第百三十七話:英雄が英雄である理由
「さて、私も英雄として、クラウス君に少しお話をしてあげようかな」
英雄イリスがそう切り出したのは、夕食も終わり、カーリーとサラが鍛錬に出ようとした時のことだった。
夕食時にはカーリーが何度もクラウスを誘い、サラが苛立ち始めていた。
その為鍛錬と称しての模擬戦を行うことになったので見学しようと立ち上がった時だったけれど、そんな風に言われては英雄マニアのクラウスは鍛錬に付き合うことなど出来る訳もない。
英雄と一緒にリビングに残ることになった。
もちろんマナはカーリーの戦いにも興味があるし、ママであるサラを応援したいという気持ちもあるのだろう、随分と緊張した面持ちで二人の後に付いて行った。
「あの二人は、どっちが勝つと思う?」
「十中八九、サラですね」
「あら、即答だね。カーリーなら随分やると思うけれど」
お話の始まりは、そんな会話からだった。
「サラ一人では難しいかもしれませんけど、彼女には聖女が付いてますから」
サラの本気は、聖女の力が宿ったタンバリンの本気だと言っても良い。
「あはは、それは確かに。カーリーはよく努力するし、才能も抜群だけれど、聖女は付いてない」
「聖女の秘宝、たまらんタマリンの力はやっぱり絶大ですよ。グレーズ王妃のエリスさんと闘いも、サラが自分の力で勝ちたい・・・・・・・・・と思わなければ、もっと話は早かったと僕は考えてます」
最初からタンバリンに頼って聖女の森を出していれば、最初からミラの村を守る為に出現させたあの森を出していたのなら、サラはわざわざ腕を切断されることなく勝利していたのだと、クラウスは考えている。
「自分の彼女に随分と冷たい反応だね。あんなに涙ぐましい努力を重ねてきたのに」
そんな冷静な分析に、イリスもまたそう茶化そうとするけれど、クラウスはやはり冷静さを損なわない。
「だからこそ、です。サラは努力であのエリスさんに勝ったんだから、僕は惹かれたんだと思うんですよ。あの時出現した森は、サラの力だと考えてますし」
タンバリンの力を使うのと、タンバリンに頼るのはまるで違う、と答えれば、イリスは真剣な顔になった。
「なるほど。でも、お父さんには全てを駆使しても、まるで歯が立たなかった」
最初から全力のサラの、その全てを、確かにルークは遥かに上回っていた。
それは誰の目にも明らかで、時代が違えば英雄になっていたと言われるエリスと本物の英雄とは、隔絶した差がある様に感じられた。
そこで、クラウスはふと気づく。
あの場で良い試合をしていたのは、英雄ではない者同士か、もしくは英雄同士だけだった。
この場では一先ず最強の勇者と言われているストームハートは置いておいたとしても、英雄とそれ以外が明確に分かれていた。
カーリー対サンダルも、最後には素手で投げ飛ばしたことから、余りにも余裕だったことが明らかだ。
「英雄と、その他の人の差、なんですか?」
魔王を倒した英雄と、それ以外。
確かに差はあるだろう。乗り越えた死地の質は、戦いをある程度強いられると言っても過言ではない勇者達を、大きく成長させるだろう。
しかし、イリスの答えは少しだけ予想とは違っていた。
「……うん。正解。今ここで言う英雄は、私達の代、『藍の魔王』を討伐した面々のことを指すんだけどね」
どうやら英雄の中でも、イリス達だけが特別なのだと言う。
「英雄とその他の人々には、隔絶した力の差がある。どれだけ才能があっても、どれだけの努力をしても、恐らく私達英雄を超えられる勇者や魔法使いは存在しない。それはカーリーも当然だし、サラちゃんだって同じ。唯一、クラウス君のお母さん、オリヴィアさんよりは強くなれるだろうけれど、彼女はもう勇者じゃない。言ってる意味が分かるかな?」
その質問に、クラウスは心当たりが無いわけではなかった。
母オリヴィアは、今なら分かるけれど、とてもではないが魔物を倒せる程の身体能力を持っていない。
一般人として超人の域かも知れないけれど、それでも弱い勇者よりも低い身体能力しか持っていない。
持っている宝剣は王家の秘宝にしろ、たかが重さが無いだけの剣で魔物が倒せる程、命のやり取りは甘くないはずだった。
しかし母は、苦戦こそすれど、勇者すら苦戦する可能性がある魔物を打ち倒してしまう。
