第26話 パパのこと

小夜ちゃんに連れられてマンションに戻ってきて小夜ちゃんが昔の事を教えてくれた。


未だパパとママが出会う前の頃の話だから聞いた話だと前置きをして。

暴対法が施行され中国系のマフィアが街に流れ込み始め。あちらこちらでトラブルが起きるのをパパとマスターがタグを組んで収めていたらしい。

そしてパパとマスターの行動に賛同する仲間が増え大きなチームになったんだって。

その中にはパパとマスターに憧れる人から自分の店を守ろうとする店主もいて自治と言うより治安部隊に近いもので。

色々なお店の人がパパに手を振った理由が判った。


「でも、何でパパとマスターがそんな行動を起こしたの?」

「2人は沖縄から逃げ出してバーを開いていたの。もちろん年齢は詐称してよ。ケンはあんな感じだから女の子にも男の子にも人気があったわ。それに美奈はもう知っていると思うけど優とケンは沖縄で幼い頃から古武道を習っていたらしいの。淀橋が言っていた地上げは確かにあったけれど逆恨みよ。もし街がマフィアに乗っ取られたらスラム街の様になっていた筈だもの」

「それじゃ、その後でパパはママと出会ったんだね」


私がママの事を口に出すと小夜ちゃんの表情が陰ってしまい、少しだけ何かを考えてから私の顔を真っ直ぐに見て一息ついた。


「今、話しておくべき事よね。美雪はね大学の頃に付き合っていた男性が居たの」


何で今なのかは判らないけれど小夜ちゃんが口にした言葉で心臓の鼓動が跳ね上がる。

小夜ちゃんは私の本当の父親の事を知っていたという……事に。


「2人は結婚の約束までしていたけれど美雪の両親は猛反対だった。もしかしたら男の本性を見抜いていたのかもしれないわね」

「どんな人だったの?」

「とても計算高い男だった。美雪に近づいたのは美雪の後ろにあるものだと気付いた時には手遅れだった」

「もしかして……ママのお腹に」


俯いた小夜ちゃんの頭が少しだけ動く。

何故、小夜ちゃんの顔が陰ったのか。

何故、今まで話せなかったのかが今なら判る。

でも、不思議な事に本当の父親の話を聞いているのに頭に浮かんでくるのはパパの顔だった。


「美雪は両親が反対していてもあいつと一緒になる覚悟をしていたのに、あいつは美雪を捨てて逃げ出したの。美雪は授かった命だからって大学を辞めてでも子どもを産む覚悟をして、美奈を産んだわ。それからが大変だった。私は美雪が大学を辞める事に猛反対をして2人で美奈を育てながら大学に通ったの」

「ママのパパとママは助けてくれなかったの?」

「結婚自体にも反対で子ども産むなんて許してくれなかった。それでも仕送りだけはしてくれていたみたい」


どれだけママに愛されて小夜ちゃんが大事にしてくれたのかがよく判る。

だから私が夜遊びしていた時にあんなに心配してくれたんだ。


「優と出会ったのは大学の卒業パーティーがあった夜だったわ。2次会に参加して帰る途中でガラの悪い連中に絡まれたの。美雪は美奈を抱いていて逃げ出す事が出来ずにいるといきなり銀髪の優が現れてあっという間になぎ倒してしてくれたけれど美奈が泣き出して大変だったのよ」

「何で私が泣き出すと大変なの?」

「美奈は一度泣き出すとなかなか泣き止んでくれなかったの。でもね、不思議な事に優が美奈の顔を覗き込むと泣き止んで笑い出したの。本当に驚いたわ。だって優は銀髪であんな瞳の色をしているのよ。それからだったわね、ケンも交えて付き合い始めたのは」


