内海廉寛の墓を探すのよ!

 私は箕輪まどか。最後の強敵と戦うため、山梨県にやって来た。


 最後の強敵という言葉に若干の不安を覚えるまどかである。


 マイクロバスに敵がチョッカイをかけて来たが、あくまでそれは互いを牽制し合う程度のもので、むしろ私達の方が敵を圧倒したと思えた。


「いよいよ近くなって来ました」


 私達が乗っているマイクロバスが高速道路のインターチェンジを降りた時、私が尊敬する西園寺蘭子さんのお弟子さんで、私と霊感親友の綾小路さやかのお師匠様でもある小松崎瑠希弥さんが告げた。


 瑠希弥さんは感応力がずば抜けており、富士山麓一帯をサーチしていたのだ。


「どの辺や?」


 蘭子お姉さんの親友である八木麗華さんが助手席から振り返って瑠希弥さんに尋ねた。


「まだ細かくはわかりません。只、急に内海廉寛の残留思念の強さが高まったのは確かです」


 瑠希弥さんはサーチを継続しながら、麗華さんに答えた。麗華さんは腕組みして前を向き、


「今までで一番えげつないやっちゃな。案外、大した事ないかも知れへんで」


「確かに霊能力などで考えれば、内海帯刀の方がずっと上でしょうね」


 私の彼氏の江原耕司君のお父さんである雅功さんが微笑んで言う。


「ほなら、チャチャッとやっつけられるな」


 麗華さんはガハハと大口を開けて笑った。そうならいいんだけど。


「闇の仏具を所持していなければ、そうなるでしょうが」


 雅功さんは真顔になって続けた。麗華さんはギクッとして振り返った。


「闇の仏具の力は、皆さんも知っての通りです。霊能力がない鴻池大仙があれ程の力を振るえたのですから、今回の敵が霊能者なのが確定している時点で、そう簡単にはいかないのは確かでしょう」


 雅功さんの言葉にバスの中には一瞬にして静寂が訪れた。


「矢部さん、そこの右の脇道を入ってください。そちらからより強く残留思念の波動を感じます」


 瑠希弥さんが目を閉じたままで言った。


「了解」


 麗華さんのお父さんで心霊医師の矢部隆史さんはハンドルを切り、少し狭くなった未舗装の脇道にバスを進めた。


「その残留思念が一番強くなっているところに別の力が近づいています」


 江原ッチの妹さんの靖子ちゃんが言った。彼女も瑠希弥さんに劣らない感応力の持ち主。


 その方面では、私も江原ッチも全然太刀打ちができない。


「どうやら、敵も廉寛の墓を探しているようね」


 蘭子お姉さんが呟いた。


「そこには一体何があるんだ?」


 親友の近藤明菜の彼の美輪幸治君が江原ッチに囁いたが、


「俺にわかる訳ないだろ」


 江原ッチは苦笑いして応じた。何があるのかはバスの中にいる誰にもわからない。


 只、敵がそこを目指している以上、先に辿り着く必要があるのは理解できた。


「箕輪、コロッケ食べるか?」


 肉屋の御曹司で、靖子ちゃんの彼でもある力丸卓司君が紙袋の中から野菜コロッケを取り出した。


「今はいいわ」


 私は苦笑いして応じた。リッキーは無意識のうちにその身に宿した七福神の一人である布袋様の力を解放していた。


 敵が近づいているので、防御を発動したのだ。


「そこを左に行ってください」


 瑠希弥さんが矢部さんに近づいて言う。瑠希弥さんは自分の目で周囲を確認しながら、サーチをしている。


 いよいよ近いのかも知れない。


「龍の気脈が乱れています」


 気功少女の柳原まりさんが雅功さんに告げた。雅功さんはまりさんを見て頷き、


「龍の気脈は関東甲信、そして静岡の守りの要です。敵の接近を察知して、動き出しているのでしょう」


「それと関わりがあるのでしょうか、何かがこちらに近づいていますよ」


 まりさんと付き合っている坂野義男君が言った。彼は想念を作り出す力に長けている。


「え? 何も感じないんだけど?」


 靖子ちゃんが首を傾げた。すると坂野君は、


「人とか生き物ではないです。機械でもありません。人形、かな?」


 同じように首を傾げた。どういう事だろうか?


