愛がなんだ


 愛がなんだ(2018)


 田中くんが寝込めば山田さんは家に行って看病するしうどんも作るし風呂掃除もするしセックスもするけど二人は付き合ってない。山田さんは仕事に支障をきたすレベルで田中くんにゾッコンなんだけど、田中くんは山田さんを彼女にする気はなく、田中くんからの着信を中心にして山田さんは生活を送る……。


 以下、ネタバレあり。




 二人でお風呂に入って田中くんが山田さんにシャンプーをするシーンがサムネイルにもなっていて、私にはその印象が強かったのですけれど、その甘々なシーンは開始してわりとすぐに終わっちゃうのよ。


 山田さんは依存や執着といったレベルで生活の軸足を田中くんに置いていて、田中から「もしまだ会社にいるなら会いましょう」と電話があろうものなら、家で風呂に入っていたところだろうが「まだ会社だから今から行くね」と言って駆けつけちゃうような感じ。

 田中のことを考えすぎて、仕事もままならなくて、山田さんはクビになっちゃうの。新しい仕事の面接中に田中から呼び出しの電話があれば、面接をほっぽって駆けつけちゃうし。


 その人のことが好きすぎてその他全てが疎かになる、これは身に覚えのある人が多い痛みなのではないかと思う。胸が痛くなったよ。


 しかし、山田さんの田中一直線っぷりに身に覚えはあっても人生観には共感できなかった。それまでは「ああ、この彼女になれないもどかしさに共感する女性が多いのかな……」と山田さんに自分を重ねるような目で観ていたのだけど、「仕事がうまく行くと恋愛がうまくいかなくなるから無職のままでいい(意訳)」と山田さん言い出した時は、一気に引いちゃった。その一言で感情移入できなくなって、他人事になった。異化効果っていうのかな。怖いこと言い出すわね、と。でもその怖いこと言い出しちゃうところにも身に覚えがあるわよ。


 その点、田中には共感できる部分なんて皆無で、男が悪い〜! と歌いたくなる感じだった(『監獄のお姫さま』より)。山田さんが自分に好意を向けている事に気づいていながら、田中の好きな女性・スミレさんと会うことに山田さんを利用するのよ。二人っきりじゃ会ってくれないから山田さんを巻き込んでごはんに行ったり、なんだかんだり。山田さんを「面倒くさい」と言いながらも時間が経てば連絡よこしてご飯に誘う。家に行きたいと言ってベッドに誘う言葉が「ヤらせて」。なんだお前は。なんなんだよお前はよ。感じが悪いんだよ。


 サイドストーリー的にもう一組、男女逆転した山田さんと田中の組み合わせがいて、こっちの方はなんか良かった。カメラアシスタントをしている仲原くんが追う女性は母親と実家で同居していて、その家に仲原くんが頻繁に出入りしてるんだけど、それって結構変じゃない。やっぱりこちらも付き合ってないのよ。歪な形だと思う。でも女性が呼び出せば仲原くんは行くし、仲原くんも「彼女が寂しいと思った時に呼び出せるような存在でいたい(意訳)」と言っているの。こっちの方は歪な形だけど、そこに愛がある。仲原くんが女性から離れたとき、女性の方は仲原くんを追ったのよ。こっちをメインで観たかったなぁと思う。山田さんと田中の方はしんどいばかり。


 そんな中でちゃんとしてるなぁと思ったのが、山田さんは田中のことを「好き」とは言っても「愛してる」と言わない部分。「好きじゃなくて……」の後に沈黙した部分。「執着にも似たこれはなんだろう(意訳)」で締める部分。観客に向けて「愛ってなんだろう」と思わせるボールが投げられていて、良かったなぁと思う。ここで山田さんが「これは愛だ!」と言っちゃったら一気に歪みすぎる。歪んでいるなりの均等が取れなくなっちゃう。


 終盤、「もう俺たち会わないでおこう」という田中に山田さんは言葉巧みに嘘をついて、田中のそばにい続けることに成功するの。恐ろしいほどの執着心。


 ラストシーンは意味深だった。解釈を観る側に委ねられている感じだからそれぞれの受け止め方ができると思う。


 ちなみに「愛」という言葉を調べると、慈しみや愛情と並んで執着という意味も連なって出てくるのよね。健全に愛し愛されて生きていきたい。とりあえず、向かい合ってシャンプーされるシーンにだけは憧れました。

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