第22話 にじり寄る食欲
「はぁぁぁ!」
硬い皮鎧に身を包んだ戦士が雄叫びと一緒に戦斧を振り下ろす。
「ギャァァァァァオオオッ!!!」
戦士の攻撃を受けた魔物が脳天から股間までを一文字にかち割られて真っ二つになる。
「フリーズボール!!」
魔法使いが周囲への影響を考えて氷の魔法を放つ。
「グキャッ!!」
周囲を木やヤブに囲まれたその場所は、魔物の逃げ道を著しく減らす。
邪魔な植物を掻き分けている間に、魔法は魔物に命中し、そn半身を凍らせた。
「セイッ!」
そして魔物の動きが鈍った所で、戦士が背後から魔物を両断し、周囲で彼等以外に動くものは居なくなった。
「ふぅー」
一仕事終えた戦士が大きく息を吐く。
「大分狩ったな。コイツの素材を剥いだら町に帰るか」
「そうだな」
彼等は冒険者だった。
様々な町へと旅をし、その場その場で危険な仕事を請け負って日々の糧を得る根無し草でもある。
いつ何処で死ぬかも知れない、危険すぎて割に合わない時も多々ある仕事だ。
だがそんな危険な仕事だというのに、冒険者になりたがる若者の数は減らなかった。
「しかし魔物が多いな。森の魔物はあの魔物使いの従えるドラゴンが間引きさせてるんだろう?」
戦士がぼやきながら魔物から金になる素材を剥いでゆく。
「この次期だからな、繁殖期で増えた魔物が例年よりも多かったんだろうさ」
「となると、魔物狩りの次期か」
戦士がウンザリした様子で大魔の森がある方向を見る。
「毎年かならず訪れる魔物の大量発生する時期。今年ももうそろそろだな」
◆
「と言うわけで、正式にこの町の駐在騎士になる様にと辞令が降りたわ」
メルクが帰還して一ヵ月後、町に残ったレティがそう伝えにやってきた。
「えーっと、おめでとう?」
「ええ、おめでとうよ」
(左遷じゃないのかこれ?)
内心左遷なんじゃないかと思ったライズだったが、レティが嬉しそうだったのでその言葉はあえて心の中に止めておいた。
「で、この町でどんな任務を行なうんだ? 自警団は既にあるし、ヘタに動くと現地住民の軋轢を招くぞ」
レティに与えられた任務はとっくに理解しているが、当のレティはその事を知らない。その為お互いの認識に齟齬が生まれないように、ライズは互いの情報のすり合わせを行なった。
「表向きは大魔の森から人々を守る騎士団の駐屯地ね。でもその本当の目的はライズを保護する事よ。ライズは強い魔物を従えているけど、それは戦いになったらであって、例えばほかの貴族や特定の組織にその力を利用されないとも限らないわ。そんな時の為に騎士団の権力を振りかざして私がライズを守るの!」
若干『私が』の部分が強調されていた気もするが、レティの話した内容はメルクと取り決めた約定に沿ったものだった。
(要は物理的な護衛じゃなく、権力としての護衛ってわけね。まぁ俺には特殊部隊を無効化する護衛が居る訳だし、そこに予算を掛けたくはないわな)
「で、騎士団のメンバーは?」
ライズの元にやって来たのはレティだけだ。
もし部下が居るのなら、護衛対象に顔合わせくらいさせるだろう。
「居ないわ。デクスシの町の騎士団は私一人よ!」
普通に考えればかなり異常な事なのだが、その方が色々と楽なのでライズもあえて突っ込まないで居た。
(予算をギリギリまで切り詰めての嫌がらせだな。けど裏では俺を監視している連中はまだ居る。多少腕の立つ人間を用意したらしいが、それでも町にいる猫が全てケットシーの手下だとは気付いていないみたいだ)
ケットシーは猫の王とも呼ばれる魔物だ。
彼等は同属同士で遠距離間の連絡を行なうだけでなく、同じネコ科の生き物を従える能力を持っていた。
その能力を使って、ライズは国中から様々な情報を得ていた。
ライズが軍人時代に活躍できた理由のひとつが、このケットシー情報網のお陰なのである。
そしてケットシーから得た情報で、ライズはこの町に大きな危機が迫っている事を知った。
「すみません! ライズさんはいらっしゃいますか!?」
と、その時、ライズの事務所兼掘っ立て小屋に女性の声が響く。
「はーい、いますよー」
レティとの話を切り上げて、ライズは声の主に答えつつ壁のない掘っ立て小屋の入り口、と仮定した方向へ歩いてゆく。
入り口(仮)に立っていたのはおおよそ20代前半であろう女性だった。
「ライズ=テイマーさんですね。冒険者組合より参りましたイノと申します」
イノと名乗った女性はライズに軽く頭を下げ挨拶をしてくる。
(硬そうな人だなぁ)
イノのピシャリとした印象から、おそらくはマジメな人間なのだろうと推察するライズ。
「初めましてイノさん。今日は何の御用ですか」
何を言われるのかを既に分かっているライズであったが、あえてソレをイノの口から聞く事にする。
「本日はライズさんに仕事の依頼に参りました」
「依頼ですか。一体どんな依頼で?」
イノはライズを正面から見据えて答えた。
「大魔の森からやって来る大量の魔物の討伐です」
新しい嵐が、やってこようとしていた。
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