お母さんに怒られてお勉強なのよ!

 私は箕輪まどか。中学生の霊能者。それなりに美少女である。


 何だか物悲しいのは私だけ?


 


 先日のプールでの事件をきっかけに、G県警刑事部霊感課のメンバーに応募が殺到し、本部長は大喜びだ。


「良かった。これで議会にも顔が立つというものだ」


 議会? 何、それ?


「相変わらずバカだなあ、お前は。予算を決めるのが県議会なんだよ。それ相応の働きをしないと、たちまち槍玉に上がるんだよ」


 エロ兄貴改め霊感課の箕輪課長が言った。


「これからもよろしく頼むよ」


 本部長は課長補佐の里見まゆ子さんから応募して来た人達の資料を受け取ると、ニコニコして霊感課を出て行った。


「いいんですか、こんな調子で?」


 まゆ子さんが深刻な顔で兄貴を見る。


「いいんじゃないの。平和で」


 兄貴は自分の席にふんぞり返った。


「何にしても、まゆりんと俺の給料上がったしね」


 兄貴は人目も憚らず、まゆ子さんにウィンクしていた。


 まゆ子さんは真っ赤になってしまった。相変わらず純情派だ。


「今日の面接はどうするのですか?」


 小松崎瑠希弥さんが尋ねる。


 瑠希弥さんは本部長の要望で制服に着替えていた。


「全員合格だそうなので、面接はしないそうですよ」


「そうなんですか」


 瑠希弥さんは屈託のない笑顔で応じた。


 さっきから兄貴は書類を取るフリをして瑠希弥さんの胸元を覗き込んでいる。


 目に余ったので、私はまゆ子さんにソッとメモを渡した。


 まゆ子さんはそれを見て目を見開き、私に小さく頷くと、


「慶一郎さん、後でお話がありますので、残っていただけますか?」


と悪霊も逃げ出す闘気を放った。


「え?」


 全然自分の悪行が気づかれているとは思ってもいない兄貴は、ポカンとしてまゆ子さんを見た。


 天罰よ、バカ兄貴め。


 私は密かに笑った。それから瑠希弥さんに、


「その襟、開き過ぎですから、もう一個ボタンを着けた方がいいですよ、瑠希弥さん」


「そうなんですか?」


 瑠希弥さんは笑顔全開で小首を傾げて言った。


 良かった、江原ッチ以下、エロ男子達がいなくて。兄貴はまゆ子さんが怖くて俯いているし。


 瑠希弥さんが怖いのは、無意識に可愛いところなのだ。


 私には無理。え? お前には絶対無理、ですって? うるさいわね!


「でも、あまり襟を狭くすると、胸が苦しいんですよ」


 瑠希弥さんのその一言は、私とまゆ子さんを直撃した。どうせ私達は貧乳ですよ!


 私はともかく、まゆ子さんは一瞬瑠希弥さんを睨んだようだ。


 巨乳の人の悩みはわからない……。ううう……。


「もうちょっと開いていた方が楽ですね」


 瑠希弥さんの天然爆弾がまた炸裂した。


 まゆ子さんがブルブル震えているのがわかり、私は怖くなった。


「今日はもう用事ないでしょ? 帰るよ、お兄ちゃん」


 私は瑠希弥さんを急き立てて、霊感課を出た。


「どうしたんですか、まどかさん?」


 瑠希弥さんは状況が飲み込めず、キョトンとしている。


「暇だから、帰った方がいいかなって」


 私は苦笑いをして誤魔化した。


「そうなんですか。では、送りますよ、まどかさん」


「ありがとうございます」


 来る時は徒歩で来させられたので、瑠希弥さんの車に乗れるのは嬉しい。


 


 瑠希弥さんのスポーツカーは、あっという間に我が家の前に着いた。


 決してお笑い芸人ではない。


「冷たいものでもどうぞ」


 私は瑠希弥さんと話がしたかったのでそう言った。


「ありがとう、まどかさん」


 瑠希弥さんと一緒に家に戻れば、あの小うるさいお母さんの小言も防げる。


 私の悪巧みに付き合わせてしまってごめんなさい、瑠希弥さん。


 ところが、お母さんはそれ程甘くなかった。


「まどかがお世話になっています」


 瑠希弥さんには満面の笑顔で応じ、


「まどか、宿題終わったの!? 毎日遊んでばかりいて!」


 私には鬼の形相。これがわが母の正体なのだ。


「まどかさん、宿題なら、私が見てあげますよ」


 瑠希弥さんが言ってくれた。するとお母さんはまた笑顔になり、


「そうですか。すみませんねえ、瑠希弥さん。本当にこの子、誰に似たのか、勉強が嫌いで」


と善人の顔になった。その変貌ぶり、怖過ぎるよ、お母さん。


 まあいいや。瑠希弥さんなら優しく教えてくれそうだし。


「じゃあ、お部屋に行きましょうか、まどかさん」


「はい」


 私はニコニコして瑠希弥さんを案内した。


「宿題はどれですか?」


 瑠希弥さん、何故か真顔。笑っていない。何だか嫌な予感。


「こ、これです」


 私は机の上に山盛りになっているドリルやら何やらを指し示した。


「わかりました。時間的に考えて、急がないと間に合いませんね。超高速でこなしましょうか、まどかさん」


 瑠希弥さんの目が、黒縁眼鏡の奥でギラッと光った。闘気が出ている……。


 ひいい! そう言えば、元々瑠希弥さんて、とっても厳しい人だったんだっけ?


 忘れてた……。


 お母さんの方がずっと優しいと思ってしまうまどかだった。

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