パパと付き合い始めたママはパパのアパートに転がり込んで、ママが仕事をしている昼間はパパが私の面倒を見て夜はパパが仕事に行ってママが私を見ていたんだって。

私が2歳になったころにママが体調を崩して病院で検査した時には手遅れで、小夜ちゃんがママの親に連絡をしようとしたらママが止めたんだって。

私には子育ての大変さは判らないけれどパパは凄いと思うし。

自分の子どもじゃないのに自分の娘として私を育ててくれた事に感謝している。


「水商売をしている片親では美奈が肩身の狭い思いをするからって、今の会社に入って死に物狂いで営業をしていたわ。そして今の地位に就いたのよ」

「私はパパが本当のパパじゃなくても大好きだよ」


その時、小夜ちゃんの手が少しだけ動いたと思ったら玄関の方で音がして、何故だか判らないけれど心がざわつく。

言葉にしようと思ったら小夜ちゃんが白い封筒をテーブルの上に差し出した。


「優からよ」

「パパから?」


封筒を見た瞬間に嫌な予感が走る。

パパは恐らくこんな事が起きなければ私に話す気は無かったのだと思う。

もし、小夜ちゃんとの話を聞いていたら私なら……

気付いた時には走り出していて後ろから小夜ちゃんの声がする。



マンションを飛び出して人影を探す。

多分、マスターの所に行くんだと思い走り出すと小夜ちゃんが追いかけてきた。

そんな事に構わずに走っていると道の反対側に人影が見えて。


「パパ! 待って!」


私が声を上げてもその人は振り返る事もなく歩いている。

オレンジ色の街灯に照らされて髪の毛が不思議な色になってるけれど間違いなくパパだ。

着ている服も私を助け出してくれた時のままなのに振り返ろうともしない。

涙が溢れそうになるのを堪えてガードレールを乗り越えてパパに向かって走り出した。


「美奈! 駄目!」


小夜ちゃんの叫び声が聞こえて振り返ると車のヘッドライトが目の前にあった。

クラクションの音と劈く様な急ブレーキの音が聞こえ頭の中が真っ白になって体が動かない。

目を瞑ると体が浮いてもの凄い衝撃を受けて浮遊感と何故だか温かい物に包まれたような気がする。



頬に冷たいものを感じて小夜ちゃんが呼ぶ声が聞こえた。


「美奈! 美奈!」


薄らと目を開けると目を閉じたパパの顔がすぐ横あって銀色の髪の毛が赤く染まっていた。



誰かに呼ばれ目を覚ますと見慣れない部屋で病室だと判るまでそんなに時間がかからなかった。


「美奈、目を覚ましたの?」

「小夜ちゃん……」


小夜ちゃんの心配そうな顔を見て、ぼんやりしていた頭にパパの顔が浮かんだ。


「パパは!」

「まだ、起き上がってはダメよ」

「でも、パパが」

「お願いだから起き上がらないで。今、先生を呼ぶから」


私の体に覆いかぶさるようにして小夜ちゃんが今にも泣きそうな顔で私を押さえつけている。

パパの事を知りたいけど聞くのが怖い。

少しすると白衣姿の先生が来て私に色々な質問をしながら目にライトを当てたりして体を調べてくれて『検査でも異常は見られないし、大丈夫でしょ』と言ってくれた。


「小夜ちゃん、パパは大丈夫なの?」

「隣の病室で寝ているわよ」

「連れて行ってくれる?」


小夜ちゃんの瞳が泳いでいるのを見ただけで胸が押し潰されそうになる。

そんな私に何も言わないで小夜ちゃんが隣の病室に案内してくれた。

パパの頭には包帯が巻かれて酸素マスクを付けている。

そして呼吸器の音と心電図の音が規則正しく病室に響いていた。


「頭の傷自体は左程ひどくないみたい。でも、頭を強く打っているから……」


小夜ちゃんが言葉を濁してしまい先生を呼んでもらって直接パパの症状を聞いた。

目を覚まさなければ覚悟をしてくださいって意味が分からない。

何度もパパを呼んだけれどパパは眠ったままで目を覚まさなかった。




数日だけ学校を休んで久しぶりに学校に向かうと校門のところで麻美が待っていてくれて、私の顔を見つけるなり駆け出してきた。


「美奈、何があったの? 何度も携帯に連絡したのに。先生も心配してたよ。連絡が取れないって」

「ゴメンね。パパが事故に遭って」


麻美の顔が青ざめていくのが判る。


「大丈夫だから」

「大丈夫な訳ないでしょ!」


担任に事情を説明しに職員室に行くと麻美が付き添ってくれた。

小夜ちゃんが学校に連絡するからって言ってくれたけど私が自分自身で話すからと断った。

そんな小夜ちゃんは私の仕事は何処でもできるからって私とパパのマンションで仕事をしながら一緒に居てくれている。

先生には少しだけ入院が長引くと言ったけど親友の麻美には嘘を付くことが出来ない。


「お医者さんに目を覚まさなければ覚悟してくださいって言われちゃった」


「…………」