「廉寛の残留思念を微かに感じます。残留思念が動かしているのかも」


 瑠希弥さんが坂野君を見た。坂野君は瑠希弥さんに見られたので、真っ赤になって俯いた。


 そんな坂野君をまりさんは嫉妬するでもなく、優しく宥めている。


「大丈夫。私が全部引き受けるから」


 あれくらい懐の大きな人間になりたいと思った。


「無理ね」


 隣にいるさやかに半目であっさり言われた。反論できなかった。


「何だ、あれは?」


 矢部さんが前方を見据えて言った。私達は一斉にそちらを見る。


「げ……」


 そこには、ボロボロになったマネキン人形がいた。


 それもパッと見で何体いるのかわからない程の数だ。


 皆、片足がなかったり、片腕がなかったり、あるいは両腕、あるいは首がないものがぎこちない歩き方でこちらに向かって来ている。


 おぞまし過ぎる。一人だったら、気絶レベルの不気味さだ。


「ひいい!」


 案の定、霊能者ではないリッキーと明菜が悲鳴を上げた。


「くそ」


 すっかり道を塞がれ、矢部さんはバスを停止した。


「任せてください」


 言うが早いか、まりさんはバスの扉を開き、外に飛び出していた。


「危ないよ、柳原さん!」


 江原ッチと美輪君が同時に叫んだ。顔がデレッとしていたので、後で明菜とダブルお説教だ。


 この期に及んで、まだそんな気持ちが湧くのか、バカ男共め!


「心配要らないわ。ここはまりさんに任せましょう」


 蘭子お姉さんが微笑んで言った。


「はい」


 江原ッチと美輪君はお姉さんにデレッとして応じた。ダブルお説教の倍返しね。


「まどかちゃん、見ていてね」


 蘭子お姉さんが小声で私に言ったので、キョトンとしてしまった。


「はああ!」


 まりさんは人形を迎え撃つために気を高め始めた。


 人形達には意志がある訳ではなく、廉寛の残留思念で操られているだけなので、何も反応はない。


 淡々と歩き続けている。それが尚の事、不気味さを増長させている。


 まりさんは人形達がすぐそばまで来ても、まだ気を高め続けている。


 そして、一番先頭の人形の手が彼女に届きそうになった瞬間、まりさんは気を発動した。


 一気にマネキン達はバラバラになり、地面に崩れ落ちた。


 しかし、まるで磁石に吸い寄せられるかのように元の姿に戻ってしまった。


「まりさん!」


 私は予期せぬ出来事が起こったと思い、まりさんを助けに行こうとした。


「大丈夫よ、まどかさん」


 まりさんは振り返って微笑むと、もう一度気を高めてマネキン達を吹き飛ばした。


 今度は気の質が変わっていた。これは、浄化の気?


「以前、まりさんが見せてくれた事があるのよ。気を扱う事に関しては、まさに天才的ね」


 蘭子お姉さんが小声で教えてくれた。


 人形は今度は崩れたままで再生しなかった。


「仕上げをお願いします」


 まりさんはバスに戻って来て私達を見た。何をすればいいのか、すぐにわかった。


「オンマリシエイソワカ」


 浄化真言の摩利支天真言を唱える。


 蘭子お姉さん、麗華さん、瑠希弥さん、雅功さん、濱口わたるさん、江原ッチ、靖子ちゃん、さやか、そして私。


 これだけの人数で唱えれば、どれほどの悪鬼あっき魍魎もうりょうも浄化できるだろう。


 マネキンにはある種の怨念や惜別の思いが宿っていたのだ。


 人形は人の形を模したものだから、特に情念が宿りやすい。そして同時に強い邪念に取り込まれ易い。


 だから、もう二度と操られないように浄化してあげなければならないのだ。


 その浄化の波動にリッキーが発している布袋様の慈愛の波動が加わった。


「人形を悪用する奴も許せんが、どこにでもポイポイ捨てくさる連中も許せんな」


 麗華さんが憤然として言った。その通りだと思う。


「時間がないねん。後で必ず供養するからな」


 麗華さんがマネキン達に声をかけて手を合わせた。私達も手を合わせた。


「じゃあ、先を急ごうか」


 矢部さんがバスを発車させた。


 敵が足止めのために仕掛けて来たのなら、ちょっとまずい感じだ。


 不安が尽きないまどかだった。

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