第15話 英雄は必要か?

 時は1ヶ月前にさかのぼる。


 そこは高級なじゅうたんが敷き詰められ、壁には高価な金属製の鎧と剣、それに盾がかけられている。

 反対側の壁には大きな絵が飾られており、そのほかにも様々な装飾品が部屋を彩っていた。

 それら全ての価値を合わせれば、金貨数十枚はくだらないだろう。

 それは部屋の主が高い地位にある人間である事をうかがわせる。


 と、そこで部屋の出入り口であるドアがノックされた。


「入れ」


 部屋の奥に配置された高級そうな机の向こうから男性の声で入室許可が下りる。


「メルク=ゼイト騎士爵参りました」


 室内に入ってきたのは、ライズの友人にして同僚であるメルクだ。


「良く来てくれた、ゼイト次期子爵」


 男はメルクの事をいずれ父親から受け継ぐ爵位で呼んだ。


「まだ騎士爵ですよフリーダ団長」


 フリーダと呼ばれた男は椅子の背もたれに体を預け、メルクを見つめる。


「いずれ受け継ぐのだから同じ事だろう。それよりも君に仕事を頼みたい」


「僕にですか?」


 フリーダは立ち上がりメルクの前へと歩いてゆく。


「マルド元将軍が陛下にライズ=テイマーの復隊を申し出た」


 フリーダは元の部分を強調する。


「ライズの!?」


「ライズ=テイマーの魔物は他国に対する牽制になる。それを放逐するなど正気の沙汰ではないと言ったそうだ」


 フリーダは忌々しげにその時の事を語る。


(いやー、事実正気の沙汰じゃないしね)


 これにはメルクもマルド将軍と同意見だった。

 目の前の将軍は実戦を経験した事がない。

 彼は有力な貴族の息子であり、王都騎士団の一員として一度も実戦を経験する事無く王都で過ごしていた。


 王都騎士団は文字通り王都を守る最後の砦。

 本来ならば国の最高戦力が勤める大切な仕事だった。

 だが王都とは戦争においては一番最後に攻められる場所だ。

 本当に有能な人間はドンドン前線に呼ばれる。


 結果、王都騎士団は己の保身と名ばかりの役職にしがみつく者だけが着任する無能騎士団と影で嘲られていた。

 つまり目の前の新団長は無能という事である。


「だが栄光ある我が騎士団に魔物使いなど不要! 大体騎士が汚らわしい魔物などに頼るなどもってのほかだ!」


(でもその魔物が居なければこの国はとっくの昔に敵の手に落ちていたんですよ)


 そう思っていたが、相手は仮にも上司なのでメルクは彼の演説に乗っかる事にする。

 

「さすがは団長、慧眼です」


 なのでメルクはフリーダの思惑に乗る事にした。

 人間長いものに巻かれた方が出世も長生きもできるのだから。


「おお、分かってくれるか! さすがゼイト子爵のご子息だ!」


 僅かに、ほんの僅かにメルクの眉が歪む。

 だが、それは本当に僅かなゆがみであり、目の前のフリーダは全く気にも留めなかった。


「ではマルド元団長が派遣する騎士に同行し、陰からライズ=テイマーの復隊を阻止するのだ!」


「はっ!」


(友人の邪魔と友人の帰還を邪魔するのか、これは気が重いなぁ)


 そう思いながら、メルクはライズの説得に選ばれるであろう自分の同僚を悲しませる事に申し訳なさを覚えていた。


(でもま、仕方ないよね。仕事なんだし)


 ◆


「と言う訳ニャ。王都のケットシーから貰った情報だから間違いないニャ」


 ライズの従魔もであるケットシーという魔物にはほとんど戦闘能力はない。

 何しろ喋る猫だからだ。

 しかし一見無能に見える彼等だが、実はとんでもなく有用な能力を持っていた。

 それは意識の伝達能力である。

 ケットシーは遠く離れたケットシー同士で連絡を取り合う事が出来るのだ。

 どうやったらそんな事が出来るのかとライズはかつて問うたが、ケットシーは大事な商売能力だからと教えてはくれなかった。


「なるほどね。軍の内部でも意見が統一されていないみたいだな」


(戦いが終った直後から政治抗争か、まったく頭悪い連中だなぁ)


「それと、アラクネが捕らえた男だけどニャ。アイツは隣国のスパイニャ。目的はご主人のスカウトだったニャ」


「スカウト? 暗殺じゃないのか?」


 予想外の答えにライズが首をかしげる。


「それはだニャ……」


 ケットシーがライズに事の真相を語ると、ライズは大きくため息を吐いた。

 そしてケットシーのアゴを撫でながら今後の事を考える。


「とりあえず、面倒事を持ってくる連中にはご退場申し上げますか」


「おっ? やるニャ?」


 ケットシーがゴロゴロと喉を鳴らしながらライズに笑いかける。


「ああ、久しぶりに陰の部隊を動かすよ」


 魔物使いの本領が今、発揮されようとしていた。

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