昼休みに屋上で告白すると麻美が泣き出してしまった。私は泣くことも出来ないのに。




学校では麻美が家では小夜ちゃんが何時も一緒に居てくれる。

でも、抜け落ちてしまったものは大きすぎて……

そんな生活がしばらく続いたある日、小夜ちゃんからあの白い封筒を再び渡された。

中を見るのが怖い。

多分、別れの言葉が綴られているはずだから。

封筒の中には1通の預金通帳とカードに手紙が入っていた。

通帳には私が不自由する事が無いくらいの金額が記載されていて、手紙にはパパの字が書かれていた。

このマンションが私名義になっている事。それを証明する登録識別情報。

それと自分に万が一の事があった時に会いに行くようにと名前がと住所が書かれていた。



直接電話するのが怖くて小夜ちゃんに連絡を取ってもらい、私はパパの手紙に書いてあった場所に来ている。

そこは高級住宅街の一角で大きなお屋敷の表札には神楽坂と書かれて。

気になる事が色々あるけれど覚悟を決めてインターフォンを押すと女の人が玄関から現れた。

その女の人は着物姿で品の良さそうな笑顔を向けてくれている。


「あなたが美奈さんね」

「は、はい」


とても優しい声だけど緊張して顔が強張り笑顔を返すことができない。


「さぁ、遠慮しないで入って頂戴」

「ありがとう御座います」

「遠慮しないでって言う方が無理よね。でも美奈さんは私達の孫なんだから気にしなくて良いのよ」


お屋敷の中は豪華ではないけれどとても綺麗で所々に絵画が飾られている。

応接間の様な部屋に案内されると白髪交じりの男の人がウロウロしていた。


「もう、お父さんは嫌ですよ。少し落ち着いて座ってください。ごめんなさいね、この人も緊張しているのよ」

「初めまして、美奈です」

「よく来てくれたね」


ソファーに座ると直ぐに紅茶を用意してくれたけれど何を話せば良いのか判らない。

孫だからと初対面の人に言われても実感がなく。それは相手も同じなのだろう。


「瀬名波君は元気なのかな?」

「えっ? セナハさんですか?」


お爺ちゃんにあたる男の人が口にした名前に心当たりがなく首を傾げると私の前に座っている2人が驚いたような顔をして見合わせている。


「もしかして美奈さんって」

「神楽坂美奈です」


私がフルネームを言うとお婆ちゃんにあたる女の人が泣き出してしまい、どうして良いのか判らないのと意味が分からず混乱してしまう。


「何か行き違いがあるようだが私達の存在を知ったのはいつなのか教えてくれるかな」

「先日、父が事故に遭って父と母の友人に父からの手紙を渡されて」

「それで私達に会いに来たと言う事だね。もしかして優君の両親が私達だと思っているんじゃないのかな」


一番気になっていた事を言い当てられてしまった。

パパは南の島で育ったと言っていた。それは幼馴染のマスターの言葉で裏付けが取れている。

でも実際に目の前にいる2人は都内在住であり得ない話じゃないけれどあまりにも不自然で。


「彼は私達に申し訳なく思っていたのか。もしくはこうなる事を予見していたのかもしれないな」

「どう言う事ですか?」

「私達の子どもは美雪だからだよ」


耳を疑ったけれど答えはたった一つだった。

パパはママと籍を入れる時にママの姓を名乗る事にしたと言う事。

理由は判らないけれどパパがママに出した条件かも知れないしママが望んだことかもしれない。

多分、お爺ちゃんの言うとおりパパがそうしようと言ったんだと私は思う。

私は未成年でパパに何かあれば……この家に引き取られる事になるのだし。成人していれば私名義のマンションと預金が残る。

パパがそんな事まで考えて私を育ててくれたなんて優しいにもほどがあるでしょ。

心の底から悲しみが湧き上がってきて涙が止めどもなく溢れだした。


私が落ち着くのを見計らって色んな事を教えてくれた。

ボタンのかけ違いでママと疎遠になってしまった事やパパには感謝している事など。

そしてパパはきっと大丈夫だからいつでも遊びに来なさいって。

玄関まで見送ってくれて外に出ると小夜ちゃんが待っていてくれた。



小夜ちゃんと一緒に病院に向かいパパの病室に着くと小夜ちゃんが後押ししてくれる。


「美奈の好きなようにしなさい。優はきっと受け入れてくれるはずだから」

「うん」


ドアを開けてパパの病室に入るとパパはベッドの上で寝たままだった。


視界が緩んで温かいものが頬を伝う。


「パパのバカ! パパなんか大嫌い! 大嫌いなんだから目を覚ましてよ!」


パパの体にしがみ付いて涙が枯れるほど泣き叫んだ。











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