第百五十二話:破魔の小剣

 かつてこの世界には、破魔のショートソードという宝剣があった。




 歴史上最強の英雄の一人に数えられるベルナールが振るったとされる最上位極宝剣。


 ほぼ全ての魔物を一撃のもとに葬り去り、魔王すらも三度の斬撃で死に至らしめた、史上最強の一振り。




 実はこの剣には秘密がある。


 この世界にいる殆どの人は、その剣の秘密を知ってしまえば、ああ、世界は人々を嘲笑っているのかと失望してまうだろう。


 だから、この宝剣の本当の力はなんなのか、何のために作られたのかを知らない者達は皆、その出現と存在をただ、【奇跡】と呼んだ。




 しかし、真実はなんてことはない。




 その宝剣は、ただの帳尻合わせの為に作られた、魔王を解体する為の装置でしかないのだ。


 それは世界の意思がたまたま調整を間違えて強くし過ぎてしまった魔王が世界を滅ぼさぬ様にと、当時最も強かった勇者に渡した、物質化した陰のマナを再び大気中を漂うエネルギーへと還元する為の命令権でしかない。


 命令剣と言った方が正しいのだろうか。




 ともかく、破魔のショートソードというものは魔物を滅する為の伝説の剣などではなく、ただ単に失敗を帳消しにする為の装置の一つだ。




 実際その剣の存在は世界の全ての魔物の動きを鈍らせ、魔王ですら三振りで殺してしまえるのだから、世界最強の剣と言うに相応しい。




 それでも、それは同格とされている他の二つの剣とはまるで違う存在だった。


 全てのマナの大元、全ての魔物と勇者を生み出す元になった始まりの宝剣と、決して砕けぬ世界最硬の剣である月光とは違う、意図的に作られた剣だ。




 秘密の解答は、何がそれを作ったのか、という部分にある。




 確かにその剣が持つ圧倒的な力は世界最強の剣に見えるだろう。


 かつてレインにすら三度の致命傷を負わせた魔王よりも更に強い壊れた魔王を、レインよりも遥かに弱かったはずの勇者が簡単に仕留めてみせた。


 その事実だけを見れば。




 結局のところ、言いたいことは簡単だ。




 そんな史上最強の剣の力も、所詮は始まりの剣の力の一部に過ぎない。




 ――。




 サラを襲ったものは、ばくんというあまり聞き慣れない音と、立っていられないほどの突風だった。死を覚悟していたサラにはとても魔法を使うことなど出来ず、その突風にごろごろと転がされてしまう。




「ぐっ、ぅ……」




 胸に抱く暖かいものだけは離さない様にと半ば無意識に守りながらも、魔法を使えなかった生身の肉体は地面に何度も打ち付けられ痛めつけられていく。


 腰に付けたタンバリンのおかげで軽い怪我ならたちどころに治ってはいくものの、痛いものは痛かった。


 終いには仰向けで回転を終えると、胸に抱いていた暖かいものも無事な様で安堵の息を漏らす。




 もう、ちょっとよく分からないし動きたくない。




 そんなことを思い始めていた。


 抱いているマナが無事だということは、きっとクラウスも無事だろう。


 昔から、やたらと頑丈だったクラウスだ。


 寝てる所を剣でさくさくと刺されても、軽く治療をすれば直ぐに回復してしまうのだと父が言っていたことを、サラは思い出す。


 修行と称して岩の下敷きにされたまま、三日間を過ごしたこともあるらしい。


 エリーさんの修行はめちゃくちゃ過ぎる、なんてことを思い返していると、サラは青い空から、しとしとと雨が降り始めていることに気が付いた。




「天気雨なんて珍しいね。マナ、大丈夫?」


「うん、んんー……うまうま」




 何度か頭を打った所為か、少し頭が馬鹿になったのかもしれない。


 サラはまず、そんなことを考えた。


 タンバリンを持っている以上は再生すると分かってはいても、頭も再生するのかは分からない。


 脳は一度おかしくなったらまず治らない、なんてことを聞くし、聖女の魔法でも難しかったのかもしれない。


 もしくは恐怖が振り切れて、変な幻覚を見ているのかもしれない。


 それか、ここは既に天国で、気付かない間に死んでいたのかも。




 漠然と、サラは目の前の不可思議な光景を眺めながら、そんなことを思っていた。




「ん? どしたの、さら?」




 目の前の、胸に抱いたマナは、可愛らしく小首を傾げながら尋ねてくる。


 その口元には、真っ赤な血が滴っていた。


 いや、それだけではない。もそもそと口を動かして、何かを咀嚼しているらしい。




「え、えーと、マナ、大丈夫?」


「うん、とかげ、おいしーよ!」




 わけも分からず尋ねると、返って来たのはそんな満面の笑みだった。




 とかげ、おいしー。


 とかげと言えば、確かドラゴンだったはずだ。


 それが美味しい?


 どういうことだろうと、一瞬だけ考えた。


 言葉の意味が理解出来ても、それがどういうことなのか、一瞬サラは理解が出来なかったのだ。




 ハッと思い返して、まだ痛む上半身をガバっと起き上がらせると。




「ドラゴン!! クラウスは!? マナは!?」


「まなはここだよ?」




 やっぱり打った頭がまだ治っていなかったり、恐怖で混乱しているらしい、胸に抱いているマナに再び首を傾げられる。


 それを感じながら、ようやくはっきりとしてきた意識で現場を見ると、そこには更に目を疑う光景が広がっていた。




 ドラゴンの前脚が掌の半分程欠けて、痛みでよろめいている。


 その足下には、仰向けに倒れたままのクラウスがいて、動きを見せない。


 英雄達は、皆渋い顔をしながら、待機したままの状態で立ち止まっていた。




 まるで、勝者など存在せず、全員が敗者の様な状況。




 そんな不可思議な状況にサラも硬直していると、ただ一人、それ・・はもそもそと動き出した。




「まな、くらうすのとこいってくる。まっててさら」




 欠片ほども恐怖を感じない様子でそんなことを言いながらトタトタと走り出したマナを、サラは遂に、呆然としたままに見送った。

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