第49話 無気力のM

 あの人が……ロリアス・パソビエが処刑されてから三節ほど経ち、春の中節初頭の長くはないが短くもない休みのある日。

 私、マギヤ・ストノストは自分のベッドの上でまばたきもせずボーッとしていた。

 宿題や昼食は済ませたし、任務や外へ出なければいけないほど買っておくべき物もない。


 ……あのロリアス・パソビエが処刑されてから三節ほど経ち、春の中節初頭の長くはないが短くもない休みのある日。

 同じようなことを二度も考えるほど暇を持てあました私、マギヤ・ストノストは自分のベッドの上でボーッとしていた。

 いい加減目が乾いてきたので、まばたきを二、三回すると同時に思い浮かんだことがある。


 そういえば、ウリッツァは昼食後どこへ行くと言ってましたっけ。

 ……全く思い出せないのでヴィーシニャさんと二人でデートでしょうか、さて、今日は……。

 ……ああ、今日もヴィーシニャさんは、あのペンダントを着けてくれていない。……言い出しっぺやペンダントに監視魔法をかけている相手がウリッツァ以外の男だからでしょうか。



 その日の夜、私はヴィーシニャさんに二人で話したいと言われてヴィーシニャさんの部屋を訪れた。

 開口一番にペンダントのことを話そうとしたら、ヴィーシニャさんにこんなことを言われた。

「マギヤ、お願い。ウリッツァの当て馬になって」

「はい?」

「引き受けてくれるの?」

「いや、今のは同意の『はい』ではなく……それよりも、なぜ私に……?」

「プリストラに頼んだら断られたから……」

「ああ……」


 確かにヴィーシニャさんから見ればプリストラは本命以外ですが、プリストラにとっては違いますし、

 ヴィーシニャさんがプリストラを友人ぐらいにしか思っていないのは、もはや周知の事実で、

 今そこがどうこうなっても嘘と思われる可能性しかありませんからね……。

 それに当て馬とは本来好き好んでなるものではないそうですし。


「というか、そもそもなぜ当て馬を欲しがっているのですか?」

「ウリッツァは、わたしを恋人として好きでいてくれてるのかなって……」

「……はなから貴方を異性として、恋人として見られないなら、そもそも貴方からの告白を承諾しないと思うのですが」


 私の言葉にヴィーシニャさんは、いろいろ御託を並べているが、正直私にはどれも全く響いていない。

 きっと、ヴィーシニャさんは、あの人と過ごした記憶とウリッツァを比べてしまっているだけだ。

 そうだ、そんな貴方を今ここで私が壊したら――


「ヴィーシニャーん、来たよー?」

 不意に聞こえた背後の声に黒い思考を遮られる。……声の正体の予想を立てながら少しだけ振り向く。

「……フィーさん」

「あ、マギヤ♪ 一緒に夜伽する?」

 誰か確認して名前を呼んだだけで、ある種いつも通り、うざったい調子で絡んでくるフィーさんに、私はあくまで淡々とこう返す。

「するわけないでしょう、それに、ヴィーシニャさんとの話は貴方がちゃんとしていれば明日以降でもできますから。それでは、おやすみ……ああ、フィーさんは仕事しなさい」



 フィーさんが何か言うのを遮るようにヴィーシニャさんの部屋のドアを閉め、瞬間移動テレポートでウリッツァとの部屋に戻り、

 朝食当番等じゃないからと、ぐーすか寝息をたてるウリッツァに少しだけ心を和ませ、私は下段にある自分のベッドのふちに座る。


 それにしても、まさかフィーさんあれに邪魔される……いや、助けられると言うべきか……とは。

 けれど、もし、あれの来訪が遅かったら今頃私はヴィーシニャさんにとんでもないことをして……処刑されていたでしょう。


 ……私は、プリストラと違ってヴィーシニャさんに恋愛感情のような物は抱いていない。

 けれども今まで欲情を催さなかったかと問われれば、はい全くと言いきれない自分がいる。


 あの人はヴィーシニャさんが使っていた部屋や、風呂場や脱衣場、トイレなどにある小物各種に監視魔法を仕込み、ヴィーシニャさんの裸体や痴態を眺めたり、

 ヴィーシニャさん使用済みのあれやこれやを利用してヴィーシニャさんとの行為を想像したりして……ああ、思い出すだけで忌々しくて……あちこち苦しい。


 あの人からヴィーシニャさんを取り戻し、取調べを受けるヴィーシニャさんを見ることになったときも、

 目の前のガラスを、怪我防止のバリアを伴った握りしめたこぶしで割って、

 あの部屋にいたヴィーシニャさん以外の全人類――といっても片手の指で足りる数――の肺胞どころか人以外の邪魔な全ても凍らせ砕いて、

 あの人にしようと思っていた行為をヴィーシニャさんにしそうになるのをこらえるのが大変だった。


 それにウリッツァがヴィーシニャさんと正式に男女交際を始めたという報告を受けて以降、私は、

 仲睦まじい二人を見るたびに、どちらか片方を凌辱したいだの、その様をもう片方に見せつけてやりたいだの、

 どす黒い妄想が浮かんでは掻き消しを繰り返してばかりで――。


 ……あの人がいなくなれば暴力的思考が無くなる……とまでは行かなくとも、少しは減ると思っていたのに。

 やはり、何をしてでもあの人の死刑執行人の一人になりに行くべきだったか……いや、今悔いてもあの人は戻ってこない。

 ……寝よう、あの人やウリッツァのことを考えて出たあれこれを部屋の外の共用ゴミ箱に捨てて、と。

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