 ラージスパイダーは元々ライズが従魔として従えた魔物ではない。

 彼等はライズの従魔であるアラクネの眷属であり、アラクネが主であるライズの命令に従うように命じた為に彼の従魔となったのだ。

 こうした経緯からライズの従魔となった魔物も少なくは無い。


 そして彼等が仲間になった事はライズにとって予想外の福音となる事が多かった。

 その1つは数であり、眷属系の魔物は数が多い事。

 軍に所属していたライズがドラゴンの様な強力な魔物を従えている意外での強みが数を従えている事だった。


 そしてもう1つが大きさの問題だ。

 高位の魔物は大型になる傾向が多い、その為に建物の中に入るのには向いていない者も少なくなかった。

 だが小型の魔物ならば建物内でもライズの護衛となる。

 現にライズの事務所の天井裏や床下には護衛の眷属魔物達が複数住みついており、侵入者達をたちどころに捕らえていた。


 次いでラミアが入り、ライズがその後に続く。殿はコボルトだ。


  ◇


「これはまたシンプルな部屋だな」


 扉をくぐった先にあったのは、何も無い部屋だった。

 否、正しくは1つだけある。

 宝箱だ。

 何も無い部屋の真ん中に、ぽつんと宝箱が置かれていたのだ。


「これがお宝なのかなぁ? けどどう見ても罠だよなぁ」


 あからさま過ぎて逆に警戒するライズ。


「だがこのまま突っ立っていても意味がなかろう。ここは開けるべきだと思うぞ主よ」


 と、ゼルドが宝箱を開ける事を進言する。


「いえ、開けない方が良いですね。アレは宝箱ではありません」


 と、そこでラミアがゼルドを制止する。


「む? 何故分かるのだラミア殿」


 近づく事無く宝箱が罠だと断言したラミアに問いかけるゼルド。


「その箱から熱を感じます。宝なら熱はありませんから」


 蛇にはピット器官という熱で獲物を感知する器官がある。

 蛇型の魔物であるラミアもまた同様の器官を有しているらしく宝箱が罠だと断言した。


「宝箱に潜む魔物、となるとミミックか」


 ミミックとは物語や冒険者達の話でよく出てくるポピュラーな魔物の名前であり、大抵が宝箱に偽装している事でも有名だった。

 ちなみにミミックは宝箱に潜んでいるわけではなく、宝箱を家とするヤドカリ状の魔物である。

 家である以上ミミックはより作りの良い宝箱を好む。

 その為いかにもお宝が入っていそうな宝箱を見たらミミックと思えという格言もあるくらいだった。


「よし、サラマンダー、あの宝箱を燃やしてくれ。口を空けたらゼルドが槍で攻撃。逃げたらラージスパイダーが糸で動きを封じてくれ」


「承知した!」


 魔物達が宝箱を囲んで攻撃の準備を整える。


「シャー!」


 サラマンダーが何発もの火炎球を宝箱に放つ。

 ボンッっという音と共に火炎が宝箱に燃え移ってゆく。

 そしてしばらくは何事も無かったかのように燃えていた宝箱がカタカタと揺れ始め、遂には蓋を開いてゴロゴロと転がり始める。


「未だ!槍で中を突け!」


「承知!」


 ライズの命令に従ってゼルドが槍を突き出す。

 だが宝箱は火を消そうとメチャクチャに動き回る事で跳ね回って狙いが定めづらい。


「ええい、おとなしくせんか!」


 悪態をつきながら槍を突くゼルド。

 だが中々宝箱の中に槍が突き刺さらない。


「火が消えたらラージスパイダー達は糸で拘束しろ!」


 仕方なく宝箱の動きを止めてから攻撃する事にするライズ。

 そしてようやく火が消えてきたところで、ラージスパイダー達による飽和拘束が始まった。

 四方八方から粘着質の糸を放たれ身動きが出来なくなる宝箱。


「ジャー!!」


 宝箱の蓋がガチンガチンと開いたり開いたりを繰り返し威嚇してくる。

 箱の中にはギョロリとした目玉と、ギラギラとしたギザギザの牙が松明の炎に反射する。


「よし、止めだ!」


 ライズの指示を受けゼルドが宝箱の中に何度も槍を突き入れる。


「ジャァァァァ!」


 痛みのあまり宝箱はゼルドの槍を噛み千切ろうとするが、そのスキを狙ってサラマンダーが宝箱の中に火炎球を放ち、あまりの熱さに口を空けた所でゼルドは槍を引き抜き再び突き刺した。


 その流れを繰り返す事数分、香ばしい香りを漂わせながら宝箱は動かなくなった。


「た、倒したのか?」


 ゼルドが槍でつつきながら宝箱の中のミミックの反応を確かめる。


「ラミア!」


「はい!」


 と、そこで突如ラミアが飛び出してミミックに駆け寄ってゆく。


「な、何だ!?」


 これから何が起こるのかと警戒して槍を構えるゼルド。

 するとラミアは荷袋からナイフを取り出してミミックの牙をくりぬき始めた。

 そして地面に木の枝を何本も置き、さらにその周囲に取り除いた牙を置いてから上に宝箱を載せる。

 袋の中からいくつものビンを取り出すとその中に入っていた粉を振り掛け、最後に水袋の水を中にぶちまける。


「サラマンダーさん宜しくお願いします!」


「シャー!」


 一糸乱れぬ連携でサラマンダーが宝箱の下の木の枝を火炎球で燃やし始める。

 次第にグツグツと煮立ち始める宝箱の中の水。

 先ほどまでの香ばしい香りが更に良い香りへと変貌してゆく。


「な、何が起きているのだ?」


 状況がつかめずに困惑するゼルド。


「鍋だよ」


 そういって鍋に近づいてきたライズは、荷袋から食器を取り出した。


「これは、ミミックのモツ鍋だよ!!」


 ゼルドの鼻腔を、とても美味しそうな匂いがくすぐるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る