昔は母は凄いと単純に思っていたけれど、それは今になって考えれば、明らかな異常だった。
となると、その理由はこうだろう。
「イリスさん達『英雄』は、勇者とも更に違う?」
勇者、魔法使いに次ぐ、人類の上位種の様なものなのだろうか、という考え。
英雄レインとサニィに見初められた英雄達は、そういう存在なのかもしれない。
言葉を操るイリスには、そんな考えまで聞こえたのだろう。
少しの逡巡の後、口を開いた。
「んー、おしいけど少し違うかなぁ。私達は紛れもなく勇者だし、オリヴィアさんは力なき一般人のはず、なんだよ」
自分達は特別ではない、とイリスは言う。
「でも、移動も遅く音も消せない車椅子に乗ってるナディアさんが、私が鍛え上げた愛娘のカーリーを、簡単に奇襲出来てしまう。仮にもウアカリのナンバー2で、誰よりも野性的な勘が鋭い子なのに。
オリヴィアさんも同じ。一般人ではどうあがいても勝てるはずがないデーモンを、単独で倒してしまう」
そして、違うと言った最大の理由は、次に出てきた名前だった。
「もっとおかしいのは、聖女サニィだよね。少し才能があるだけだったはずの魔法使いだ、と自分では思っていたのに、120mのドラゴンにすら何もさせず消滅させてしまう力があった。当時の魔法使いはオーガが倒せれば一流で、どんな勇者でも単独ではドラゴンには手も足も出ないはずだったのに。
最期には、転移魔法なんていうものを作り上げて、世界のルールすら変えてしまった。
なんでそんなことが出来たんだろう」
聖女サニィすら、実は特別な勇者では無かったのかもしれない、とイリスは言った。
それは現代では、気軽に口にしてはいけない言葉だ。
かつて世界を呪いから救い、現代の魔法の発展に最も寄与した聖女サニィは、今や世界中で信仰の対象だった。
聖女が守ってくれているから英雄達は簡単に魔王を倒すことが出来た。藍の魔王は裏切り者だから、聖女の加護がかけられた英雄達に何も出来ずに倒されてしまった。聖女と瓜二つのナディアが目覚めたのは聖女の奇跡なのだと、本気で考えている人がいるくらいには、信仰されている。
そんな聖女サニィがただの勇者だったかも知れないなんてことは、きっと魔女・・ナディア以外は言えない様なことだった。
「そう考え始めたのが、魔王を倒してからの私達。そして答えは、実はとてもシンプルだった」
クラウスが絶句していると、イリスは続ける。
言葉を操るだけあって、その言葉は衝撃を受けていても深く染み込んでくるらしい。
「勇者の力は、意外と本人すら把握しきれていなかったりする。クラウス君が今、自分にどんな力があるのか分かっていない様にね。それに私だって昔は、マナに語りかける力だ、なんて言った気がするんだけど、今は言葉そのものを感じ、操る力だと訂正してる。まあ、私が起こす魔法事象はマナにお願いしてる形だったりするんだけど、それは置いておいて。
そんな感じで、能力の成長とは別に、本人が気付いていなければ、隠された力に誰も気付かないことすらあるってことなんだよ」
勇者の力を占う勇者もいるにはいるらしい。
しかし基本的には、自分の力は自分が使って理解するのが勇者だ。
占いによって見つけられた英雄ライラは、女王を守る為に何人もの勇者の力を使い、ようやく見つけられたのだと聞いたことがある。
だから、もう五十路にも関わらず未だに十歳程度の見た目である漣のアリスさんの様に、自分が勇者かも知れないということを、異常を感じてようやく気づく人もいるくらいだ。
「つまり何が言いたいかと言うとね、ある勇者・・の力は、本人の認識とはまるでかけ離れたものだった、ということ」
英雄が異常な強さを持つ理由は、聖女サニィが聖女になった理由は、そういうことらしい。
聖女も英雄も、ある一人の勇者が自分の力を知らなかったが故に、隔絶した強さを持っている。
英雄達が達した結論は、そんな途方も無い勘違いだったのではないか、というものだった。
それに当てはまる勇者など、クラウスは一人しか知らない。
余りの衝撃に呆然としてしまったクラウスを見て、イリスは満足気な顔をすると、人差し指をたてて言った。
「さて、ここで問題です。勇者と魔物の違いってなんでしょうか」
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